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第二十三話 訪問者


 本日、十二月二十三日。

 妖刻前夜。

 日は沈み、街の街灯が灯される時間帯。

 薬師寺家がある霞が原は、数多の訪問者に溢れていた。

 それらはすべて妖魔に関する者たち。

 もっと言ってしまえば、四大名家に連なる者たちだ。

 明日はいよいよ決戦の日。

 その準備のために、分家からなにから妖魔と戦う術を持つ者ほぼ全てが集結していた。


「すごい人数ですね葵様」


 美月さんが疲れた表情を浮かべて呟いた。

 彼女が疲れた顔を見せるのは初めてだがそれもそのはず、集まった者たちは総勢一〇〇名以上。

 彼らが戦いの準備を行えるよう、薬師寺家に宿泊してもらうのだ。

 その準備やらなにやらを、他の家の使用人たちも手伝いで来てもらっているとはいえ捌き切らなければならない。

 おまけに前夜祭と称して食事会が行われる。

 これから命を賭して戦うためには必要な手順だ。

 よく知らない者に背中を預けられはしない。


「お疲れ様です美月さん。ちょっと休んでいても良いんですよ?」

「いえ、葵様たちが命懸けで戦うのです。自分だけ休むなんてできません」


 美月さんは額の汗を拭う。


「そこまで重く考えなくてもいいんです。美月さんは薬師寺家に生まれたわけではありません。妖刻の時はここを離れても構わないのです」


 私は彼女に逃げるという選択肢を提示する。

 ここに今日集まっている面々のような義務は彼女にはない。

 逃げ出したって構わないし、本当に休暇でも取ってどこかに避難しておいてほしいぐらいだ。


「だって私が家を離れたら、一体誰が葵様を起こすのですか?」


 美月さんは明日決戦とは思えないほど綺麗な笑顔を浮かべて答えた。

 そんな笑顔を見せられたら、私は言葉が出ない。

 あきらめでも楽観でもない、覚悟を決めた者のみが浮かべられる表情だった。


「私は葵様が小さい頃から見てきました。本当にこんな小さな背中の少女が妖刻に耐えられるのかと疑いながらお世話を続けてきたのです。それが昨年には当主の座について、本当に恐れていた妖刻が来てしまった。私が葵様の側を離れられるわけがないでしょう?」


 美月さんからしてみれば、私は一体なんなのだろう?

 彼女の言葉から私はそんな考えが浮かんだ。

 もちろん彼女の娘ではないが、他人ではない。

 私も遡れる記憶の全てに彼女がいるのは知っている。

 本当に小さい頃から一緒に暮らしてきたのだ。


「分かりました。ただ絶対に家からは出ないでくださいね?」

「そこは弁えております。では」


 美月さんはそう言い残してキッチンに戻っていった。

 今夜の宴会の準備だろう。

 妖刻前の騒がしさは、正月の一族全員が集まる時と同じような印象を受ける。

 もちろん、これから戦いなのだが……。


「わずらわしい?」


 影から出現した影薪が私の隣に並ぶ。

 私も影薪も怪我はすっかりと完治しており、明日の戦いへの不安はない。


「そんなことはないけれど、戦う前の最後の晩餐みたいで苦手よ」


 私は正直な感想を漏らす。

 もともと大人数が苦手なうえ、明日死ぬかもしれないという不安を食事と共に飲み込む独特な雰囲気は嫌いだ。

 妖刻そのものには参加していないが、十年前の時もこの宴会は経験している。

 当時は八歳ながらも嫌悪していたのを憶えている。


「それはそうと母上の言っていた通りに罠を仕掛けてみたけれど、一体どこまで通用するんだか」


 私は妖狐と地下室で話した後、妖刻の日時が決まった報告と共に徒花町にある病院まで向かったのだ。

 母上と面会し、報告ついでに十年前のことを少し聞くことができた。

 とにかく母上のメッセージはシンプルだった。


 ”薬師寺家の誇りを胸に戦い抜きなさい”


 結局最後の戦いの時でさえ、娘の心配ではなく家の誇りが前に出る人だった。

 でも母上らしいとも思った。

 私も娘の身を案じる姿勢を期待して行ったわけではない。


「こっちにはこないんだ」

「もう戦える状態じゃないからね。いてもらっても他の人が気を使っちゃう」


 もう母上には呪力を操る力はない。

 精神的に張り詰め過ぎていた影響か、もしくは呪力が影響しているのか、母上の体は謎の病魔に侵されている。

 立ち上がることはできるが、歩き回ることすら困難な状態だ。


「それもそうだね……ねえ葵、緊張してる?」

「してないわけがないでしょう?」


 私は素直に答えた。

 この私が緊張しないわけがない。

 大事な一戦の前夜、苦手な大人数。

 緊張しない理由がない。


「あまり緊張してもらっても困るけどな」


 廊下の向こうから豪快な声が聞こえてきた。

 声の主は知っている。

 最近妙に聞くことの多かった声だ。


「一条。そういう貴方はどうなの?」

「俺か? 俺はあんまり緊張していない。なるようになると思っている」


 一条勝則は相変わらずのようだった。

 まあ緊張して震えている彼など想像もつかない。


「怪我の調子は?」

「私も影薪も見ての通りよ」


 一条は私たちの状態を案じてくれた。

 十年に一度の妖刻、その戦いに手負いの状態で挑みたくはない。

 ましてや主催のような立場の薬師寺家当主が。


「良かった。なんだかんだ言って、お前たちを含めた当主四人が戦いの中心になるはずだからな」


 それは本当に一条の言う通りなのだ。

 私たち当主四人の動き次第で犠牲者の数は変動する。

 もちろん犠牲者〇人を目指すが、過去の文献を見てもそんな妖刻は存在しない。


「となると私たちも全力を出さないとですね一条君」


 私と一条が振り返ると、そこには西郷和美と娘の明美が立っていた。


「和美さん、明美も久しぶりだな」


 一条は二人に挨拶をする。

 明美は一条と目をあわせようとしない。

 一体どうしたのだろう?


「明美、失礼でしょ」

「いいじゃん、ほっといてよ」


 明美は私への態度とは明らかに違っていた。

 もしかしてちょっと一条を意識している?


「お二人も準備は万全で?」

「私たちは大丈夫です。それより葵さんこそ大丈夫ですか? ちょっと前に大怪我をしたと聞きましたが」

「大丈夫ですよ。もう治りました。戦いには影響ありません」


 私は言い切った。

 もう怪我は治っているし、影薪だって元通り。

 なにも心配はない。

 それに罠についても母上に聞いてきているのだ。

 明日の妖刻は万全の状態で挑める。


「なら良いのだけどね。貴女のお母さんから、貴女のことをよろしくと言われているから」

「自分の身は自分で守りますよ。和美さんこそお気をつけて」

「……そうね。葵さんはもう立派な当主ですものね。では」


 和美さんは明美を連れて割り当てられた部屋に入っていった。

 母上が和美さんにそんなお願いをしているとは思わなかったな……。


「いいお母さんじゃねえか」

「そうね。ちょっと母上のこと誤解してたみたい」

「これで全員か?」


 一条が庭に散らばっている者たちを見渡す。

 相当な人数がいる。

 これから運動会を始めると言われても違和感がないくらいだ。


「まだ雨音さんが来てないよ。明日の昼には来れるって言ってた」

「準備とかいいのかあの人は」

「前日にやる食事会が嫌なんじゃない? あんまり大人数好きじゃなさそうだし」

「それもそうか。じゃあ俺も部屋に戻るな。本番は明日なんだ。無理はするなよ」


 一条はそう言い残して割り当てられた部屋に入っていった。



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