人間、いつ死ぬか分からないのなら、
クズと呼ばれても構わないから俺は
『働かずに金が欲しい。』
堺 翔和(とわ)。大学生。
もう少し学生で居たいというふざけた理由で進学を選んだものの、
そろそろそうもいかない様子。
やりたくもない就活という恐ろしいイベントが近づいてきたのだ。
このまま世間の波に従って就職したとしよう。
そうしたら、朝から晩まで馬車馬のごとく働いて、
居酒屋で安い酒を呑みながらしょうもない愚痴なんかこぼしたりして。
休日は体力回復のために使って、また働いて、愚痴って、休んで。
何て生産性のない悲しいループだろう。
それでなくても物騒な事件が多い世の中だ。
もしかしたら、何か事件や事故に巻き込まれて明日死ぬかも知れない。
はたまた、災害が起きて今日死ぬのかも。
そんな未来が待っているのかもしれない。
その可能性を捨てきれない。
たったそれだけの理由でも、どうしようにもなくやるせない気持ちになる。
いつか自分がその場面に遭遇した時、なんて思うのだろうか。
きっとこうだ。
『もっと遊んでおけばよかった。』
この段階で答えがもう出ているのなら、
今の若いうちに、何でもやれるうちに。
やれることを全てやっておきたい。
クズだと言われても、それでも俺は
「働かずに金が欲しい。」
ささやかな休憩時間。
いつもの面子と今日も変わらずダラダラと過ごしていると、
その気の緩みから思わずポロっと口から出た言葉。
目の前でスマホを弄っていた2人も、
口を開けた魚のようにぽかんとしながらこちらを向く。
「え、どうしたの急に?」
「てか、そんなん誰でも一緒じゃね。
俺だって働きたくねーわ。」
1人の男は心配そうに顔を覗き込み、
1人の男は何言ってんだとでも言いたげに不満さを顔に出す。
後者に至っては実際にその通りすぎるので返す言葉も見つからない。
すると、癖っ毛がトレードマークのナツが、
持っていたスマホを置いて何かを思い出したかのように話し出す。
「あっ、そうだ!
実は俺、1つだけその方法知ってるよ!」
「え、ちょっと待って。
自分で言っておきながら申し訳ないけど、
働かないで大金入るって難しいだろうし、危ない感じ?
やめてね闇バイトとか。俺犯罪は犯したくないから。」
あくまでただの空想論で、実際にあると聞かされると逆にびっくりしてしまう。
けらけらと空笑いをするピエロのように、あえておちゃらけた態度をとる。
ナツはこの3人の中でも一番真面目で優しい奴だ。
だからきっと、そんなことを言っておきながら割りの良いバイトでも紹介してくれるのだろう。
そんな様子を想像しながら続きの言葉を待っていると、
帰ってきた言葉はあまりにもそれを軽々と超えていくものだった。
「うーん、そっか。じゃあ辞めておいた方が良いかも。」
「えっ?」
「だって、どちらかというと危ない話だから。」
「ガチでそうなんかい。ちなみに詳細は?」
思わず振り向きざまに水をかけられたような衝撃が走る。
先ほどまではさして興味なんてなさそうに話を聞いていたシオンが、
ここに来てスマホを置いて話に参加しだす。
彼はどちらかというと俺と同じタイプで、
ちょっとふざけているのがデフォルトみたいな所がある。
しかしナツはそんな俺たちに対してツッコミを入れたり、
優しくフォローしてくれたり、一番の常識人枠だ。
だから、こんな提案をしてくることに些かな違和感を覚えながらも、
彼の方に視線を向ける。
当の本人はスパイが得意げに暗証番号を解読しているみたいに、
慣れた手つきでスマホをスイスイと操作する。
「あったあった!これだよ。」
ジャン!という若干古めかしい効果音が聞こえてきそうな位、
勢いよく画面を見せる。
小学生の頃に流行ったような、真っ黒に赤文字のいかにも怪しい感じを想像したが、
実際に見せられた画面は、真っ白な背景に水色の文字が映えるクリーンなイメージの画面だった。
ぱっと見では、どこの企業にもありそうなHPではあったが、
この情報だけでは一体どんな会社かまでは分からない。
しかし、彼の言っていた程の危ない様子は感じられず、ちょっとだけ安堵する。
「ってか、何この会社名。
英語?べっとゆあーらいふ?」
「そう。『Bet Your Life』。頭文字をとってBYL。通称『バイル』って呼ばれてるよ。」
「で、そのバイル?ってのはなんな訳?」
「てか、直訳すると『お前の人生を賭けろ』って意味じゃねこれ。」
いつの間にか前のめりで画面をのぞき込んでいるシオンの言葉にハッとする。
確かにテストで『この英語を和訳しなさい』と問題が出たのなら、
俺も同じ答えを導き出すことだろう。
とはいえ、仮にも会社名だというのに、
人生を賭けろなんていうのはあまりにも大袈裟というか、
一周回ってお粗末ささえも感じられる。
会社名なのだから、もっと商品やサービスが分かるような内容の方が親しみやすいというのに。
しかし、ナツは何一つ動じる様子もなく、
いつの間にかロボットと入れ替わったのではないかという程淡々と話を続ける。
「シオンの言う通り。直訳すればお前の人生を賭けろ。
これは、自分の人生を賭ける代わりに、
勝てば大金を得られるっていうゲームなんだよ。」
「いやいや。流石に無理があるっしょ。
なに?プロゲーマーってこと?」
「まぁ取りあえず最後まで聞いてよ。
このゲームは、対戦アクションゲームみたいな感じなんだけど、
プレイヤーは実際にゲームの世界に入り込んで戦うんだ。」
「バーチャル世界ってこと?」
「そういうこと。」
それから話された内容をまとめるとこうだ。
プレイヤーはバイルが用意している特別な何かをすることにより、
実際にその世界に入って戦うことが出来る。
この特別な何かというのは伏せられていて、
参加するまでは誰も分からない。
そしてトーナメント式で2人1組で戦っていき、
最後まで生き残ったチームが大金を手に入れられる。
というものらしい。
「バイルを語る上でもう一つ大切なことがあってね。
実はこの大会で使用できる武器って言うのが少し変わってるんだ。」
「バーチャルだから、レーザービームとかそんな感じじゃね?」
「あっ分かった!魔法だ。魔法で炎出したりして戦うんだろ!」
「残念。だけど、2人が言ってるのも100%間違いってわけじゃない。」
何やら含みを持たせた言い方に、2人で顔を見合わせては首をかしげる。
その反応を待ってましたとでも言うように、どこかドヤッとした表情を浮かべながらナツは答えた。
「正解はね、宝物。」
「宝物?はぁ、なんだそれ?」
「バーチャル関係なくない?」
「それが大いに関係あるんだよ。
プレイヤーは、1人1つ、自分の人生において1番大切なものを持って大会にでるんだよ。その宝物が、バーチャル世界での武器になる。」
「なんかよくイメージできないんだけど…。」
宝物が武器になるってどういうことだ?
もしも宝物がただの石っころとかだったら、圧倒的に不利じゃないか。
まるでその心を読んでいたかのように、口を尖らせながらシオンが問いかけた。
「てか、だったら刀とか銃とかの方が有利じゃね?
もしも鉛筆とかが宝物でしたって場合秒で終わるっしょ。」
「それがね、そうはいかないから面白いんだよ。
例えば今の話で言えば、鉛筆が形を変えて電信柱みたいに形を変えることもあるんだ。そうしたら、それを振り回せば武器にもなるし、その後ろに隠れたら防御にも繋がる。
現実での殺傷力が高いからと言って強いとも限らない。
可能性は無限大。だってこれはバーチャル世界の話だから。」
未だにくっきりとした輪郭を表すことは出来ないが、何となくボヤっとだけ分かってきた。
つまり、その宝物の原型を崩すことは出来ずとも、元の形ある程度保ったまま動かしたり大きさなどは変えられることは可能ということだ。
例えば懐中電灯が宝物だったらもしかしたらレーザービームを出すことが出来るかも知れないし、その能力的には魔法に通じる所もある。
なるほど。確かに俺たちの意見も100否定できるものではない回答だったようだ。
「それで?その大会とやらに勝ったらお金がもらえるって訳?」
「そう。」
「へー。どれくらい?」
「3000万円。」
「「3000万円!?」」
予想だにしない金額に周りの視線を集める程の声が出る。
どんなにテレビでサッカーの応援をしようとも、ここまでの大きな声は出ない。
ナツは顔をしかめながら必死に人差し指を唇に当て黙らせようとする。
「しーっ!静かに。」
「ご、ごめん。てか、相場が分からないけどゲームの大会にしては金額が大きすぎないか?」
「それもあるけど、そういうのってガチな人じゃないと優勝は無理ゲじゃね?
初心者には荷が重すぎるって。」
「実際の所、ゲームの大会によるけど、優勝したら億の単位を貰える大会もあるよ。それはシオンが言ったように初心者には無理だ。
だけどこのバイルは、初心者でも優勝することは十分あり得る。」
つまり、大会の賞金は高いけど、一部のガチ中のガチな人以外の優勝は難しい大会と、ちょっと値段は下がるけど、初心者にも優勝の可能性がある大会。
バイルは後者なのだろう。
3000万でも会社員として稼ぐことを考えるとかなりの時間がかかる。
それならば、初心者でも勝ち目のある大会を選ぶのは無難だ。
しかし、何故そんな美味しい話を今まで俺は一度も耳にしたことがなかったのだろう?
それに、この話を聞いた限りでは、出たがる人も多いだろうし、
出場者がある程度の人数がいてもおかしくない。
俺とシオンが知らなかっただけで、案外有名な話なのだろうか。
そもそも、何故彼はこんなにもこの大会について詳しいのだろう。
腕組みをしていつもはしないような小難しい顔をすると、
ナツは少しだけ表情を引き締めて、小声で話し出した。
「だけど、それだけのリスクがあるってことだよ。
このゲームには、いくつかのルールがある。」
小声で話されると、自然と体が彼の口元に耳を近づける形になる。
それを確認してから、修学旅行で好きな人を言うようにコソコソと続けた。
「まず1つ目。2人1組の内、どちらか1人でも戦闘不能となった場合、そのチームの敗北が決まる。」
「あー、そっか。ペア出場するんだもんな。」
「そう。1人が元気でも意味がないんだ。
そして2つ目。負けた場合には、その宝物を破壊しなければならない。」
「えっ、壊すの!?」
思わずまた大きな声を出してしまい、急いで自分で口を隠す。
確かに3000万がかかっているゲームに無傷で帰れるのなら、
それこそ参加人数がとんでもないことになってしまうからなのだろうか。
とはいえ、宝物を破壊するとはなかなかえぐいことをする。
「それが公式のルールなんだ。戦闘不能になるまで戦わなくても、
『宝物を壊す』と宣言すると負けなんだよ。」
「へぇ。でもそれじゃあ、別に馬鹿正直に宝物持って行く必要なくね?」
「あ、確かに。本物の宝物で参加しなくても、
適当にいい感じの持ち込んで勝てないと分かったら降参すればいいだけだもんな。それ壊したところで別にこっちは痛くも痒くもないし。」
「そう考えるのも分かるけど、それがそうもいかないんだよね。」
彼は淡々と、だけど、どこか生き生きとした様子で説明を続けた。
「思い出の強さは、イコール、バーチャル世界での力の強さなんだ。
思い出が強ければ強いほど、その世界でも力を発揮できる。
それなりの思い出を持って行った所で、本物の思い出を相手には勝てないよ。
相手だってお金を得るために容赦ないし。それに…」
もっとこっちにおいでとでも言うように、ちょいちょいっと手招きをする。
少し動いたら唇に触れそうな程、耳を近づけた。
「それにね、どちらかが死んでも負けなんだよ。」
「は?死んだら…って」
「おいおいバーチャル世界の話だろ?
何マジになってんだよ。本当に死ぬわけ」
「本当に死ぬよ。」
流石に笑えないだろ。
そう言って軽く肩を叩こうと振りかざした手は、
彼の真剣な眼差しによって行き場を失った。
何かを話そうにも、彼の視線が俺の喉を縄のように絞め続ける。
「その世界でダメージを受けたらちゃんと痛いし、
もしもそこで死のうものなら、本当に死ぬんだ。」
「おいおい。バーチャルなのにどうなってんだよ。
てか、それなら寧ろ3000万は割に合ってねーって。」
「確かにそういう考えもあるね。だけど実際に死人が出るのは滅多にないんだ。だからこそこの金額なんじゃないかな。」
何食わぬ顔でそう答えているが、この口ぶりからして「滅多にない」のであって、今までに少なくとも存在したことは確かだ。
ツーっと冷や汗が流れると、シオンが1人で手を叩いてけらけらと笑う。
「プっ。あははは!って、それどこのマンガだよ!?
大体そんなの何で事件にならねーんだ?普通に大問題じゃん。
あのHPどっから持ってきたの?俺らに冗談言うためにずっとタイミング見計らってた訳?マジで面白かったわ!お前最高だよ!」
お構いなしにずっとアハハハと笑う。
俺もこの時笑えたら、どれだけ楽だったことだろう。
お前の冗談は分かりにくいな、とか。
こういうのあんまり言わないやつだからビックリしたよ、とか。
いつもだったら、言っていたであろう俺の言葉。
「も~。シオン、そんなに笑わないでよ。」
笑顔でそう答える彼は、この話を聞く前とではまるで別人のように見えた。
ずっと胸のざわざわが落ち着かない。
なぁ、ナツ。
お前、最後までこれが冗談だとは決して言わなかったな。
1人だけ取り残されたこの空間をあざ笑うかのように、
チャイムは授業の始まりを告げた。
結局その日は何一つ集中できないまま時は過ぎ放課後。
シオンはバイトのため先に帰り、ナツと2人肩を並べて歩く。
こんなにも居心地の悪い帰り道は初めてだ。
「ねえ、翔和。休憩時間にした話さ、嘘だと思う?」
「えっ?あぁ~。」
勝手に暗黙の了解的な感じでなかったことになっているかと思ったが、
どうやらそうでもなかった様で、まさかの本人から話を振られてしまった。
俺は思わず視線を外へと向ける。
質問に対する回答だが、8割は嘘だと思う。
理由はあまりにも非現実的だから。
そんなのが本当に行われているというなら、
シオンの言う通りニュースになっていてもおかしくない。
残りの2割は、ナツの表情だ。
今まで見てきたことのない彼の一面は、
「嘘だ」と笑い飛ばすにはあまりにも真っすぐで無下には出来なかった。
取りあえず、馬鹿正直に告げることはせず、視線とともに言葉を濁しながら伝える。
「どうかな。だけど正直、すぐに信じられるような内容ではなかった。
自分の目で見ないと、そんな漫画みたいな出来事なかなか想像できないし。」
この言葉を、俺は後から悔やむことになる。
あっ。これ、フラグだわ。
「じゃあさ、一緒に行こうか?」
「えっ?」
「俺もちょうど出たいなって思ってたんだよ。
でも、相手探しに迷っていててさ。翔和もお金が欲しいんでしょ?
これだったら、うまくいけば働かないで暫くは遊べるだけのお金は手に入るよ。」
「…質問。」
「はい、どうぞ。」
「見学とかはないですか?」
「ありません。」
コントをしているかのようなテンポできっぱりと断られる。
期待はあまりしていなかったが、そりゃそうかと肩を落とす。
そっと隣を歩く彼に視線を向けると、好奇心に満ち溢れていた目をしていて、
更にこの出来事に真実味を増させていく。
正直な話、これだけの話を聞けば気になる気持ちは勿論ある。
この話を聞いた以上、「これは嘘だ」という確信が持てない限りこれからの未来で度々思い出してしまうだろう。
しかし、それと同時に、心の中の警報が早まるなと必死に警鐘を鳴らしている。
それもそうだ。どっからどう聞いたってこの話は『怪しい』。
100人中99人はやめておけと止めることだろう。
俺だって友人がこんな相談事をしてきたら止める。
即答が出来ず回答に困っていると、
全てを見透かしたかのようにナツは呟いた。
「強制はしないよ。
ただ、自分の気持ちに正直になって考えてほしいな。」
自分の気持ちに正直に。
この時俺が天秤にかけたのは、好奇心と恐怖心だったのか、
はたまた、金と命だったのか。
好奇心は猫をも殺す。
この時の俺は、間違いなく猫だったのだ。
「…わかった。行くよ。」