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第十一話 全ての同一体


「私ってなんなのかな?」

「またなんなんだ連日」


 明美たちが帰った日の夜、私はいつも通り妖狐の囚われている地下牢に向かった。

 彼だけは常に同じ態度で私に接し続けてくれる。

 私がどれだけ変化しようと、彼だけはきっと私を受け入れてくれる。

 その安心感が、どれだけ私を安定させてくれているか……。


「自分の役割と、他の名家の人たちの考え方、想い。どれも違っているんだよね。それでいてやらなくちゃいけないことは決まっている」

「要約すると疲れたと?」

「……そうなのかな? うん。そうかも」


 妖狐に言われて初めて気がついた。

 そうか、私はきっと疲れているんだ。

 妖刻が迫っているという緊迫感と、いまだに解決しない同一体の妖魔による連続事件。

 もしかしたら昼間に、和美さんから十年前の妖刻の生々しい体験談を聞いたせいかもしれない。

 恐ろしいという認識はもちろんのこと、そのあとに明美と言いあったりして、ちょっと感情がナーバスになっているのかも。


「私、ちょっと貴方に頼りすぎかな?」

「どうだかな? 確かに歴代の当主の中で圧倒的に話してはいる気がするが」


 妖狐調べでは私の出現頻度が圧倒的らしい。

 そうだろうなと自分でも思う。

 こんなに頻繁に妖魔の王と話す当主などいやしない。

 妖狐だって困るだろう。

 自分をこの場所に捕えた子孫が毎晩愚痴をこぼしに来るのだ。

 私が妖狐の立場だったら、怒ってしまうかもしれない。


「貴方は私を鬱陶しいとは思わないの?」

「……思わない。俺も、お前と話すのは嫌いじゃない」


 一瞬、妖狐の頬が赤くなっている気がしたが、もう一度端整な彼の表情を窺う限りどうやら私の勘違い。

 妙な沈黙が私たちのあいだに流れる。

 これでは昨日と同じだ。

 私がここにきている大義名分を今日こそは果たさなければ、また影薪にからかわれてしまう。


「ねえ、昨日の話の続きをしてもいい?」


 私は沈黙を破り最近の頭痛の種を開示する。

 同一体の妖魔の存在はあるのか?


「同一体の妖魔の話か? いるぞ、そういう存在も妖界にはな」


 妖狐はさらっと認めた。

 え、いるの? そんな奴。


「いっぱいいるの?」

「いや、流石にそんな奇特な能力を持っている妖魔は、俺の知る限り一人だけだな。妖界には貴族制度のようなものがあって、奴はわりと上位の妖魔だと思うぞ?」


 初めて知る情報が多すぎた。

 そもそも妖界と呼ばれている、妖魔たちの住まう世界に貴族制度のようなものがあると思わなかった。


「あれで上位なんだ」


 私は二度この手にかけた感触を思い出す。

 同一体を作れるのは変わっているが、強いかと問われれば私は首を横に振るだろう。


「考えてもみろ、アイツは妖刻ではないときにこちらに来ているんだ。呪力の大半を失った状態でこちらに来ているのに、同一体という固有の能力を発揮しているだけでじゅうぶん上位の妖魔さ」


 確かにそうだ。

 アイツが本当に妖刻を無視してこちらに来ているのなら、あれだけ動けるのは強力な妖魔である証だ。

 おまけに同一体を作り出す能力まである。

 そう考えると、かなり厄介な相手な気がしてきた。

 だがそこまで考えた末に思うのが、奴の目的だ。


「なんのためにこっちに来たんだろう? わざわざ力を失って殺されるリスクが上がるのに人間界に来る意味が分からない」


 動機が分からない。

 もうじき妖刻。

 別にリスクを負わなくてもこっちに来れたはずだ。

 一体なんの目的が?


「目的は俺にも分からない。相当に賢い妖魔だと昔父上に聞いたことがある」

「妖狐のお父様か……。どんな人だったの?」


 私は初めて身内の話をしてくれた妖狐の話に食いついた。

 一年以上こうして話をしてきて、彼が自分のことを自ら話してくれるのは初めてだった。


「どんな人……。俺と同じ妖狐さ。人間界を手に入れようと躍起になっていたのだけは憶えている。そんな父上が妖魔の王だったから、他の妖魔たちはいまだに息子である俺を妖魔の王として取り返そうとしているのだろう。律儀な連中だ」

「お父様はもう生きていないの?」

「俺がここに閉じ込められる少し前に死んだ。だから余計に他の妖魔たち、特に父上と近しかった貴族たちは俺を取り戻そうと躍起になっている」


 妖狐は遠い目をしながら語った。

 彼の脳裏には朧気になった妖界の様子が浮かんでいるのだろうか?

 やっぱり故郷は恋しいと思うのだろうか?

 それをたずねようと思ったが、言いかけてやめた。

 私の立場でその質問は許されない。


「そっか……いつも情報をありがとう。同一体を生み出す妖魔が存在するということを念頭に置いて捜査するよ」

「いつも情報をありがとうって、いつも葵の愚痴を聞いているだけな気がするが」

「う、うるさい! もう寝るから! お休み」

「ああ、また明日」


 私はドキドキする心臓を抱えながら階段を登る。

 いま彼は初めて”また明日”と言った。

 明日も来て良いんだ……。

 心に灯った幸福感に包まれながら、私は自室に戻り眠りについた。



 翌朝、携帯の振動で目が覚める。

 時計を見ると時刻は朝八時。

 妙に早い時間だ。

 携帯を開くと一通のメールが届いていた。

 送り主の名前は一条勝則と書かれていた。


「なんで!?」


 私は一気に目が覚めて飛び起きた。

 一応当主同士というのもあって、連絡先は交換してある。

 しかし年頃の男女ということもあって、今まで一度も連絡を取り合ったことはなかった。

 そんな彼から朝早くからメールが届いている。

 ただ事ではない。

 私は恐る恐るメールを開く。


「私に会いたい?」


 内容を要約するとそんな感じになってしまうのだが、もちろん男女のあれこれではない。

 具体的にいえば、このあいだの妖魔について思い出したことがあるから会って話したいということだった。


「なになにラブメール?」


 影薪はいつのまにか私の布団に潜り込んでいたらしく、スポッと頭を出して私の携帯画面をのぞき込んでいた。

 それにしてもラブメールなんて言葉、いったいどこで覚えたのだろう?


「アンタ、勝手に人の携帯見ないでよ。それにそんな下品な名前のメールは来てない!」


 私は影薪を遠ざけようと空いてる手で押し退けるが、影薪のメールへの興味はそれを上回る。


「いいじゃん! 見せて!」

「なんでそんなにご執心なのよ!」

「だってあのぼっちの葵にメールだよ? 気にならないわけないよね?」


 確かに私のメールの受信箱は、迷惑メールを除けばこれが初めてのメールだが、あらためて誰かに指摘されると腹ただしい。


「違うって! これは一条からで、この前の妖魔の件で会って話したいって内容だから!」

「つまり! デート!?」

「だから違うってば!」


 私は興奮状態の影薪を押し退け、立ち上がる。

 急いで一条にメールを返す。

 あの妖魔に関することなら早く話すべきだろう。

 私はそそくさと外着に着替える。


「行くよ影薪」

「あいあいさ~」


 私は朝食も食べずに家を飛び出した。



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