目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第五十六話 デートの是非


 午前中を薬師寺家の蔵で過ごし、結果的には妖狐の勘違いで終わった。

 私の父親を殺したのは過去の薬師寺家の者が結界に施した細工だった。

 だから父親を殺したのは過去の人間ともいえるし、それと同時にやはり自分のせいで父親が死んだという負い目は変わらない。


 当時は定期的に結界の強度を維持するために生贄が必要だったらしいが、妖狐を地下に閉じ込めたまま一〇〇年ほどが経過した頃には、外部から結界に呪力を注ぎ込む呪法が開発され、悪しき風習はなくなったらしい。

 そのまま結界に施された細工についても忘れ去られたまま、今に至る。

 壮大な勘違い。

 妖狐が無意識に生命力を吸い殺すという、誰も実態を知らないからこその妙にリアルな勘違い。

 だがその認識が広まったおかげで、結界の餌食になる人がいなくなったのは皮肉な話だ。


 すべては勘違いと私の無知の結果。

 私の父親の死因はこの二つ。

 だから私は完全に自分を許すことができていない。


「気分が乗らないなら無理していかなくてもいいんじゃないか?」


 妖狐が甘い言葉を吐く。

 しかしながらそういうわけにもいかない。

 昨夜は事件解決時点で相当な時間になっていたため一度家に戻ったが、流石に今日には報告にいかなければならない。

 このお仕事で国からお金をもらっている立場なのだ。

 甘えたことは言っていられない。


「いいえ、行く。妖狐も準備して」

「葵がいいなら良いさ」


 妖狐はそう言って玄関に向かっていった。

 影薪は私を見上げて顔色をうかがっているように見えた。


「なによ」

「ううん。吹っ切れたってわけじゃなさそうだなって」

「そりゃあ真相を知ったのがついさっきよ? そう簡単に割り切れないって」


 逆にここで吹っ切れてしまっては、私に人の心があるのかという疑いさえ発生してしまいそうだ。

 人の心は複雑怪奇で、絡まった糸よりもほどけにくい。


「いい方法があるんだけど聞きたい?」


 影薪はニヤニヤと笑みを浮かべながら私にささやく。

 まるで悪魔のささやき。

 こんなに生き生きとした彼女を見るのは久しぶりな気がする。

 どうしようか?

 きっとくだらないアイデアには違いないだろうけれど、今の私の感情の扱い方がわからないのも事実だ。


「き、聞きたい」


 私は悪魔に身を委ねる。

 影薪という小さな悪魔は、嬉しそうに破顔して私にかがめと合図する。

 指図通りにしゃがむと、影薪は私の耳元に顔を寄せた。


「警察への報告なんてすぐでしょう? そのあとデートしちゃいなよ!」

「デ、デート!?」


 私は思わず立ち上がって奇声をあげる。

 デートってあのデート?

 人生で一度も経験のないあのカタカナ?

 なんてことを言い出すのだろうかこの子は!


「私そんな気分じゃ……」

「じゃあいつになったらそんな気分になるのさ!」


 影薪は妙に強気で私の退路を絶ってきた。

 なんでこんなにイケイケなのだろう?


「いつって言われるとなんとも言えないけど、でも……」

「いい? 葵! 葵の性格なんてあたしが一番知っているから断言するけど葵はねえ、マイナスなことを考え始めるとずっとダラダラ続くの。それこそ天地がひっくり返るくらいの衝撃でもないとね」


 影薪の言い分はきっと正しいと思う。

 だけどそれって、私にとってデートというイベントが、天地がひっくり返るくらいの衝撃だと言っているように聞こえるんだけどどうなんだろう?

 もしかして私、バカにされてる?


「そこまでのイベントかな? べつにデートくらいでそんな衝撃ないでしょ」


 私はあえて涼しい表情を演じる。

 そうしなければこのまま彼女に丸め込まれる。

 影薪が私のことを理解しているように、私も私で影薪のやり口はわかっているつもりだ。


「ほほう! じゃあ葵はデートをした経験があるんだね!」

「な、ないわよ」


 中々に痛いところをついてくる。

 大体、ずっと私と一緒にいるんだから知っているでしょうに。


「じゃあそんな衝撃がないなんてなんで言えるの? したこともないのに」

「うるさいわね! もしかして私がデートすらまともにできないと思ってる?」

「思ってるよ?」


 売り言葉に買い言葉。

 これは完全にバカにされてる気がする。


「やってやるわよそれくらい! 簡単にできるもの!」

「じゃあ今日やっちゃおう!」


 ああダメかも。

 なんだかんだ影薪のペースにはまってしまった。


「きょ、今日はちょっと……」


 デートはいつでもやってやる。

 というよりいつかはしたいと思っていたからすること自体はいいのだが、今日突然というのはちょっと……。


「でも葵は早く気持ちを切り替えないとダメだよ? いまは呪力が練れないから妖狐に戦ってもらっているけど、もう少ししたら葵自身も戦わなきゃダメなんだよ? いまのメンタルのまま命張れるの?」


 影薪は急に真面目なトーンになった。

 そこを言われるとつらい。

 反論の余地がなくなる。


「だから今日なんだよ葵! 今日妖狐とデートするの!」


 ものすごい剣幕で詰めてきているが、内容は今日デートしなさいという実にくだらない話なのよねこれって。

 ここまでゴリ押されると私も否定できなくなってくる。


「わかった! わかったわよ! 今日妖狐とデートすればいいんでしょう!」

「わかれば良いんだよ! 葵はやればやれる子なんだから」


 それってデートに使う言葉なのかな?

 私は頭に浮かんだクエスチェンを振り払い、深呼吸をする。

 デートか……デートねえ。

 今までしたことのないイベント。

 それをしかも今日、本日、突然行わなければならない。

 しかも相手は現代日本に疎い妖狐。

 ハードルが高すぎない?


「俺がなんだって?」


 しまった。

 待たせすぎたせいで様子を見に来ていた妖狐に聞かれてしまった。


「な、なんでもないから行くよ!」

「いやいや、さっき俺の名前が聞こえた気がしたんだけど……」

「気がしただけよ! さあ行きましょう! 出発よ!」


 慌てる私を見て笑い転げている影薪を一瞥し、私は妖狐の腕を捕まえて家を出発した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?