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第四十九話 未知との遭遇


 博物館の奥のドアを開けた先に待っていたのは、見たことのない風景だった。

 場所がどうとか何かがおかしいとかそんなレベルではなく、本当に想像にもしていなかった景色。


「何をどうしたらドアの先がこうなるわけ?」


 私はあまりの光景に苛立ちさえ覚えた。

 いくら次元ポケットとはいえども自由過ぎる。


 永遠に続く廊下の先には博物館があり、その先にはこの景色だ。


「落ちるなよ葵」

「大丈夫よ。絶対に縁へは近づかないから」


 私たちは団地の屋上に立っていた。

 博物館の最奥のドアを開いたら団地の屋上だ。

 一度も階段を登ってもいないのに……。

 空間感覚がおかしくなりそう。


「なんで急にこんな感じなの?」


 影薪の言う通り、なんでこんな感じなのだろうか?


 私たちが立っている団地の屋上からは、他の団地が十一棟見えている。

 それらが円形となってまるで時計の数字のように並んでいた。

 私たちの立っている団地も含めれば、その数はちょうど十二。

 まさしく時計そのものだ。


「奴はあの中心だろうな」


 妖狐の指さす先。

 この場所を時計に置き換えるのなら、針たちの中心地。

 そこには次元ポケットの入り口である団地と同じ建物が存在していた。


「それはいい知らせだけど、どうやって渡るの? 私は空を飛べないからね?」


 私は念を押す。

 たまに呪力が自由に使えれば空でも飛べると誤解する輩がいるがとんでもない。

 呪力は呪法という形式をとって現実世界に漏れ出す”呪い”だ。

 魔法とかとはわけが違うのだ。


「あの細い道を進むしかなさそうだな」


 私たちのいる団地の屋上から中央に向けて一本の道が存在する。

 それは他の団地からも伸びていて、特別めずらしいものでもないが、その道幅が実に不親切だ。

 足場の幅はたったの一メートルしかない。

 しかもその道の上を本当に時計のように、短針と長針が順番に回っている。

 素直に歩いていれば、時計の針に押し流されて真っ逆さまだ。


「これって落ちたら死ぬよね?」

「落ちたことがないから分からないな」

「そういうことを聞いてるんじゃないんだけどな……」


 私の同意を求める言葉に真顔で返されて面食らってしまった。

 そうだった。

 妖狐はこういう人だった。

 イケメンで天然とかズル過ぎる。


「空は雨雲が蓋をし、下は暗闇に覆われていて底が見えない。落ちる勇気はないわね」


 雨が降っていないのは不幸中の幸いだ。

 足元が濡れて滑るようであれば、あの一メートルの道幅は途端に死への飛び込み台と化す。

 こうなればどうにかして針の動きを止めなければ……。


「でさ、どうやって渡るの?」


 影薪は思考を放棄したらしく、延々と回り続ける短針と長針を楽しそうに目で追っていた。

 大丈夫。

 私はイライラしない、イライラしない……。


「ねえってば~」

「うるさい! アンタも考えなさいよ!」


 ダメだ。

 やっぱりイライラしちゃってた。

 あまりにも訳の分からない場所過ぎて、気持ちが落ち着かない。

 人は理不尽な世界に放り込まれるといろいろダメみたい。


「じゃあさ、あの針を壊しちゃえば?」


 あっけらかんとした言い方だった。

 なんとか頭を使って解決しようとしていた私にとって、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だった。

 さっきの廊下と博物館のせいで、ついつい謎解きをしなければならないと先入観を持ってしまっていた。


「壊せるの? あれ?」


 私は簡単に言ってのけた影薪に逆にたずねる。

 どう見たって壊せそうな規模ではない。

 団地を数字と見立てた時計の針だ。

 当然ながら小さいわけがない。

 団地並みの大きさの針なのだ。

 そう簡単に壊せるわけがない。


「やってみるか?」


 妖狐がそういって一歩前に出た。

 右手に呪力を集中させる。

 金色の呪力が妖狐の右手から放たれ、どんよりとした雰囲気を纏うこの場所の気を吹き飛ばした。


「くらえ!」


 妖狐が右手を前に突き出すと、金色に輝く呪力が飛んでいき、ちょうどこちらに向かって動いていた長針に衝突した。

 団地の中心で爆発音が木霊した。

 妖狐の放った単なる呪力の塊は、時計の針とぶつかる瞬間に爆発した。

 視界一杯に白い閃光が広がり、それだけで爆発の威力を感じさせた。

 私にはわかる。

 これは人間が放てるレベルの力ではない。


「あれ? いまのでもダメなの?」

「残念ながらそのようだな」


 あの一撃でもビクともしない時計の針に驚く影薪と、自分の攻撃が効かなかったというのに妙に冷静な妖狐の対比が面白い。

 私はどちらかというと影薪の感想に近いものを抱いている。

 流石にあれを受けて無傷は意味が分からない。


「壊せそうにないね」

「他の方法をとるしかないか……」


 私たちは破壊という暴力的な手段を諦め、何かヒントはないかと他の団地をよくよく観察し始めた。


「何か見つかった?」


 五分ほど周囲の団地と針の動きを観察し続けた。

 影薪の何も考えていなさそうな声が、妙に私の頭を軽くしてくれるから不思議だ。

 フラットにものごとを考えられるようになる。

 根詰め過ぎてもいい結果にならない。

 それを影薪は天然で身をもって教えてくれているのだ。

 きっと、たぶん……?


「短針はあまり動かないな」

「まあ普通短針は一時間に一回しか動かないからね。ここのは少し違うけど」


 そう、短針はぶっちゃけどうでもいい。

 過ぎ去ってから回って来るまでそれなりに猶予がある。

 問題は長針のほう。

 秒針並みに動き回っているため、中央の団地へと続く細い道を走ったとしても二週は回ってくる。


「あれの動きを止められないの?」

「無茶言うな。傷一つ付かなかったんだぞ」


 流石の妖狐でもあれは無理らしい。


「あれはただの物ではないな。この世界の法則とかそういった類だ。外のルールで壊せる代物じゃなさそうだ。ここではここのルール、法則が働いている」

「てことはここのルールに則らないと攻略できないってこと?」

「そうなるな」


 でもそれなら納得だ。

 妖狐のあの一撃で傷がつかない建造物など存在しない。

 下手したら車一台が粉々になっているレベルだ。


「となるとあの光がヒントだね」


 私は他の団地の屋上に立っているアンテナに注目する。

 不規則なタイミングでアンテナが光り、そこに長針が高速で動いている。

 時計回りではあるのだが、規則的な速度ではない理由はそのためだ。


「なるほどな……壊せないのなら騙してみようか」


 妖狐はカラクリを理解したのか、ゾッとするほどの笑みを浮かべていた。


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