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第五十七話 いざ行かん!


「本当にありがとうございました。妖狐さんの活躍、ちゃんと上に報告しておきます」

「よろしくお願いします」


 私はそう言って部屋をあとにする。

 警察署にて、平野さんに昨日の事件についての報告を済ませたところだ。

 ややオーバーに妖狐の活躍を盛り入れており、それは平野さんも承知の上だった。

 この報告書を持ってして、国に妖狐の重要性を理解してもらうのだ。


「ずいぶんと堅苦しい場所なのだな」

「普通に生活していたらお世話になるような場所じゃないからね」


 本当にそうなのだ。

 まともに真面目に面白おかしく生活していたら、普通はお世話になったりしない。

 私の場合はどちらかというと同類っぽい立場なのでなんとも言えないが……。


「警察署は平和を維持するための場所だけど、周囲の人間からすると怖がられてもいるのよね」

「それは薬師寺家も同じか?」


 妖狐は知らないフリをしつつ、実はいろいろ知っているんじゃないかと勘ぐってしまうことがある。

 そうなのだ。

 薬師寺家をはじめとした四大名家は、他の呪術師を取り締まることもある。

 今となってはそもそもの呪術師の数が少ないため、滅多に起きることではないがそれでもまったくないとは言えない。


「妖狐ってたまに痛いところを突くよね」

「そうか? 俺は自然体のままだ。お前らが勝手に恐れたり、痛がったりしているだけだ。慣れろ、いずれ気持ちよくなる」


 妖狐の言葉の真意は闇の中。

 どうやら彼からすればこれが自然体であり、いちいち過度に反応しているのが私たちらしい。


「まあいいか」

「それはそうと、これから何かするのか? 家を出るとき”でーと”? とか言っていた気がするが……」


 妖狐はやはり聞き逃してはいなかったようだ。

 デートの意味を教えるところからスタートしそうだが、こればっかりは仕方がない。


「デートよ。あのね、デートっていうのは……意中の男女が一緒に仲を深めるためのイベントなの」

「い、意中……。まあ、そうなるのか」


 予想に反して妖狐まで照れはじめてしまった。

 どうやら意味は正確に伝わったらしく、正確に伝わったが故の反応だ。


「そのデートというのは具体的には何をするんだ?」


 妖狐は当然の疑問を浮かべる。

 妖魔の中にそういう概念があるのかも謎だし、彼が捕まった三〇〇年前にそんな横文字は存在しないだろう。

 昔だったらなんて言うんだろう? 逢瀬とか?


「そうね〜一緒に買い物したり、カフェでお茶したり、映画見たりとかそんな感じかな?」


 偉そうに具体例を上げてみたが、実践経験は皆無なため、逆にいうとそれ以外の方法は知らないのだ。

 勉強不足を痛感しつつ、一応は現代人の先輩として振る舞ってみる。


「映画? なんだそれは? カフェとはなんだ?」


 どうやらそれ以前の問題みたい。

 デートとかそういうこと以前に、現代のお楽しみの仕方がわからないのだ。

 しばらくは先輩面ができそうだ。


「じゃあ経験してみる?」

「頼む。俺に葵の世界を見せてくれ」


 なんとも小っ恥ずかしいことを平気で口にする。

 私の世界だなんてとんでもない。

 ただのお金を払って楽しむ場所なだけだ。

 しかし妖狐が若干ソワソワしているところを見ると、意外と楽しみにしていそうな様子なので細かいことなんて気にしない。


「それじゃあ行こうか!」


 私は妖狐の手を引いて警察署をあとにする。

 流石に目立ち過ぎなのだ。

 いまも昨日と同じ和服なので、目立つといえば目立つのだが……。

 これは最初にお着替えが必要かもしれない。

 この格好でカフェやら映画館には入りづらい。


「まずはお着替えね」


 私はここから近いお店を探して着替えなきゃ。


「呉服屋か!」


 妖狐は若干テンション高め。

 いままでずっと地下に幽閉されていたのだから、なんでも物珍しいのだろう。


「呉服屋……。まあ合ってるか一応」


 彼から飛び出てくる古めかしいワードに困惑しつつも、私たちは近くの衣料品店に向かった。




「ここ安くてオトクな感じだね」


 警察署から徒歩十分ほど。

 やはり都会はすごい。

 私の家の近くで歩いて十分でお店に到着することなんてありえない。


「若者向けのチェーン店だからね。財布に優しい」


 お店の中はそれなりに人が多い。

 若者向けの店でもあるため、当たり前だが若者が多かった。

 当然ながら彼らからすればこういう店に和服で来る人間なんて知らないわけで、一斉に携帯のカメラを向けられたため私たちはそそくさと店の奥の方に避難した。


「あれは何だったんだ?」

「あれは携帯のカメラよ。今の若い子は珍しいものがあると撮影してSNSに上げるのよ」

「SNS?」

「うーん……。ごめん、また今度説明するね。今のところは敵意がないけどめんどくさいとだけ思ってもらえれば大丈夫だから」

「まあ葵がそういうのなら……」


 妖狐の頭の上にはてなマークがいっぱい見える。

 彼からすれば分からない単語のオンパレードだろう。

 でも大丈夫。

 私は単語の意味を知っていても、なんでいまの若い子がSNSにそんなに固執するのかは分からない。


「一応、葵も若い子なんだけど……」


 影薪の残念な人を見る目が痛い。

 そっか、私って若い子なんだ。

 私が思う若い子は、一条や明美のような人たちを指す言葉であって、決して私のような人種ではない。


「私はただ若いだけよ。一条や明美みたいにはなれないもの」


 私はずっと抱いていた気持ちを暴露する。

 彼らみたいにはなれない。

 もしかしたらこれは私の性格の問題でもあるのかもしれない。

 彼らだって、私のような役割がありながら若者人生を謳歌しているのだから。


「いいから着替えるわよ! 流石にこの格好では目立つから」

「あたしはこのままでいるからね。この服に思い入れがあるんだから」


 影薪だけは断固として拒否をする。

 まあ影薪が着ている黒いスモックは、色合いを除けば見た目の年齢とマッチした格好だし良いか……。

 でも私と妖狐は絶対的にお着替えが必要だ。


「妖狐、こっちに来て。私が選んであげる」


 私は頭の中に妖狐を思い浮かべ、店に陳列されている衣服を妄想の中で取っ替え引っ替えし始めた。


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