目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第四十七話 罠とは意外性の外にある


 右側の通路を捨てた私たちは左側の通路を二回通ることにした。

 一回目は右側の廊下を一度進んだせいか、案の定状況がリセットされていて何も変化はなかった。

 二回目を通った時には、完全に消えている蛍光灯はなくなっており、点滅している一つの蛍光灯を除き、すべてが正常に点灯していた。

 そしてやはり暖かく感じた。


「暖かいわね」


 私は何度目かも分からないエントランスにしゃがみ込んで感想を述べた。

 次元ポケットで迷宮に迷い込んだ者の感想とは思えないほど薄っぺらい内容だが、明るさと温度の違いぐらいしか変化がないのもまた事実なのだ。


「確かに左側は暖かかったな。右側は一度目より二度目の方が寒く感じた。実は意味があるのか?」


 妖狐が勘ではなく頭を使い始める。

 あまりにもヒントがなさすぎて、袋小路に迷い込んだ感はある。


「最後にまだ通ったことのない道を行こうよ!」


 さっきまで楽しそうだったのに、変化がなさすぎて飽きてきたのか影薪がダレはじめていた。

 羨ましい性格よね本当に……。


「そうね。全部の条件を揃えた方が良いのかも」


 私たちはやや疲れた表情で正面の廊下の入り口に立つ。

 もうずっと歩き詰め。

 距離はたいしたことはないのだが、閉じ込められているという事実が疲労感を増幅させていた。


「行きましょう」


 私たちは正面の廊下へと歩き出す。

 何かしらの変化を求めて歩き出したのだが、残念ながら成果は無かったと言える。


 正面の廊下を二度歩いてみた。

 これで右側と左側と同じ回数歩いてみたが、結論から言えば左側の通路と蛍光灯の状態は全く同じだった。


「どうしようか? いまのところ正面と左側は同じ。右側だけ他とは違うんだよね~」

「じゃあ正解は右側? でも妖狐的には右側はやめておいた方が良いんでしょう?」


 影薪と私はそろって、腕を組んだままの姿勢で立ち尽くす妖狐を見上げる。

 妖狐は頭を悩ませ、無駄だと分かっていても呪力感知を行い始めた。

 藁にも縋るというのはまさにこのことだ。

 こういう迷宮系では、希少性のある道が正解であることがほとんどだ。


「仕方ないか……」


 十分後、妖狐はしぶしぶ右側の通路に行くことを認めた。

 こうなれば出たとこ勝負というやつだ。

 一つだけ気がかりだったのは、右側の廊下だけ妙に寒いこと。

 ただもしかしたら蛍光灯が消えていて寒く感じているだけなのかもしれない。

 人にとって明かりとはそれだけ認識に変化を与える。


「行こう行こう!」


 影薪は何かが起こると期待してか、一番乗り気だ。

 私たちは再び右側の廊下へと足を踏み入れる。

 一回目はまったく同じ景色。

 二回目はやはり点灯していたはずの蛍光灯が消えていて、唯一点滅している蛍光灯だけが残っていた。

 そして案の定、ちょっと寒い。


「次は未知の領域ね」


 私たちは右側の廊下の入り口に立つ。

 いままで同じ道を二回連続で通っただけ。

 三回連続はまだ試していない未知の領域。


「ゆっくり進もう。なにがあるか分からないからな」


 妖狐はいつにもなく真剣な眼差しで、薄暗い廊下を凝視する。

 静かに歩き出した妖狐の真後ろを、私と影薪がついて歩く。

 ゆっくりと進んでいると、四番目の点滅している蛍光灯が目に入る。

 あれだけが明かりを提供しているのは二回目と変わらない。

 となると二回目以降は変化なしってこと?


「ちょっと待って」


 私は三回目は変化がないと思った時、四番目の蛍光灯の点滅が徐々にゆっくりになってきていることに気がついた。

 それに呼応してか、全身の寒気も強くなっている。


「完全な暗闇になった時になにか飛び出てくるとかかな?」


 影薪が妖魔によるドッキリの心配をする。

 真っ暗になってから襲いかかるのは常套手段ではあるが、これはそういうのではない気がした。

 もっとこう、直接的な呪いのようにも感じた。


「消えちゃう……」


 影薪の言葉通り、四番目の点滅していた蛍光灯がフッと明かりを失った。

 その瞬間、急激に胸に圧迫感と胸痛が迫ってきた。

 全身の寒気も手伝い、私はその場に倒れ込む。


「葵!」


 妖狐は暗闇の中でも私のただならぬ状態を察知したのか、私を抱きかかえて来た道を引き返す。

 一気に走り抜けた私たちは再びエントランスに戻ってきた。


「葵、大丈夫か? 何があった?」


 妖狐は明らかに取り乱しており、いままで見せたことのないほど焦った様子で私の顔を覗き込む。

 私は力が入らなくなった体を妖狐に抱かれたまま、少しずつ弱まっていく胸の圧迫感と胸痛に安堵を覚えた。

 寒さも少しずつなくなってきている。

 妖狐の顔を見るとホッとする。


「あの蛍光灯が消えたタイミングで、急に胸が痛くなって……」


 まるで心臓が止まったかのような感覚。

 あの四番目の蛍光灯になにか秘密があるに違いない。


「呪いの類だな。場所とそこを通る人間にのみに作用する罠だ。葵の様子から察するに、四番目の蛍光灯と葵の心臓がリンクさせられていたということだろう。仕掛けとしては葵というよりも人間の心臓とだと思うが」


 妖狐は私の様子を見て少し安心したのか、普段の調子を取り戻しつつあった。


「人間の心臓?」

「ああそうだ。実際、俺と影薪はなにも影響を受けていない。こんな短時間に、呪力の気配を一切漂わせずに一個人を特定して呪うなんてことはありえない。だから仕掛けとしては単純な、種族単位の呪いとして設置していたのだろう」


 妖狐の声を聞いているうちに体に力が戻ってきた私は、彼の言葉を頭の中で整理し始める。

 つまり人間だから呪われたというわけだ。

 どの通路を通っても、四番目の蛍光灯が点滅していたのは私の心臓の状態をあらわしていたのだ。

 あれが完全に消えた時、その通路にいる人間は心不全を起こす呪い。


 どうしてあの妖魔がそんな呪いを仕掛けたのかも想像がつく。

 奴が欲しいのは新鮮な血肉ではなく、手足のみ。

 他の部分はどうなっても構わない。


「まんまと罠にかかったってわけね。三つの廊下の内、一つだけ他と違うようにしておけば、次元ポケットから脱出を願う人の大半はその希少性に勝機を見出して進むもの。それがこの結果ね」


 私は名残惜しく思いながらも、妖狐の腕の中から自立して立ち上がった。


「でもこれで残り二つの内、どちらを通っても正解な可能性が高くなってきた」


 自然と震えは収まり、全身にやる気が満ちる。

 答えが分かれば簡単だ。

 あとは突き進むのみ。


「堂々と真ん中の廊下に行っちゃおうか!」


 いつも通り動き出した私を見て安心したのか、影薪は再びふざけた様子で正面の廊下を指さした。 

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?