空の彼方へ声が消えていく。
手をゆっくりと解いていき、ポケットに閉まっていた宝物を取り出した。
俺の選んだ宝物は、『修学旅行の時に買った龍が描かれた剣のキーホルダー』だった。
誰もが一度はSAやお土産屋で見たことがあることだろう。
これが俺の宝物だ。
とはいっても、武器の使い方なんて全く分からない。
昨日寝る前にイメージしていたものでは、これが等身大になってばっさばっさと相手を切っていくイメージだった。
ここで大事なのはイメージと思い出の力。
取りあえずは必死に脳内でイメージしながら、何度かキーホルダーをそれっぽく振り下ろしてみる。
しかし、ブン…ブン…と空しくかすれた音がするだけで全く反応がない。
ヤバい。もしも相手がこちらよりも先に使い方を把握してしまったら、こうして情けなく右往左往している間にやられてしまう。
そんな終わり方はあんまりだ。
今見た感じでは、相手もまだ使い方が分からずに、ペンライトを何度かチカチカさせたり、リボンを手に振り回したりしている。
これをモニターで見ている人たちは「何遊んでんだあいつら」と思っていることだろうが、驚くことにこれがお互い大真面目なのだ。
早く一歩でも先に使えるようにならなければ、とんでもない泥仕合になる。
とはいえ、焦れば焦るほどうまくいかず、隣のナツを懇願するように見つめた。
すると、彼はにこっと笑い、俺の手に握られたそれを優しく見つめる。
「そっか。翔和はその剣のキーホルダーが宝物なんだね。すごくいいと思うよ。
あっ、自己紹介が遅れたね。この子が俺の宝物のプポちゃん。」
「プポちゃん?」
「そう。小さいときから、ずっと一緒だったんだ。」
ナツは手に持っていたプポちゃんを愛おしそうにぎゅっと抱きしめる。
そして、
「お願い。」
という言葉が聞こえてくるのと同時に、ギシギシ…とぬいぐるみから出ているとは想定し難い耳に残るような音が聞こえてきた。
何事だ!?と思ったのも束の間。
プポちゃんはナツの手を離れみるみると大きくなっていき、大型ビルと同じくらいの大きさへと姿を変えていった。
こんなやり方もあるのかと、相手チームと一緒に暫く口を開けたまま見上げる。
本来の可愛さは健在なものの、異常なまでの大きさがプラスされたことにより
何とも言えない不気味さを醸し出している。
足跡1つで小さな店はいくつも壊されるだろうし、踏まれたりしたらとんでもない。
かわいいぬいぐるみが、一瞬にして化け物になる。
俺たちからみたらもう、この生き物をぬいぐるみと呼んで良いのかは分からなかった。
「ねえプポちゃん、俺らと一緒に頑張ってくれる?」
ナツは大きくなっても何も変わらない慈愛に満ちた眼差しを向けると、
プポちゃんはゆっくりとこちらを向き、表情一つ変えずそのまま首を縦に振るのだった。
この状況をやっと理解出来た相手チームは、先を越されたショックと焦りで、明らかに動揺している。
いや、何なら同じチームなのに彼らに負けない位俺も動揺している。
「ぼ、僕、未だにどうやってこれ使うのか分からないよ!凜、これ攻撃されたらまずいんじゃ」
「んなことは分かってるよ!くそっ、せめて練習する時間くれたら良いのに!
って文句言っても始まらねーか。イメージするんだ。思い出の強さが力にかわるなら、
俺らだって負けたりしない。」
「う、うん。」
1人は神様に祈りを捧げるように、ペンライトを十字架に見立て目を瞑り何やらぶつぶつと言っている。
そのペンライトを買ったアイドルグループとの思い出でも振り返っているのだろうか。
次から次へと途切れることなく呪文のようにつらつらと言葉を並べている。
そしてもう1人は、ただリボンを握りしめてそんな彼をジッと見つめていた。
「なぁ、ナツ。俺もやり方わかんねーんだけど。」
「イメージすることだよ。その形から、何が出来るか。」
「っつってもなぁ。」
片手間に収まる宝物をジッと見つめ、そのちっぽけさに小さなため息をつく。
その間にも、プポちゃんがドシンっ!ドシンっ!!と音を立てながら敵チームの方へと歩みを進める。どうやら2人まとめて踏みつぶす作戦らしい。
確かに、ちょっと走ったくらいではすぐには避け切れないだろう。
可愛い顔をしてやることは残酷だ。
違う。そんな残酷な世界に身を落としたのは間違いなく自分。
むしろ、プポちゃんがやっていることがこの世界では正しいのだ。
相手は未だに上手くいかない様で、汗をかきながら必死に宝物にすがっている。
その姿を見ていると、どうしようにもなく罪悪感が沸き上がり、俺は宝物ではなくナツにすがるような声をかけた。
「なぁ、ナツ。まさか本当にこのまま殺したりしないよな?」
いつもは優しくて穏やかなナツが、邪魔するなよとでも言いたげに悪の権化のような顔を向けた。
今まで見たことのない光のないその表情に、時が止まる。
そしてすぐに笑顔を見せて、「勿論、このままは殺さないから安心して。」と答えた。
何を考えているのかまるで分からない。
プポちゃんは彼らのすぐ目の前に足を止め、次に足を下したら、完全に彼らは踏み潰されてぺちゃんこになる。
「そこの2人とも。宝物を壊すなら、今の内だよ。」
それは情けなのだろうか。憐みなのだろうか。俺への同情なのだろうか。
その角度からはもう何も見えなかった。
自分が知らない誰かをみているようで、ふと足元へと視線を向けた。
その刹那。
突然世界が真っ白になった。
その眩しさに思わず両手で目を覆う。
「うわっ、何だ!?」
光で目の前が見えなくなる瞬間、最後に見えたのは舌打ちを必死に堪えているナツの顔だった。
やっと段々と光が収まり、相手の方を見つめる。
相手も何が起きているか全く理解できていない様子だった。
「さっきの何だったんだ?」
「サイリウムが急に光って、その瞬間真っ白になって。」
「もしかして、これがこの宝物の力?」
暫くサイリウムを握って茫然としている。
「プポちゃん、目に悪いから、光ったと思ったらすぐに目を閉じて!
適当に腕を振り回すだけでも良いから!」
ゆっくりとまた首を縦に振る。
凜の方はどうやらコツをつかんだのかも知れないが、
雅也の方はまだどこか逃げ腰の様だった。
今のうちに、俺の方が先にコツを掴まないと。
プポちゃんが彼らに対して拳を振り上げた瞬間、また世界一帯が閃光が走った。
後ろの建物が銃撃にあったかのように破壊された。
何が起きたか一瞬分からなかったが、前方を見るとサイリウムがこちらを向いていた。
おそらく、ビームのようなものを放ったのだろう。
シオンと話していたことがこんなにも早く伏線回収するとは。
また何度もやられたら流石にやばい。
プポちゃんが傷付くのはナツだって嫌だろう。
その時、自分に焦点を合わせられたのがわかった。
「あれ、やばいかも。」
その時、走馬灯のように頭の中がタイムスリップした。
これを買ったのは、小学校6年の修学旅行の時。
俺は、幼馴染の女の子と同じ班で行動していた。
折角だし何か揃いのものを買おう言われたので、
思春期真っ只中だった俺はあえて女ウケがあまりしないようなこの龍のキーホルダーを提案したのだ。
彼女のことは嫌いじゃ無いが、同じキーホルダーなんて買ったらクラスメイトに絶対に冷やかされる。
これだったら流石に諦めてくれるだろう。
そう思っていたものの、その予想を大きく外し、彼女は「これにしよう!!」と笑っていた。
ここまで来たらもうひけなくなり、結局お揃いのキーホルダーを買ってしまい、その惨めさと一緒に隠すようにポケットに仕舞い込んだ。
修学旅行から帰っても彼女はずっと筆箱にそれをつけて、友人たちに「なにそれ」とよくからかわれていたが、必ず「カッコいいでしょ」なんて返してたっけ。
当の自分はというと、恥ずかしくてずっと机の奥にしまっていたのに。
そうだ、俺はまだ君との約束を守っていない。
こんなところでくたばっていられない。
「翔和っ!!!!!!」