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第四十八話 博物館


 私たちは影薪の提案通り、中央の廊下へ突き進む。

 二回目も滞りなく進み、いよいよ初めての領域である三回目に挑む。


「一応攻略したつもりではあるけれど、さらに罠があるなんてことも考えられるから用心しなくちゃね」


 私はそう言って妖狐の陰に隠れる。

 自分が戦えないからというのもあるが、未知の世界で妖狐がいることへの安堵感は半端じゃない。


「イチャイチャしちゃってさ」


 影薪は私と妖狐のことをいやらしい目でジロジロ観察しだす。

 イチャイチャなんてしてるかな?


「別にイチャイチャはしてないでしょう? こんなところでしないわよ」

「イチャイチャってなんだ?」


 否定する私とその単語の意味が分からない妖狐。

 うん、絶対に教えない。


「良いから! 早くここを通過するわよ!」


 私は誤魔化すついでに先を急ぐ。

 いまでも奴はこの次元ポケットのどこかに身を潜めている。

 そもそも奴が私たちの侵入に気づいているのかは不明だ。

 ただ、あれだけ堂々と次元ポケットの目の前で私たちに姿を見せたのだ。

 一種の挑発のようなものだろう。


「分かったから押すな!」


 私たちは妖狐を筆頭に三回目の廊下を進む。

 本当に何事もない。

 胸が苦しくなったりもしない。

 このまま通過できれば、やっと次へ進めるのだ。


「なんだここは?」


 廊下を抜けた先、妖狐の一言が私たちの気持ちを代弁していた。

 三回目の廊下を通った先では、エントランスの代わりに妙に長細い空間が広がっていた。

 天井もあり得ないほど高い。

 体育館ぐらいの高さがある。

 壁は高級そうなコーティングされた木材で艶があり、天井からは無数のシャンデリアがぶら下がっていた。


「家の庭ぐらいあるんじゃない?」

「葵、いまは良いけど他の人には言わない方が良いと思うよ。無自覚な自慢に聞こえるから」


 影薪の妙に俗世的な指摘に、私はつい納得してしまった。

 確かにそうだ。

 広いな~なんて感想の後に、自分の家の庭ぐらいはあるなんて自慢に聞こえてしまう。

 こういうところが浮世離れしているとか言われる所以なのかもしれない。


「壁際になにか飾ってあるな」


 妖狐は興味をそそられたのか、これまた高級そうな台座に設置された布のかぶせてある何かに近づいた。

 大きな鳥かご程度の何か。

 その台座にはなにやら人の名前が彫ってあった。


「石井真紀? 誰だ?」


 妖狐は名前を読み上げて首をかしげる。

 確かに知らない名前だし、ここに人名が刻まれているのも気持ち悪い。


「ねえこれってもしかしてさ……」


 嫌な予感がした。

 よくよく見てみれば、ここはどこかの博物館のようなたたずまいだ。

 だとすれば当然展示物は必要なわけで……。

 私が振り返って反対側の廊下を確認すると、一定間隔で同じような台座と布の被さった何かが設置されている。


「確認は必要よね?」

「そうだね」


 私は恐る恐る布に手をかける。

 一気に布をはぐと、そこには思った通りのものが展示されていた。

 台座の上には人の半身程度の大きな鳥かごが置かれていた。

 そしてその鳥かごのなか、中央に人の手足が金具で上からぶら下げられてる。

 心から悪趣味な場所だと思った。

 きっとこの台座に刻まれているのは、被害者の名前だろう。


「ずいぶんと、嫌味ったらしい趣向だな」


 妖狐は一切動じる様子は見せなかった。

 しかし、心なしか彼の放つ呪力がとげとげしくなった気がする。

 気のせいではない。

 彼からしても不快な展示であることに変わりはないようだった。


「ねえ見て、動き出したよ!」


 台座から目を離していた私たちに、影薪が大きな声で注意を引く。

 視線を台座に移すと、彫られた石井真紀の名がうっすらと光り出した。

 そして台座のすぐ後ろの壁に、まるでスクリーンのように女子高生の姿が映し出されていた。

 場所は見覚えがあった。

 それもそのはず、この女子高生が映っている場所はさきほど見た事件現場だからだ。


「あの女の子の友達がこの子なんだね」


 私は呟いた。

 最初にこの次元ポケットの前で妖魔を見た直後、私たちに話しかけてきた女子高生。

 友人が妖魔に襲われたと言い、実際にその事件現場を私たちは確認した。

 凄惨な現場だったのは憶えている。

 あの時、襲われた友人というのが、いま私の前に手足だけとなってしまっている石井真紀なのだ。


 背後のスクリーンには永遠と彼女が襲われた時の状況が無音声で流され続ける。

 きっと布をとることが再生のキーなのだろう。

 映像では、石井真紀の恐怖と絶望に染まる表情がアップで映し出されていた。

 流されている映像は一人称視点でとられているもので、明らかにこの妖魔の視点だった。


「思い出のつもりか? 下らない」


 妖狐は嫌悪感からか語気が荒くなった。

 私も徐々に恐怖から怒りに変わっていた。

 もしも私がいま呪力を操れるのなら、妖狐を差し置いてでも八つ裂きにしてやりたい感情に駆られた。

 この博物館は、奴からしてみればアルバムのようなものなのだろう。

 自分が狩りをした時の思い出をこうして保管して、あとから眺めるつもりだろうか?


「本当に反吐が出る」


 影薪が私の低い声に驚いた様子を見せた。

 そんなに声が低くなっていた?


「葵ってそこまで他人のために怒れる人だっけ?」

「失礼な子ね。私だってちゃんと人間の感情を持ってるってば」


 でも言われてみれば前よりも感情的になったのかもしれない。

 妖刻を経験してからかな?

 それ以前は、どこか冷めていて感情から距離をとっていた気がする。

 だけど妖刻では感情を出さざるを得なかった。

 妖刻は本当に大切な人も簡単に奪ってしまうし、自分がいかに恵まれているかを知ったのと同時に、人の死についてより深く考えるようになってしまった。


「葵はいつも感情的だったぞ?」


 妖狐はきっと日々の地下室での私のことを言っているのだろうが、あれとはまた少し意味合いが違うのだ。

 だが妖狐にそんな些細なことを言っても無駄そうなので指摘は諦めた。


「他のも見てみるか?」


 妖狐の提案に私は首を横にふる。


「もうじゅうぶんじゃない? どうせどれも奴の狩りの思い出でしょう?」


 当然だが、見ていて気持ちの良いものではない。

 そのへんのスプラッター映画よりもリアル感がある分、気持ち悪い。


「それよりも次に行きましょう。あの奥にドアがあるんだし」


 私は博物館の最奥を指さした。

 もう迷わない。

 ドアはあそこしかないのだから。


「いまって奴との距離ってどのくらいかな?」


 私は妖狐にたずねる。

 ずいぶんと歩き回ったように感じるが、実際のところ廊下一本分しか進んでいないので中心地はまだまだ先だと思っているのだがどうだろう?


「半分は進んだ気がするな。距離も縮まっている」


 妖狐は目を閉じてそう答えた。


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