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第七話 一条勝則


 私たちが警察署に到着する頃には昼を越えていた。

 短針は一時を示し、ちょうど世間様のお昼休憩が終わった頃だろうか?

 徒花町の警察署は他の街のそれとは違い、けっこう本気で凄い建物だ。

 当主になってからは何度も通っているため、もう見慣れてしまったが、普通に考えればここまで巨大な警察署は見たことがない。


「相変わらず大きいね」

「ここらのビルの中でもっとも高いからね」


 エントランス前に立ち止まり最上階を見上げると首が痛くなる。

 こうしてみると上に向かうような感じに思えるが、私たちが行くのは地下なのだ。


「地下が妖魔関係、上のフロアが人間関係。綺麗にわかれてるよねここ」


 フロア割りをした人の気持ちもよくわかる。

 見たくないものには蓋をしておきたいのだ。


「だから私たちは綺麗に地下に潜るよ」

「あいあいさ〜」


 私はいつもの調子でエントランスを通過する。

 案内係も顔パスで行けるほどだ。

 それだけここ最近の妖魔事件は多いのだ。

 ちなみに妖魔事件の全部が全部殺人というわけでもない。

 妖魔を見かけたなんてものまで事件扱いなので、そのたびに意見を求められる私の身にもなってほしい。


 私たちはエレベーターに乗り、地下三階に降りていく。

 エレベーターを降りてからは一本道で、やや薄暗い廊下を進んでいけば突き当りに無愛想なドアが待っている。


「薬師寺です。開けますよ」


 私は返事も待たずにドアノブをひねる。

 開かれたドアの先には見慣れた光景が広がっていた。

 当然ながら窓はなく、メンタルを保つために前任者が壁に掛けた絵画が、壁一面にデカデカと自己主張をしている。

 複数人が出社することがないためか、事務机と椅子は一セットしか置いていない。

 その代わり、来賓用に革張りのソファーが二つ、焦げ茶色のローテーブルを挟んで鎮座していた。


「あれ、葵か?」


 よく見慣れた景色の中によく見慣れた人物が立っていた。


「一条……貴方まで呼ばれたのですか?」

「それはこっちのセリフだ」


 一条勝則。

 私と同じ四大名家の一つ、一条家の現当主。

 年齢は私より少し上の二十一歳。

 私が若すぎるため不思議に思われにくいが、彼も当主を務めるには本来ならまだまだ若すぎる年齢だ。

 しかも私と違って彼は今現在も国立大学に在学中。

 文武両道どころか妖魔退治まで行える超人で、それでいて周囲には常に人が溢れている話題の中心になれる人物だ。

 私とは対極の存在と言って差し支えない。


「貴方は警察署に来る格好というものを少しは弁えないのですか?」

「なんでだ? 別にいいだろ? 俺は前からこうだ」


 一条の格好はあまりにラフな格好だった。

 ダメージジーンズに黒いインナー、その上から迷彩柄のフライトジャケットを羽織っている。当然のように足元はバスケットシューズ。

 絵に描いたような陽キャがそこに存在した。


「そういう葵は……。いや、なんでもない」

「ハッキリ言ってください!」

「いや、地味だなって」

「場所を弁えただけです」


 私は一条に指摘されて自分の格好を確認する。

 別に変ではないはずだ。

 灰色のワンピースに紺色のコート、足元はシックな黒いローファー。

 うん、大丈夫。


「そっか、そうだな」

「歯切れが悪いですよ?」

「いいだろそれは、それより事件だ」


 一条は話を切り上げ事件に話題を移す。


「そうでした。すみません平野さん。お話をお願いします」


 私は置いてけぼりを食らっていた平野さんに話をふる。

 彼こそが私と一条をここに招集した張本人なのだ。


「いえいえ、お二人が仲良さそうなのでなによりです」

「別に仲良くないです」


 私はしっかり否定しておいた。

 同類に思われたくないのだ。

 別に一条勝則のことを嫌っているわけではない。

 当主としては先輩にあたるし、歳も上。

 一応私に対しても構ってくれる兄のような存在。

 しかし、どうも生き方というか、世渡りの仕方などが私とは正反対で鼻につく。


「きっぱり言うな~」

「いいから! 平野さん、続きを」

「わ、分かりました。今回、お二人を招集した理由は妖魔殺人事件がまた発生したからです」


 平野さんの言葉に私は目を丸くする。

 だってそれはつい先日解決したばかりじゃないか。

 妖魔による殺人事件がそんなに頻繁に起こることなどありえない。

 これはあきらかに異常だ。

 妖狐は妖刻が近づいていると言っていたが、いくらそうであっても多すぎる。


「またですか?」

「そうなのです。しかも恐ろしい話がもう一つ」

「なんでしょう?」


 恐ろしい話?

 これ以上に恐ろしい話などあるのだろうか?


「実は被害者の状態なのですが、腹部が食い破られていて全身の皮膚が紫色に変色しているのです」


 ああ、確かに恐ろしい話だ。

 徹底的に恐ろしい話。

 手口がこの前殺したはずの妖魔とまったく一緒だ。


「自分はあまり分からないのですが、妖魔による犯行手口がここまで類似することってあるのですか?」


 平野さんからすれば気味が悪いのだろう。

 なにせ解決したはずの事件だ。

 その事件と同じ手口で、今まさに被害者が発生してしまっている。


「いや、ないな」


 私が答えようとしたタイミングで、一条が一歩早く回答した。

 綺麗に言い切ったのには理由がある。


 実はこの一条勝則は、二年前に大ニュースになった妖魔連続殺人事件を解決しており、その際に国から表彰されたりもしている。

 なので一部界隈では私以上に有名人なのが一条勝則という男なのだ。


「では、これは……」

「ああ、同一の妖魔による殺人事件ということになるな」


 平野さんは頭を抱える。

 気持ちはわかる。

 私だって同じ気持ちだ。

 だってつい先日、その妖魔を殺したのは他ならぬ私なのだ。


「ちょっと待ってよ! 私はそいつを先日殺したばかりよ! なんで同一犯なんてことが起きるのよ」

「本当にちゃんと殺したのか?」


 一条は怪訝な表情で聞き返してきた。


「それはあたしが保証するよ」


 突然影薪が姿を現し、私と一条のあいだに立ち塞がった。

 目撃者は葵だけではないと言いたげだった。


「式神がそういうのなら勘違いでもないだろう。しかしありえるのかそんなこと」


 一条も首をひねる。

 気持ちとしてはありえないが勝つのだが、現実はそうはいかない。

 残念ながら事件は再び起きてしまい、その被害者の状態は先日の事件とまったく同じ。

 しかも人間と違い、個体の違いが顕著である妖魔が同じ殺し方をするとは考えにくい。


「……こうなったらとことん調べるしかないわね。時間もあまりないし、早いとこ片づけましょう」

「時間があまりない? どういうことだ?」

「はぁ……貴方一応当主でしょう? 妖刻が近いの!」

「そうか、もうそんな頃か。確かに時間がないな。妖刻の前に厄介な案件は片づけておきたい」


 私は呆れつつも、内心協力者ができて心強かった。

 いままで殺したはずの妖魔が生きているパターンは体験したことがなかった。

 これを妖刻の準備がある中、たった一人で解決しなければならない事態を避けられたのはラッキーだった。


「平野さん、現場に案内していただけますか?」

「分かりました。参りましょう」


 とにかく現場を見ないことには話にならない。

 相手は不死の妖魔なのだろうか?

 そうなると先日の妖魔の死体はなんだったのか?

 フェイクか、それとも……。


 頭の中でグルグル思考を巡らす私を残し、平野さんと一条は部屋の出口に向かって歩き出していた。

 私は思考を一度リセットして、二人に続いて部屋を出た。


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