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第四十六話 迷宮入り


「この先ね」


 私たちは再び団地の前に来ていた。

 団地は中央にエントランス部分があり、そこから左右に何部屋分も広がっている。

 アパートなんて比ではないくらいの大きさだ。

 問題は中の状況。

 スキームがいた次元ポケットも、外観と中は違う世界だった。

 ただ大きくは違わないという点は一緒だろう。


「行くぞ」


 妖狐は一切の躊躇もなしに歩き出す。

 私と影薪は彼のあとに続いてエントランス部分に侵入する。

 手動で押し開けるタイプのドアを妖狐が開くと、ガラスにヒビが入ったような音が脳内に聞こえてきた。

 ゾクリとした感覚に目をつむり、私たちは団地の中に侵入する。

 その瞬間、景色がぐるっと一回転したかと思うと外観からはまるで想像できない光景が広がっていた。


「なんだここは」


 妖狐が驚いた様子で呟く。

 私も影薪も同意する。

 なんだここは?


「なんていうか、捻れた建造物って感じね」


 エントランスに入った私たちの前には、緑と紫が入り混じった不気味な色使いの廊下が三方向に分かれて広がっている。

 うしろを振り返ると、エントランスのドアは健在だが、その外側は真っ黒な膜に覆われていて外の風景は見えなかった。

 つまりここからの脱出は不可能というわけだ。


「どの廊下を進む?」


 色使いの狂った廊下。

 箇所によっては緑と紫に赤まで混じった気色悪い色合いだ。


「呪力でやつの気配はわからないな」


 妖狐が残念そうにため息をつく。


「情報がないならとりあえず右からいかない?」


 影薪らしい提案が飛び出し、私と妖狐はくすりと笑って右側の廊下へと歩を進める。

 どっちにしろ情報はないのだから、しらみつぶしに行くしかない。

 何が出てきたところで倒すだけなのだ。


 廊下を進んでいると、ところどころ蛍光灯が切れているところやチカチカと点滅している場所があり、まるでホラー映画そのものの雰囲気に私はついつい妖狐の手を握る。

 それに気づいた影薪がニヤニヤしはじめた。

 恥ずかしくなった私が軽く頭をひっぱたいたタイミングで、妖狐が足を止めた。


「どうしたの?」


 私は妖狐の背後から前方を確認し、唖然とした。

 どういうことだろう?

 さっきのエントランスとまったく同じ場所にやってきた。

 気づけば歩いてきた廊下は消え去り、エントランスのドアと黒い膜が出現していた。

 本当になんだここは?


「同じ場所?」

「そのようだ」


 妖狐は冷静に壁や床を調べ始めた。

 私と影薪もそれに習って周囲を調べだす。

 闇雲に突き進むのは得策ではない。

 映画ではこういった場合、どこかにヒントがあるはずなのだ。


「ないな」


 そこそこの時間調べた結果出た答えがそれだった。

 となるとヒントはエントランスにはないことになる。

 ここではないとなると……。


「廊下か?」


 私たちはいま通ってきた右側の廊下に再び侵入する。

 さっきはただただ不気味さに恐る恐る進むのみだったが、今回は注意深く観察しながら歩を進める。

 相変らずの一本道。

 まあ、廊下なのだから当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。


「装飾品もドアも見つからないな~」


 影薪が呑気に呟く。

 ちょっとばかし緊張感が足りないが彼女の言う通り、本当に何もない廊下。

 気色悪い色使いなのはずっと同じで、模様の変化もなにもない。

 そもそも団地なのに、一切部屋がないのはどういうことなのだろう?


「となると注目するべきはこのライトね」


 私は蛍光灯を仰ぎ見る。

 エントランスからここまで、蛍光灯は全部で六個あった。

 きっともう少し進むとまたエントランスに戻される。

 そう考えると、この廊下についている蛍光灯は全部で九個。


「点滅しているのが四番目だね」

「そうね。完全に消えているのが三番目と五番目。それと七番目と最後の九番目もね」


 どうやらこの廊下の蛍光灯は一個空き感覚で消えているらしい。

 そして四番目が消えかかっている。


「葵、前に歩いた時、こんなに消えてたか?」


 妖狐が不思議そうな表情を浮かべて私に聞いてきた。

 彼に言われて記憶をたどる。

 言われてみれば確かに、こんなに薄暗かったわけではなかった気がする。

 とはいっても蛍光灯が妙に光量不足なせいで不気味さはあったけれど……。


「いいえ、もう少し点いてた気がする。影薪はどう思う?」

「あたしもそう思うよ。もう少しこの不気味な配色が見れたもの」


 影薪は徐々にこの空間に慣れてきたのか、ちょっと楽しそうだ。

 どんな場所でもすぐに適応できる彼女が羨ましい。

 私は今でも背中が寒い。

 これは不気味さ故か、それとも本当に寒いのか。


「とりあえず一度抜けない?」


 私は迫りくる不気味さから逃れたい一心で提案した。

 影薪と妖狐も私の提案に乗ってくれ、思考するのは次のエントランスですることにした。


「本当にエントランスに戻って来るのね」


 二回目ならもしかしたら別の展開があるかもと期待したのだが、残念ながらしっかりと迷宮入りしてしまっている。

 私たちは次元ポケットの団地の廊下で絶賛迷子中。


「それでどう思うんだ?」 


 妖狐は考えるのに飽きたと言いたげに私に丸投げしてきた。

 いま戦えるのは彼だけだし、私たちは戦力の代わりに頭を捻らなければ。

 通るたびに無事な蛍光灯が減っていっているのだけはわかるけど、それが何を意味するのかが分からない。


「通るたびに廊下が暗くなっているって感じだけど、正解の道へのヒントなのかも分からないわね」

「今度は反対側通ってみる?」


 影薪が頭をひねる私に提案する。

 確かにここで別の廊下の様子を見ておくのも悪くない。


「そうね。じゃあ左側に行きましょう」


 私たちは意気揚々と左側の廊下を進んでいく。

 廊下は右側に比べて妙に明るかった。

 それ以外は全く同じ景色。

 不思議と背筋の寒さは消えていた。


「蛍光灯の数も同じ九個。だけど消えているのは六個目だけ。相変わらず四つ目は点滅しているけど」

「とりあえず一度抜けよう」


 妖狐はなにか思いついたのか急いで廊下を抜け、再びエントランスに舞い戻ってきた。


「次は右側をもう一度行くぞ」

「どうしたの? もうそっちは二回行ったじゃない」

「確かめたいことがある」


 妖狐がめずらしく先導するので、私は大人しく彼に連れられて右側の廊下へ進む。


「なんか元に戻ってない?」


 影薪が指摘する。

 私も入った瞬間気づいた。

 最初に通った時と同じくらい蛍光灯が点いている。

 何も考えずに進んでいたため、どこがどうとかは憶えてはいないが、二回目に右側を通った時よりはあきらかに明るい。


「一度他のルートに行くとリセットされる仕組みのようだな」


 エントランスに戻ってきた私たちは、妖狐の言葉に頭をひねる。

 リセットされるのは分かったが、とするとどんどん蛍光灯が消えていくのが右側の廊下の性質となる。

 あのまま真っ暗になるまで突き進むべきだろうか?


「葵、たぶん右側はダメだ。なんとなく敵の拠点で明かりが消えていくのは危険な気がする」


 妖狐は推理でもなんでもなく、感覚で私を止めに入る。


「……そうね。ちょっと冷静になりましょう」


 私は妖狐の意見を素直に聞くことにした。

 実際、少しずつ暗くなるなんてちょっと怖いし。


「じゃあ次は左側を複数回進んでみる?」


 右側を捨てた私たちに、影薪が左側の廊下を指さした。


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