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第十五話 次元ポケット


 鱗山は、薬師寺家の所有する霞が原から北の方角に車で二時間で着くらしい。

 私と一条は再び彼の車に乗り込む。

 何かあるといけないとのことで、途中でキャンプグッズを購入する。

 嬉しいことに妖魔退治に必要な分は経費で落ちるのだ。


「泊まりなの?」


 運転席には一条、助手席には私、そして影薪はいつのまにか後部座席に出現していた。


「わからないけど、一日で終わらなかった場合は泊まるしかないでしょう?」


 鱗山は意外と標高が高い。

 二〇〇〇メートルはあったはずだ。

 おまけに探索するとなると、引き返すだけでも半日使いかねない。

 タブレットで上空写真を見たが、木々が生い茂っていて、探索は大変そうだ。

 そうなれば野宿もやむなしなのだ。


「年頃の男女が山でキャンプ?」

「アンタさっきからうるさいわよ」


 影薪はニヤニヤといやらしく笑っている。

 私と一条が内心気まずくなっているのを嘲笑っているのだ。


「葵の式神って、なんでそんな性格してんだ?」


 ちょうど信号が赤になったタイミングで一条が顔を引き攣らせながら、後部座席の影薪に視線を移す。


「さあね。どっかで作り方を間違えたんじゃない?」

「失礼だね君たち!」


 影薪はツッコミながらお菓子を口いっぱいに頬張る。

 信じられないことに箱ごといっている。


「凄いな、葵の式神」


 一条は苦笑いを浮かべる。

 うん、凄い。

 私も凄いと思う。

 主である私が言うのだから間違いない。


「雨音は来ないんだね」


 影薪はいつも雨音さんを呼び捨てだ。

 どうやら彼女の中に年上という概念がないらしい。


「いつ誘っても来ないよあの人は。なんか私と距離をとってる感じがするんだよね」


 前からそう。

 会合の後とかに付き合いで食事会があっても、彼女だけはそそくさと帰ってしまう。

 しかし母上や、和美さんとは親しげに話しているのを見ているので、単に年下が苦手なだけかもしれないが……。


「接しにくいのかもな。話題もないだろうし」


 信号が青になり、一条はアクセルを踏む。

 車はゆるゆると速度を上げていく。

 徒花町ほどではないが、ここも霞が原周辺よりかは遥かに栄えているおかげで、こんな平日の真昼間でも交通量はそれなりにある。


「このまま真っすぐ?」

「そうだな。まだまだ明るいうちに着きそうだ」


 携帯を見ると、時刻は午後三時を指している。

 十二月は日が落ちるのも早い。

 暗くなってからの登山など願い下げだ。


「途中でお菓子買わない?」

「買わない!」


 おかしなことを言いだした影薪を一喝し、私たちは鱗山へ急いだ。





「信じられないくらい道がガタガタなんだけど?」

「俺だって信じたくないさ」


 車で三十分、ようやく鱗山に到着した。

 いや、到着したと言っていいのか分からない。

 まるで心霊スポットかと思えるほど、全てが荒れ果てていた。


「本当にここであっているのか?」

「ここのはずよ。マップではこの先って書いてあったし……」


 一条の車がぎりぎり一台通れる程度の道路。

 左右は木々に挟まれてはいるが、山のふもとだとは思えないほどに細くてアンバランスな木ばかりで、動物の気配一つない。

 まるで命そのものが失われたような不思議な空間だった。


「しかも今にも崩れ落ちそうなトンネルが待っていると」


 私たちの目の前には本当に、軽い地震があっただけで崩れそうなトンネルが鎮座していた。

 しかもトンネルの入り口には関係者以外立ち入り禁止の看板が立っていた。

 ここでいう関係者とは誰だろう?

 そんな疑問を浮かべながら、私は二人の顔を見る。


「俺たちはいままさに関係者だろう?」

「あたしはいつだってなんだって関係者!」


 実に二人っぽい返事が返ってきたところで、このままトンネルを通過することが確定した。

 もしも日が落ちていたら、確実に肝試しだ。


「行くぞ」


 一条は慎重にアクセルを踏む。

 私たちは関係者以外立ち入り禁止の看板を見なかったことにして、トンネルの中に侵入する。

 トンネル内は電気が通っていないのか真っ暗だった。

 頼りになるのはヘッドライトの明かりだけ。


「出口が見えないな」

「そんなに長いのかなこのトンネル」


 トンネル内は湿度が高く、真冬だというのにやや汗ばむほどの温度。

 普通なら怖がるところだが、私たちはこれでも妖魔などの超常現象専門家。

 年頃の男女が繰り広げるような会話は発生しない。


「次元ポケットかな?」

「ぽいな。道理で気配を追えなかったわけだ」


 次元ポケットとは、数多の呪力が混ざりあって発生するちょっとした異空間のような場所を指す。

 異空間とはいえ妖界とは違い、全く別の世界というわけではなく、あくまで人間界の理に準拠した空間だ。

 しかしその境界線は明確に分けられているため、気配や呪力の流れが絶たれている。


「次元ポケットは妖刻のあとに発生することはあるけど、こんな唐突に発生するなんて聞いたことがない」

「発生条件としては呪力が必要なんだけど、どこから発生したんだろう?」


 一条と私は首をひねる。

 実に考察しがいがある。

 少なくとも私が当主になってからは一度も見たことがない。


「影薪、出口は分かる?」

「出口? このまま真っすぐ進むほかないよ。この次元ポケットの大きさも分からないしね」


 彼女の言う通りだ。

 まずはこのトンネルを突破しないことには変わらない。

 トンネルを通ったら別世界でしたなんて、どっかの御伽話みたい。


「飛ばすぞ」

「お願い」


 一条は一気に車を加速させる。

 怖くはないがこんなべたつくトンネルの中に長居はしたくない。

 ドンドンと加速する車に乗っていると、やがて遠くに光明が見えた。

 この空間はきっと現実のトンネルよりもより大きく設定されているのだ。

 それかこのトンネル自体が次元ポケットへの入り口なのか、どっちにしろ答えはトンネルの先にある。

 影薪はいつのまにか私の足元にやってきており、太ももに顔を押し付けぐりぐりしている。

 これ、彼女が式神かつ女性だからいいものの、人間で男性だった場合大事件である。


「くすぐったいんだけど?」

「あたしもだよ。呪力が入り混じってぞくぞくする」


 影薪は複数の呪力が空間に作用している状態が苦手らしい。

 ようやく式神らしいところを出してきたなこの娘……。


「抜けるぞ」


 一条の声に私は警戒する。

 下手したらトンネルを出てすぐに襲われるかもしれないのだ。

 右手に呪力を込め、左手で私の太ももに顔をこすりつける影薪の頭をおさえた。


「へ?」


 トンネルを出た私はついつい気の抜けた声が出た。

 なぜならあまりに拍子抜けだったから。

 敵が待っているわけではなく、もっと穏やかな風景。

 というか風景というのかな?


「なんでジャングルみたいになってるの?」


 トンネルの先は、まるでアマゾンの密林のような場所だったのだ。

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