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第9話

その後は宇佐神課長に買い物へ連れていかれた。

車を出してくれ、少し遠くの大型ディスカウントスーパーに連れてきてくれたのは大変助かるので、そこは感謝しておこう。


「で。

七星の好きな料理ってなに?

サーモンの寿司は聞いたけど」


さりげなくカートを押し、宇佐神課長が先導するように店内を歩く。


「……絶対に笑わないって約束してくれます?」


なんとなく恥ずかしくて、一歩後ろを歩きながら彼のシャツを摘まむ。


「笑わない、笑わない」


とか言っているが、まったく信用ができない。

しかし言わないのもあれだし、そろりと口を開いた。


「……ハンバーグと、ミートソースのスパゲティ、……です」


じっと俯いて彼の反応を待つ。

これを言うと大抵、似合わないと大爆笑されるのだ。


「ふぅん。

じゃあ、挽き肉とトマトソースの組み合わせが好きなのか?

チキンのトマト煮とか、ロールキャベツも好きそうだな」


けれど宇佐神課長は笑うことなく、考えながらいくつかの野菜をカゴに入れた。


「あっ、はい。

好き、です」


「了解」


軽い調子で言い、彼は店の中を進んでいく。


……え、笑わないんだ。


それだけで宇佐神課長への好感度が上がったのは内緒にしておこう。


私もついでにカップ麺や冷凍食品を選んだが、なにも言われなかった。

そんなの身体に悪いとか怒られるのかと思ったのに。

私の食生活を心配する割に、そのあたりは融通が利くらしくてよかった。


買い物を済ませてマンションに帰ってくる。

車を降りて玄関まできて、びくりと身体が震えた。


……見られてる。


いつもの視線を感じた。

ポストに手紙が入っていたくらいだし、もうこの場所はわかっているのだ。


「気にするな。

行くぞ」


「あっ」


立ち止まっていた私とさりげなく手を繋ぎ、課長が歩き出す。

後ろからは憎々しげな視線が追ってきた。


宇佐神課長は自分の部屋には帰らず、一緒に私の部屋に入ってきた。


「ちょっと邪魔するな」


彼はベランダに出て、周囲を見渡している。

しばらく確認して、中に戻ってきた。


「下からこっち、見てる」


「ひっ」


怖くてつい、悲鳴を上げて自分の身体を抱いた。


「なあ。

なんか心当たりとかあるのか?」


「ないですよ、そんなの!

急になんか、つきまとわれるようになって……」


あの男に好かれるようなことをした覚えはない。

それどころかどこかで会った記憶すらないのだ。


「すまん」


ヒステリックに叫んだ私を落ち着けるように、課長は軽く肩を叩いた。


「でもアイツ、どっかで見た気がするんだよな……」


それはこのマンションの周辺ではないかと思ったが、課長の様子だとそうではないようだ。


「ちょっと心当たりを当たってみるわ」


キッチンに立った課長はあたりを見渡し、目についた電気ケトルでお湯を沸かし始めた。


「しばらくは不自由だろうけど、外出は俺と一緒な。

仕事の外回りもなんかあるとあれだし、考える。

あとは月曜、どうにか都合をつけるから警察に行こう」


私が思いのほか危険な状況だと思ったのか、矢継ぎ早に課長が提案してくれる。


「ご迷惑をおかけします」


それに精一杯の気持ちで頭を下げた。


「だから。

悪いのはあの男であって、七星じゃないだろ?

それに俺の部下に手を出すヤツは許さないし、それが俺の七星なら酷い目に遭わせてやる」


え、今、〝俺の七星〟とか言いましたか?


「あっ、その、まだ私は宇佐神課長のものではないので……」


指摘しながらなぜか気恥ずかしくて頬が熱い。


「ん?

俺が俺のものにするって決めたから、七星はもう俺のものなの」


右の口端をつり上げて課長がにやりと笑う。

まあ、俺様宇佐神様だから仕方ない……。


勝手に開けて悪いなと課長は私が買ったスティックのカフェオレを入れてくれた。


「いえ、ありがとうございます」


優しい甘さが私を癒やしていく。

さっきの課長の発言で少し落ち着きを取り戻していたが、これで完全にリラックスできた。


「俺が絶対に七星を守ってやるから、安心していい」


飲み終わってカップを置いた私を、宇佐神課長が抱きしめてくる。

ふわりと彼がつけている香水の、爽やかだけれど少し甘い香りがした。

そのにおいはなぜか、私を酷く安心させた。

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