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第十四話 北小路 雨音


 私が用意したエキスパート。

 それは私たちと同じ四大名家の一つ、北小路家の当主である雨音さんだ。

 彼女は当主の座についてからまだ一年ほどと、私とある意味同期のようなものなのだが、年齢は私なんかよりもずっとお姉さんで今年で二十七歳。

 そして結婚まで済ましている。


「さあ入って」


 私と一条は妖魔の追跡を諦め、一旦家に戻ってきていた。

 なぜなら本日まさに、雨音さんが我が家を訪れるからだ。


「お邪魔しまーす」


 一条はやや遠慮がちに薬師寺家の玄関に入る。

 妙にちらちら観察している。


「どうしたの?」

「いや、凄いデカい屋敷だなって」

「一条家だって大きいでしょう?」


 私も一度だけ一条家にお邪魔したことがあるが、そんなに違った印象がない。

 ただ訪れたのは私が小さい頃だったため、記憶が定かではないのだが。


「そこそこだ。戦場になる薬師寺家ほど広くないさ」


 そう語る一条。

 言われてみればそうかもしれない。

 妖刻の際、戦場になるのは薬師寺家の敷地内となる。

 所有している土地だけでも数キロはある。

 このお屋敷だって、信じられない数の和室が並んでいる。


「葵様、一条様お帰りなさいませ。北小路様がお待ちです」

「美月さん、ただいま。今から向かいます」


 一足早く到着していた雨音さんが待つ執務室へ。

 いろんな部屋を覗こうとする一条を制しながら、やや急ぎ足で雨音さんの下へ急ぐ。


「お待たせしてしまって申し訳ないです」


 私は執務室のドアを開け、開口一番謝罪をした。


「いえ、勝手に早く来てしまったのは私なので」


 抑揚のない声がした。

 声の主は雨音さんその人。


「すみません、私からお呼びだてしたのに」


 私と一条は揃ってソファーに座る。

 目の前に腰を下ろした雨音さんは、いつも通り髪をピシッと髪留めで留めており、そこにスーツを着こなしているせいかまるで敏腕秘書のような印象を抱く。


「デート?」

「違います!」


 あのお堅い性格の雨音さんにあらぬ疑いをかけられ、私は必死に否定する。

 冗談じゃない。

 私には地下室の彼がいるのだから。


「そうですか……。一緒に帰ってきて一緒のソファーに座るものですからてっきり……」


 客観的に事実だけ並べられると疑われても仕方がないのかもしれないが、彼と私とでは住む世界が違うのだ。


「もういいじゃないですか。雨音さんって普段はあまりしゃべらないのに、こういう時は饒舌になりますね」


 彼女とは何度かこうして会っているが、基本的に私とは距離をおく傾向にある。

 単純に私に遠慮しているのか、そもそも他人に興味がないのか分からないが、とにかく普段は用件しか喋らない彼女。

 なので私の中の北小路雨音のプロフィール欄は一切更新されないのだ。


「他に話すこともないので……。では、さっそく用件に入りましょう」


 雨音さんは会話を唐突に打ち切り、本題に突入する。

 そうそう、いつもの彼女らしい。


「お願いします」


 一条も一応いますよと言いたげに頭を下げる。

 そういえば彼らの接点はどうなのだろう?


「二人の接点は?」

「俺と雨音さんは二回くらいかな? 一応名家同士のしかも当主どうしだしな。葵ほどじゃないがそれなりに動いている」


 一条はやや気まずそうだった。

 たぶん雨音さんのようなお堅い年上の女性など、一条がもっとも苦手とするタイプだろう。


「私からすれば二人とも年下過ぎるから、なにを話せばいいのか分からない」


 雨音さんが珍しく本音らしき言葉を吐いた。

 確かに彼女からしたら私たちは子供過ぎるのかもしれない。


「私たちに共通する話題は残念ながら妖魔しかなさそうね」


 これは本当に残念な事実だった。

 これだけ嫌々相手をしている存在が、まさか唯一の話のネタとなっているのだ。


「ではその話をしましょうか」


 雨音さんはそう言って鞄からタブレットを取り出した。

 あまり見慣れないタブレット。

 まあ、私がそもそもこういった機器に疎いだけなのだろうけれど……。


 黙ったまま雨音さんが電源を入れ、なにやら画面をタップし始めると近くのマップが現れた。

 その画面を一条と一緒に眺めていると、町はずれにある山の中心にマークがあった。


「ここは?」

「ここ霞が原から車で二時間ほどの場所にある鱗山の中」

「鱗山?」


 一条が聞いたことがないと言いたげに首をかしげる。

 鱗山はあくまで通称だ。

 正式名称は何だったろう?

 正式名称どころか、なぜ鱗山と呼ばれているのかさえ分からないのだ。


「鱗山は通称で、まるで鱗のように岩壁が層になっていることから名づけられたそうです。ここに、件の妖魔の拠点らしき反応がありました」


 雨音さんは本当に秘書のような話し方をする。

 それにしても捜査スピードが尋常じゃない。

 彼女を敵に回したら、きっとどこに隠れても即座に発見されてしまうだろう。


「どうやって見つけたんですか?」


 一条は訝しむようにたずねる。

 私も不思議でならない。

 呪力の操作や追跡にはそれなりに自信はある。

 そんな私でさえ見失ったのに、一体彼女はどうやって突き止めたのだろう。


「私の家の呪法は水を扱うものです。性質上、呪力や生命力の”流れ”を察知するのに向いているのです」


 単純に呪法の相性だと説明したが、きっとそれだけではないだろう。

 彼女の妖魔への執着はやや異常だ。

 私も一条も、大切な人を妖魔に殺されているので、妖魔に対して並々ならぬ憎悪は抱いている。

 私はお父さんを、一条は彼女を。

 しかし雨音さんの妖魔への執着はそれを上回る。


「雨音さんの妖魔への執着心はどこから来るのですか?」


 私はずっと疑問だったことをたずねる。

 彼女や彼女近辺から、北小路雨音が復讐に駆られていると聞いたことはない。

 しかし雨音さんの妖魔への執着は恐ろしいほどだ。


 以前の話だが、東京で起きた妖魔による誘拐事件が起きた際、担当したのは彼女だった。

 彼女は、その誘拐犯を追いつめた。

 しかし妖魔に子供を人質を取られてしまい、その場の全員が妖魔に手が出せなくなってしまった。

 ただ一人、雨音さんを除いては。

 雨音さんだけは、彼女だけは違った。

 彼女は何の躊躇も無しに、攻撃を仕掛けて妖魔に深い手傷を負わせた。

 結果的に人質が無事だったから良かったものの、下手したら人質になった子供は亡くなっていたかもしれなかった。

 北小路雨音にとって、人質の救出よりも妖魔を殺すことの方が優先順位が高かったのだ。


 しかもそれだけでは終わらなかった。

 彼女はもう瀕死で動けない妖魔にとどめを刺したばかりか、再生するかもしれないからと、何度も何度もすでに死体となった妖魔に攻撃を加えていた。


 その攻撃性と執着は一体どこから?


「お二人の妖魔へのそれは復讐心でしょう。私もその気持ちはあります。十年前の妖刻に私も参加していましたから、少なくない仲間を失いました。しかし私のこの執着は復讐心ではないのです」


 本当に珍しいことに、雨音さんは自身を語る。


「私は三年前に一般人と結婚しました。一切妖魔とは関係のない人です。本当に本当に、心から彼を愛しているのです。だから……」


 雨音さんは一度言葉を切り、狂気じみたゾッとするような笑みをこちらに向ける。


「ほんの少しでも彼に危害が加わる可能性を消し去るためにも、妖魔はこの世界から根絶させなくてはなりませんので」


 私は身震いした。

 今まで見たことがないほど、雨音さんは氷のような冷たく恐ろしい目をしていたのだ。


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