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第二話 禁忌の王

 翌日、昨日の晩に起きた妖魔による殺人事件はあっという間にニュースとなって世間に知れ渡った。

 人間が起こした殺人事件とは違い、もっと人々の関心を引く事件として扱われた。

 各TV局で特番が組まれ、妖魔という存在について議論が盛んに行われていた。


「毎回騒ぐだけ騒いで、飽きたらもう触れもしないんだよね」


 私のとなりで一緒にテレビを見ていた影薪が吐き捨てるように言った。

 いま私たちがいるのは薬師寺家の一階にある和室だ。

 薬師寺家は妖魔退治の名家として界隈では有名で、立派な二階建ての武家屋敷に居を構えている。前に一度だけ、妖魔による事件が頻発したときにテレビのカメラがやってきたことはあったらしい。

 しかしその程度の存在だ。

 私たちがどれだけ命がけで妖魔と戦っていようと、一般的な日本人は知らないのだ。

 今回だって、あと一週間もすれば妖魔のことなど誰も気にしなくなる。


 いつもそうだ。


 人間は身近なものにしか継続した関心を払わない。

 その日常の裏でどんな犠牲が払われているかなど、露ほども気にしない。


「うん。でもそれが正しいんだよきっと……」

「葵様、和菓子にございます」


 昨晩遅くまで起きて、私を待ってくれていた使用人の美月さんが一切の眠気を感じさせずに大福を持ってきてくれた。

 朝九時に和菓子を食べるのは変だとよく周りに言われるが、好きなものは仕方がない。


「もーらい!」

「あ、こら!」


 影薪が油断した私の手元から大福を奪って和室から逃亡する。

 私はため息をついて、指をぱちんと鳴らす。

 すると逃走したはずの影薪が、もともと座っていた座布団の上に座っていた。


「返しなさい」


 私はポカンとした様子の影薪の手元から大福を回収し、包みを開け始める。


「アンタは私の式神なんだから、逃げられるわけないでしょ」

「ずるいぞ」

「そもそも盗むほうが悪い!」

「まあまあお二人共、まだ大福はありますから」


 私たちの大福を賭けた争いを見かねた美月さんが口を挟む。


「……じゃあいっか」


 影薪は妙な納得を見せ、座布団の上にうつ伏せに寝っ転がる。


「お行儀が悪い」

「いいじゃん、式神なんだから」


 さっきの意趣返しだろうか?

 影薪は上機嫌でリモコンのチャンネルを回す。

 今日は月曜日。

 本来なら学校に行く時間なのだが、あいにくと私は高校には行っていない。

 中学卒業を機に、家業に専念するため高校に行くという選択肢は潰えた。

 なんとしても行きたかったわけではなかった。

 ただ薬師寺家に生まれた以上、普通の高校生活はないだろうなと諦めていた。


「最近、妖魔の事件増えてるよね」

「なんでだろうねー」


 影薪は私の疑問に棒読みで答えた。

 名門薬師寺家の式神として生まれたくせに、この子は本当にやる気がない。


「先代にでも聞いてみたら?」


 影薪は投げやりに提案する。

 まあでも悪くないのかもしれない。

 私の母上こそが薬師寺家の先代にあたる。

 あまり体調が良くないらしく、私の力が母上の基準に満たった昨年から当主の座を私に押し付けて隠居生活中だ。

 今はこの薬師寺家で一緒に暮らしていない。

 母上が言うには、呪力に触れ続けたせいで体調が崩れたらしく、いまは徒花町の大学病院に入院中だ。


「昨日お見舞いに行ったときに聞いとけばよかったな……」

「どうせ聞いたって、今の当主は葵なんだから自分で調べなさいとか言ってくるに決まってるよ」


 影薪は自分から提案しといて散々な言い様だった。

 彼女は母上をそれなりに疎ましく思っている。しかしだからといって私は彼女に目くじらをたてるなんてことはない。

 私だって母上は苦手だ。厳格すぎた母上の教育方針のおかげでいまの力があるといえばそうなのだが、一人の娘として見てもらえてなかったと思う。


「まあ薬師寺家の当主としてっていう枕詞は必ずつく人だからね」


 私はそう言って立ち上がる。

 母上にたずねるというのは諦め、どうせ言われるであろう自分で探せという言葉に向き合うことにした。


「そうは言っても、相談先は必要よね」


 私は和室を出て障子で隔てられた部屋たちを横目に、廊下を進む。

 左側には和室が延々と続く。

 ここ薬師寺家は、妖魔との十年に一度の決戦の舞台としても使われる。

 そのため、大人数が寝泊まりできるほどの部屋数を誇っている。

 右側には広大な庭が広がり、刺すような冷気が素足を震えさす。


 長い長い廊下の先に、古ぼけた扉がある。

 木目の荒いドアには文字が掠れて読めなくなったお札が貼られていた。

 ここは禁忌の間。

 代々薬師寺家当主しか入ることが許されない場所。


「だけど私は十年前に一度、ここに入っちゃっているんだけどね。当主でもなんでもなかった頃に」


 私は静かにドアを開ける。

 中からカビ臭いにおいが飛び出てきた。

 石造りの階段が螺旋状に下に続いており、私はスタスタと階段を下りていく。

 壁には松明が永遠に燃え続けており、このスタイルは何年も変わっていない。

 母上が当主になった時にはすでにこの松明は燃え続けていたらしい。


「呪力で燃え続ける松明……この場所にふさわしいよね」


 私の独り言は妙に響いた。

 私の足音も心臓の高鳴りも、全てがこの地下牢に続く階段に吸収されていくようだった。


「今日はずいぶんと早いじゃないか」


 階段を下り終えた私にかけられた声は、若い男性の声だった。

 ほぼ毎日聞いている声に、私は顔がほころんだのを感じた。


「今日は聞きたいことがあってきたの」

「聞きたい事?」


 私の視線の先、この地下牢の主。

 薬師寺家の使用人たちが影で”禁忌の王”と呼んでいる存在、妖魔の王である妖狐がやや驚いた様子で聞き返してきた。


「なに? 私が貴方に何か聞いたらダメなわけ?」

「……そうではないが、やや意外なだけだ。いつもは愚痴ばかりだから」


 妖狐は何もない地下牢の中央に座っていた。いや、座らされていた。

 冷たい石でできた地下牢。

 外の空気は一切入らないカビ臭い一室。

 その中央に呪力が込められた灰色の玉座が置かれ、妖狐はそこに座っていた。

 両手両足は呪われた鎖で拘束され、一切の自由が奪われた状態だった。


「そうだけどさ……私もたまには当主らしい顔を見せないと、貴方に疑われてしまうでしょ?」

「そうか、まあ無理はするなよ」


 妖狐は妖魔の王。

 なぜ彼がこの薬師寺家の地下に幽閉されているのかには理由がある。


 約三〇〇年前。まだ妖狐が幼い頃、彼は妖魔たちの世界である妖界から抜け出し、人間界に迷い込んでしまった。

 そんな時、偶然か必然か当時の薬師寺家の当主が通りかかった。

 当時の当主は妖魔の王と直接対峙したことがあり、その時の妖魔の王が九尾の化け狐であったことから、すぐに妖狐が妖魔の王の子どもであることに気がついた。

 さらにいえば、妖魔の中で狐の姿をした妖魔は“王”を除いて存在しない。これは四大名家では当たり前の言説だった。

 そして当主はその王の息子を利用するため、まだ幼かった妖狐を地下牢に封印してしまった。


 これは私も母上から伝え聞いていたし、当主になってから本人に聞いてみたことがあるが、話が一致することからこの三〇〇年前の事件は本当らしい。

 以前、妖狐がこの話をしてくれた時、どこか懐かしそうな遠い目をしていたのを今でも憶えている。


「無理はしないわ。だから教えてくれない? なんで最近、妖魔による事件が多いのか」


 妖狐は私の言葉を聞いて小さく笑みを浮かべた気がした。


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