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第二十七話 烏合の衆


 私の罠によって一度は瓦解した妖魔たちも、次から次へとゲートから出現するために烏合の衆となって薬師寺家の庭に到達する。

 近づいてきた妖魔たちの姿はまちまちだ。

 まるで悪魔のような姿の奴もいれば、普通の動物と大差ない姿まで様々だ。

 地上を走る者もいれば空を飛ぶ者もいる。

 全然まとまりがない。

 唯一同じ条件なのは、すべての妖魔が禍々しい呪力を放っていることぐらいだ。


「いよいよだな」


 一条の言葉通り、西側と東側は妖魔と人間の衝突が始まった。

 妖魔たちはバラバラなのは見た目だけではなく、攻撃の仕方やタイミングなど、一切合わせる気がない。

 こちら側は各々の呪法を用いて戦闘を開始した。


 呪法は各家ごとにある程度系統にまとまりがある。

 その中で近接戦に向いている者は前衛を、遠距離型の呪法が得意なものは後方と隊列を作り、バラバラに襲い来る妖魔たちを撃破していた。


「行け、臆するな!」


 一条の怒号が飛び、中央に攻めてきた妖魔たちを一条家と薬師寺家の合同部隊が撃破していく。


 異様な光景だった。

 ありとあらゆる種類の呪法が宙を飛び交い、あちらこちらで悲鳴が上がる。

 空から攻めてくる敵には、一条家の崩神が天から降り注ぎ、地上を行く敵には薬師寺家の影を使った呪法が対処する。

 今のところ恐ろしいほど上手くいっている。

 最初にあれだけ大掛かりな術で敵軍を瓦解させたのが大きい。


「このまま行けばいいが」

「まだまだ序盤よ。本当の妖刻はこれから」


 私は体を少し起こし、戦場を観察する。

 やっぱりそうだ。

 脅威となる妖魔はまだ一体も姿を見せていない。

 いまここにいるのは、ほとんど理性を感じさせない妖魔ばかり。


「こいつらは妖刻を待たずにこっち側に来ていた類ね。だから今はまだ、いつもの妖魔退治に毛が生えた程度。本番はここから。理性を持った、妖刻まで待つことができる妖魔たちが出てきてからよ」


 明らかに雰囲気が違うのだ。

 同一体を生み出す妖魔のことを、妖狐は貴族階級だと言った。

 その妖魔といま目の前に溢れている妖魔たちとでは全然違う。


「とはいえ数がヤバいな」


 一条は真剣な眼差しだ。

 彼の言う通り数がヤバい。

 私が罠で約一〇〇〇体吹き飛ばしたとは思えないほど、妖魔が攻め込んできている。

 単純な物量攻撃というのは、結局のところ有効なのだ。

 こちら側は時代背景もあり、年々戦える者が減ってきている。

 向こう側もそれが分かっているのだろう。

 だから貴族階級が来る前に、大量の妖魔をとにかく流し込んでこっちの消耗を促している。


「呪法”崩神”」


 一条が叫ぶ。

 数々の呪法の包囲網を突破する個体が出始めていた。

 今回突破してきたのは、大鷲のような妖魔が十数体。


 一条の一撃が天から降り注ぐ。

 大鷲の妖魔たちは、一体一体が人間と同じ程度の大きさ。

 それらが白銀の拳を受けて空中で散り散りとなって消えていく。

 妖魔たちの断末魔が響いた。


「まだまだゲートから出てくるぞ」

「こっち側にも被害が出始めたわね」


 周囲を確認すると、すでに怪我人が多数出ている。

 見ている限りではまだ幸い命を落とした者はいなさそうだが、それも時間の問題だろう。


「あれはなんだ?」


 一条が前方のゲートを指さす。

 そこには黒い巨大な何かが浮いていた。


「なにあれ? 信じられない大きさなんだけど」


 ゲートから出現したそれは、あまりにも巨大な構造物だった。

 それがゲートをくぐってこちら側にやって来る。

 徐々に全貌が明らかになっていくそれは、見たことのあるフォルムだった。


「あれは……船か?」

「そうね。まるで海賊船みたい」


 真っ黒な木でできた船底が視界を覆うが、辛うじてその上に帆のようなものが見えた。

 空を行く船だ。

 命を刈り取る海賊船だ。

 あの中には誰が乗っている?


「いよいよ真打登場ってわけね」


 巨大な船がゲートから出現し、降りしきる雪の進路を変えた。

 まるで漆黒の月かと錯覚するほどの大きさ。

 空間を捻じ曲げ、違和感が鎮座する。

 あまりにも常識はずれな現状に、私は言葉が出なかった。


「すごいね葵」


 唯一影薪だけが呑気にそんな感想をこぼす。

 なんとなくその一言で、私は自分が勇気づけられた気がした。


「すごいけど、あれどうするの? あの中から妖魔が無限に溢れ出てきたら流石に手に負えないんだけど」


 あれが前線基地として機能されるとまずい。

 いままであんな構造物が出現したという記録はない。

 妖魔たちもちゃんと進歩しているのだ。


 黒船の出現と共に、ゲートから妖魔たちが出現することがなくなった。

 最後に吐き出された空飛ぶ妖魔たちが黒船を中心に旋回する。

 いままで隊列など存在しなかった妖魔たちが、突然組織だって動き出した。


 漆黒の船の前後左右に展開する翼の生えた妖魔たち。

 種族が統一されていて、四本足のグリフォンのような姿に上半身だけが鎧を着込んだ人型の妖魔。

 手にはバトルアックスのような槍を持っている。


 それらの狭間から、地上に向けて妖魔たちがこぼれ続けている。

 恐ろしい光景だった。

 この世の終わりのような光景……。


「まるで百鬼夜行ね」

「同意する。そして妖刻はここからが本番だろうな」


 時計を確認するとまだ午前二時。

 丑三つ時。

 もっとも妖魔が活発になる時間帯。

 満を持してのご登場というわけだ。


「何か出てきたね」


 影薪の視線の先、巨大な黒船の船首に一体の化け物が姿を現した。


 四つ足の化け物だった。

 姿を見た瞬間、背筋が凍った。

 おぞましい呪力の質だった。

 説明されなくても分かる。

 あれが妖魔たちの親玉だ。


「なんなのあれ……あんなの見たことがない」


 影薪は船首の怪物を指さし叫ぶ。

 確かに見たことがないほど色々と混じっている。


 胴体と四肢は虎だろう。

 尻尾は蛇で頭は猿……。

 混ざりものの怪物。

 だけど私はあれが何なのかを知っている。

 影薪は勉強が嫌いだったから知らないかもしれないが、私は真面目に妖魔に関する勉学もしてきたから分かる。

 あれには名前がある。

 下手したら妖狐と同じくらい有名かもしれない怪物の名だ。


「あれは鵺?」


 私は影薪の疑問に自然と答えた。

 あれは鵺に違いない。

 書いてあった特徴と一致する。

 いま現在、妖魔たちを統べる王の代理。


「ほう、小娘。我の名を知っているのか」


 鵺の耳には私の声が聞こえていたらしい。

 信じられない聴力。

 そして鵺の声は妖刻の夜空に強く響いた。


「ここからが本番だ。さあ仕事の時間だ貴族共! 普段威張りくさっているんだ! 十年に一度の大舞台だ!」


 鵺の号令と共に、四体の妖魔が船から飛び降りて地上に着地した。

 その衝撃で木々は吹き飛び、視界が開けたおかげで四体の妖魔が視認できた。


「いざ参ろうか! 今宵我らは仇敵を打ち倒し、我らが王を取り戻す!」


 鵺の声が響き、妖魔たちが動き始めた。

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