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第五十三話 脱出


 妖狐の全身から呪力が溢れ出る。

 もうコレクターは動く気配がなかった。

 諦めたのだろうか?

 圧倒的な力の差がそこにはあった。


「もう勝ったつもりか!?」

「当然だ」


 コレクターが呪力を放とうとするが、コレクターの呪力は瞬時に金色の呪力に取り込まれて霧散した。


「な、なんだと!? バカな! あり得ない!」


 コレクターが喚き散らすが結果はなにも変わらなかった。

 私にも妖狐が何をやったのか分からない。

 いや、何をしたのかは分かっている。

 問題は、どうやってしたのかだ。


「あり得るさ。お前の発動前の呪力を、俺の呪力で消し飛ばした。よってお前の呪法は完成しない。ただそれだけの話だ」


 妖狐は簡単そうに説明した。

 コレクターが言葉を失っていた。

 私も同じ気持ちだ。

 妖狐はさも当然の如く話していたが、そんな芸当ができる者は妖界も含めても彼くらいのものだと思う。

 少なくとも私には無理な話だ。


 呪力を呪力で打ち消すこと自体は、理論上は可能だ。

 集まっている呪力と同程度の呪力をタイミングよくぶつければ対消滅する。

 それは知っている。

 しかし知っているのと実践するのとでは意味合いがまるで異なる。


 相手の用意した呪力の量を瞬時に感知する敏感さと、一定の量を寸分違わず即座に用意するスピードと緻密な呪力操作が必要だ。

 しかもそれを実戦でとなると難易度はもっと跳ね上がる。


「化け物め……」


 コレクターは後ずさりながら喚く。

 妖狐はコレクターが後ずさった分、距離を詰める。


「化け物ね……。俺は間違いなく化け物ではあるのだろうが、それをお前が言うのか? どっちが化け物らしい見た目をしていると思っている?」


 妖狐は問答はしまいだと言わんばかりに呪力を右手に集めた。

 コレクターはそれを見て静かに首を横に振り始めた。


「や、やめてくれ。まだ死にたくない……」

「やめてくれ? 死にたくない? お前、いままで殺してきた者たちの前でも同じセリフが吐けるのか?」


 妖狐がそう言って指を鳴らした。

 死の音だ。

 何度も見てきた光景。

 妖狐が指を鳴らすたびに、コレクターの何かが破壊されていた。


「嫌だ!!」


 断末魔が響く。

 コレクターの頭がはじけ飛び、体液が周囲にばらまかれた。

 血なまぐさい空間に妖狐はポツリと立ち尽くす。

 彼を包み込む金色の呪力が、コレクターの血液まで撥ね退けてしまった。


「あっという間だったわね……」


 私は頭がはじけ飛んだコレクターの死体を眺めながらアホみたいな感想を呟いた。

 本当にあっという間だった。

 ほとんど戦いにすらなっていなかった気がする。

 妖狐は一切全力を出していない。

 傍から見ればただ立って指を鳴らしていただけだ。


「妖狐の指パッチンは無敵だね!」


 影薪が呑気に指を鳴らす。

 残念ながら音はうまく鳴っていなかった。

 今度教えてあげよう……。


「今回はありがとうね。助かった。私に呪力があってもきっと苦戦していただろうし」


 私は何度も指パッチンに挑戦している影薪をよそに、妖狐にお礼を述べる。

 呪力が練れないからと戦いを任せてしまったが、その圧倒的な実力差に舌を巻く。

 彼は一度たりとも呪法らしきものを使っていないのだ。


「構わない。これは俺の罪滅ぼしでもあるんだ」

「それ、次元ポケットの入り口でも言ってたよね? なんなの罪滅ぼしって?」


 私はずっと気になっていたことをたずねた。

 団地の前で彼は確かに言っていたのだ。

 これは罪滅ぼしだと。

 それは一体、誰に対するどんな罪滅ぼしだろう?


 「それを話すのにここは危険だな」


 妖狐が天井を見上げる。

 確かにここはあまり時間がないのかもしれない。

 この空間の持ち主が死んだのだ。

 この次元ポケットはやがて消滅してしまう。


「またあのエントランスまで戻るの?」


 影薪が暗にめんどくさいから嫌だと言いたげだったが、そこからしか出れそうにないのだから戻るしかない。

 そうでないとこの世界ごと私たちも消滅してしまうのだから。


「安心しろ影薪。そんなめんどくさいことはしない」


 妖狐が私の予想に反する回答をしたかと思うと、何もない空間に右手をかざした。

 そこには呪力が集まっている。

 何度も見た光景だが、いままでよりも遥かに呪力の量が多い。


「呪法、世界反転」


 妖狐の声が響く。

 初めて妖狐が呪法を使った。

 彼が右手の呪力を解放すると、何もなかった空間に亀裂が入り始めた。

 次元ポケットの自然消滅の影響かと思ったが、どうやら違うみたいだった。

 妖狐が来いと手招きをしている。


「何をしたの?」

「呪法を使ったんだ。世界のことわりを逆転させる呪法。思い出したのは地下牢から出た時だ」


 妖狐は私と影薪を抱えて立ち上がる。


「妖刻の時?」

「そうだ。あの時は葵の危機を察知していたから必死だったから気づかずに使っていたらしい。これは封印も含め、ありとあらゆる要因や結果を逆転させる呪法。当然、リスクもあるが仕方がない」


 妖狐は涼しい顔でそう言い切り、亀裂に穴をあけた。

 あまりにもあっけなくこじ開けられた世界の壁。

 妖狐がたった数歩歩いただけで、ここは次元ポケットの外だった。

 うしろを振り返ると、薄い何かの幕の向こうでは世界が崩れ始めていた。


「今は何時かな?」


 妖狐が次元ポケットとの亀裂を消すと、そこはすっかり静かな団地となっていた。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った夜の団地。

 携帯を見ると時刻は二十三時と表示されていた。

 日付が変わるギリギリだ。


「どうする? 帰る?」


 影薪が欠伸をしながら聞いてきた。

 確かにこんな時間に警察署に行くのもあれだし、家に帰ろうかな?


「罪滅ぼしのことは帰ったら話してくれるよね?」


 私は隣を歩く妖狐の顔を覗き見る。

 妖狐はそんな私に気まずそうな表情を浮かべた。


「あまり気持ちの良い話ではないぞ? もしかしたら俺のことを嫌いになるかもしれない」

「何を言っているの?」


 妖狐のいつになく弱気な雰囲気に、私は首をかしげる。


「私が妖狐のことを嫌いになるわけがないじゃない?」


 私の馬鹿正直な恥ずかしいほどにまっすぐな言葉は、あの無敵な妖狐の頬を赤くさせるにはじゅうぶんだった。


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