目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第7話 NEW game

「降参します!!!!!!!!」


下から聞こえた大きな声に、ピタッと時が止まる。

けん玉の玉は、彼の顔面ギリギリの所で止まっていた。


「もう、降参します。」


やっと言葉が聞こえたのか。

凜と呼ばれていた男はゆっくりと彼の方を向く。


「お、おい、マサ、お前、何言って」

「ぉ願いしますお願いしますお願いします。

僕の宝物は壊します。煮るなり焼くなり好きにしてくれて構いません。

でもどうか、凜の宝物は壊さないでくれませんか?」


その熱心な懇願とは裏腹に、

俺の額には冷や汗がこぼれていた。

何故なら、プポちゃんが腕を振り上げた瞬間、何故だか嫌な予感がして俺は頭から飛び降り、けん玉を振り回している腕に着地し止めようとしていたのだ。

その時のちょっとした振動で、彼らの顔面ギリギリ、当たらずには済んだ。


この行為がなかったらと思うと、彼らの頭は今頃吹っ飛ばされていたのかもしれない。

降参の声が間に合ったと考えている2人に対し、その事実を知っている自分。

俺1人だけが、どうしようにもなく腹の底から震えが止まらなくなった。


プポちゃんの腕に冷え切った手で触っていると、また天の声が聞こえてきた。


『先ほど仰っていた大井雅也さんの提案ですが、却下します。2人同時じゃないと認められません。』

「っ!じゃ、じゃあ、このリボンと、僕の命じゃだめですか!?

そうしたら凜の宝物は」

「おい!!!何勝手なこと言ってんだよ!!」

「凜の宝物は、二度と手に入らないもので、ずっと大事にしてきたものなんです!

だからどうか、凜のは壊さないでください!お願いします。」


これでも駄目なら…と、今度は額を地面にこすりつけ土下座をしだす。

もう一人はそれを必死に止めているが、彼の土下座は涙と一緒に止まる方法を知らなかった。


この状況に追いやってしまったのが自分たちなのだと、罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。

しかし、あまりにも無常。聞こえてきた声は、まるで血が通っていないかのように冷徹だった。


『大井雅也さん。二度と手に入らず、ずっと大事にしてきたのは、ここにいる全員が同じ条件です。それを、宝物と呼ぶのですから。』

「で、でも」

「もういいよ、マサ。ありがとな。」

「凜…?」

「俺も、降参します。」

「えっ。」


彼は手に持っていたペンライトをもう一度強くギュッと握りながら、この四角い空を思いっきり仰いだ。

そして、ペンライトをカランっと床に落とし、額で血まみれになってしまった相棒へと手を伸ばす。


『愛堂凜、大井雅也ペア、リタイアということでよろしいですか?』

「はい。」


その笑顔は、何一つ後悔はない様に見えた。


「ね、ねえ何言ってるの凜…。それ、今はもう売ってないプレミアムのものなんでしょ?

ずっと自慢していたじゃないか。それにそのサイン、凜がずっと推していた人のやつだよね?

でも、その人はもう卒業したから、二度と手に入らないものだって、それなのに」

「良いんだよ、マサ。確かにこれは壊れたらもう二度と手に入らねーよ。

でもさ、お前まで失いたくはないからさ。

このペンライトがあってもさ、お前がいなかったら意味がないんだよ。」

「凜、ごめん、僕、あぁあ…ごめん、ごめんね…。」

「泣くなよ、マサ。本当にありがとな。」


そんな感動のシーンなのに、俺だけは1人違うものが伝っていた。

何であの時、ナツは止めに入らなかった?

あそこの角度から見えてなかったのか?

それとも、単純に本当にこいつらのことを…


そう考えた瞬間、シュンっという音を立ててその世界から解放される。



「おかえり~。」


その声に導かれるように、棺の蓋を開けて現実世界へ帰ってくる。

時間にして、たった数時間の出来事だったのだろう。

しかし、何日、いや、何か月にも経過しているように思えて、今鏡を見たら目の下に隈やしわが出来ているのではないかとすら思う。

そして、声の張本人は相も変わらずへらへらと笑いながらこちらに手を振っているのだから、腹正しい。


同じく起き上がったナツが笑いかけている。


「とりあえずは一勝だね。」

「う、うん。」


何だか、妙な居心地の悪さを感じ、思わず目を背けてしまった。

すると、先程戦っていた2人が、宝物を近くに立っていた黒服に回収されている。


あの宝物が、二度と彼らの手に戻ることはないのだろう。

そして俺は今日、何を失ったのだろうか。


「良かったね。今回は死人が出なくて~。いやぁ運営側としても、やっぱり死人が出ると面…悲しいからさ~。」


今、面倒って言いかけたよな。

そうは分かっていても、突っ込むだけの元気が今の自分には残っていない。


「まだまだ試合は残ってるから、これからも頑張っていこうね。」


彼の言葉は、いつだって俺が一番自分の立場を自覚しなければならない時に投げかけてくるのだ。

そう。

俺たちの地獄は、まだ始まったばかりに過ぎないのだから。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?