そして、いよいよ当日を迎えた。
昨日は布団に入ってからも、ずっと宝物のことについて考えていた。正確には、宝物はもう決まっている。すぐに答えられるものだからこそ、宝物なのだろう。悩んでいたのは、それを果たしたどうやって使うかだった。とはいえ、バーチャルの世界だ。今ここで考えたところで、実際やってみるまではわからない。
取りあえずいくつかのパターンを考えて、寝不足にならないようにそのまま眠りについた。
朝起きてから着替える時、どんな格好でも構わないと言われていたが、なぜか今から法を犯す時のような気分になり、すぐに顔を隠せるフードの大きいパーカーを着た。もしかすると、この部屋にも、この家にも、二度と戻ることはないのかもしれない。万が一死ぬことがあったら、それは骨としてなのだろうか?それとも、骨すらも返すことはなく、どこかに埋められてしまうのだろうか。
すべてを信じたわけではない。しかし、自分が想像しているよりもまずいことになっているのではないかと、今更になってドクンドクンと心臓が歪んだリズムで動き出す。今脈を図ったら間違いなく不整脈だろう。
今日は両親とも朝から家にはいないので、空っぽになった家に向かって、ボソッと「いってきます」と呟いた。
待ち合わせ場所に着くと、約束した時間の5分前なのにナツはもう到着していた。彼はいつも遊びに行く時と同じさわやかな格好で来ている。
お互いに軽く挨拶をしてから、カラオケに行く時の様なノリで歩みを進めていく。実際に向かっているのは今日の墓地になるのかもしれないというのに。
まだ自分は何もしていないただの大学生のはずなのに、待ちゆく人々が自分のあるべき場所へと真っすぐに向かう背中をどこか羨ましく思った。
「着いたよ。」
そんなことを考えていると、急に足を止める。俺は地図を持っていないのでナツにただ着いていくだけだったが、案外早く到着したことに驚く。もっと奥深い秘密裏な場所を想像していたものの、彼の目線の先を辿っていくと、一面ガラス張りの会社しか存在しなかった。
え、マジでここ?
思わずそう言いたくもなってしまうほど、どこからどう見ても普通の大企業だ。ピシッと固く決まったスーツを着た人たちが出入し、ドアが開いた時にチラッと見えたが受付嬢もいる。怪しい所はまるでない。むしろこんなところで突っ立っている自分たちの方がよっぽど怪しい。
ここで本当にそんなゲームが行われているのだろうか。案内をしてくれた上で申し訳ないが、あまりの現実味のなさに疑うような目を彼に向けると、それを察したのだろう。失礼だなと言いたげにスマホの地図を目の前に見せつけてくる。
「合ってるよ。地図アプリでもここを指してるし。」
「でも、俺たち明らかに場違いだぞ。」
「とりあえず受付の人に聞いてみようか。」
よっぽど自信があるのか、きっぱりと言い切る。確かに彼が地図に迷ったりするイメージがないからこそ、脳内がドンチャカ混乱騒ぎを起こしている。
1人でずんずんと進んでいく後ろ姿に隠れるようにして着いていく。まるで高級デパートにジャージで行くような気分になり、気まずすぎて顔が上げられない。そのためのフードだというのに、今ではさらに怪しさを演出するためのものでしかないため、実際役立たず以外の何物でもない。本末転倒過ぎる。
どんな軽蔑された目で見られることだろうと思いつつ、恐る恐る目線を受付嬢へと移すと、スマホを見た瞬間明らかに彼女は一瞬顔をこわばらせた。それどころか、「この子たちが?」と言いたげに怪訝そうな眼差しを向けられる。憐みの様な、同情の様な。その正体まではわからないが、あまり気持ちの良いものではなかったものは確かだ。
しかしそこはさすがプロ。身に着けていたスカーフが風と一緒に少しなびいたたった一瞬で、表情を切り替える。
「こちらの場所で間違いございません。では、担当に連絡をいたしますので、少々」
その言葉の途中。
突然後ろから、この緊張した空間にはそぐわないやる気のない声が聞こえた。
「いーよいーよ。俺が連れていくよ。」
ポンっと気軽に手を置かれ、ビククー!!と全身に鳥肌が立つ。お化け屋敷でこんにゃくをあてられたかの様に叫びそうになったが、自分が浮いた場所に居るというその自覚が喉仏で叫び声を飲み込んでくれた。
代わりに、その反動でなぜかいつも以上に首がよく回り、グインという音を立ててその声の正体を突き止める。
そこには、この小綺麗なオフィスには好ましくない格好の中年男性がダラーっと立っていた。曲がったネクタイ。しわしわのワイシャツ。ぼさぼさの髪の毛。よく見ると白髪も数本見える。その感じから随分と老けて見えたが、よくよく顔を見るとまだそこまで歳をとっていないようだ。30代前半くらいだろうか。とはいえ、俺たちとは別の意味で浮いているのは誰でもわかる。
何だこいつ。
先ほどの俺たちを見た時の受付嬢の感情としてはこんな感じだったのだろうか?明らかに浮いた存在が突然現れたら、確かにこんな感じになる。少し目を細めてジトっとそのおじさんを見つめていた。
しかし、彼女はそのおじさんを見た瞬間、俺たちの時とは全く違う反応を取る。
「与路様...。」
「この2人のことあそこに案内すればいいんでしょ?今、人見はちょっと別の案件で対応できないからさー。俺が連れていくよ。」
「ですが」
「大丈夫大丈夫ー。こんなの日常茶飯事だから。」
手を振りながら軽薄そうにそう答える。全くそうは見えないが、この感じからして恐らくこの会社の関係者なのだろうか。かなりお偉いさんにお願いごとをしてしまっているかの様な恭しさがある。この人に任せられないという感じではなく、この人にお願いをして良いのだろうかといったような、ある意味での畏怖のようなものを感じた。
彼女は少し顔を強張らせた後、観念したかのように、一瞬俺たち2人を見つめ、深々と頭を下げた。
「承知いたしました。それでは、よろしくお願いいたします。」
そのお辞儀に答えるように自分もいつもよりも深く頭をペコっと下げる。その後に聞こえてきた
「いってらっしゃいませ。」
という言葉に、若干の不穏さを残しながら。