「あー、なるほど、古代魔術って契約と同じく魔力そのままぶち込んで陣を動かしてたのか」
「現代魔術は数式なんだな。俺は陣を使ってたけど一長一短ある」
アルファと顔を突き合わせながら互いの魔術を軒並み見せ合った結果、こいつの生きていた時代の魔術と私の時代の魔術は大きく違う点があった。
いや、もう魔術も全部口頭で教えて、たまに書き起こしたりして大体終わってたんだよね、私達の出番。
あとはもう実働部隊に任せて拠点で身体を休めるのが私達の仕事だったんだけど……。
「な、なぜお二人はそんなに元気なのですか……」
「よく見ろリリ、魔術師ギルドの連中を」
「ふ、ふひひ……失われし魔術の神秘が目の前に……」
「式と陣、優劣はなくとも得手不得手はあるか。今回の場合は陣が中心となるが……」
「まて、陣の中に式をいれたらどうなる?」
「すぐに試そう!」
研究者とはこういう連中なのだ。
面白そうな事を見つけたら睡魔程度跳ねのけるのは余裕である。
「……皆さん元気ですね」
「そりゃ素材が必要になったら散歩感覚でマンドラゴラ引き抜きに行ったり、スノウドロップを現地で調薬したりする連中だぞ。徹夜一晩程度じゃなあ」
「だよなぁ。時代を超えた魔術の面白さもあるし、実際目の当たりにして違いを見るとその過程も見えてくる。こんなに面白い物はない」
同盟を組み、仲間と公言しても私と魔王の間には溝があった。
それが役割だったとはいえ殺し合いをした仲だったからな。
だが共通の趣味があるとなれば、打ち解けるのは一瞬だった。
互いに魔術を見せていく。
それだけで改善点なんかがポンポン飛び出すもんだから、互いに面白おかしく、ついでにむきになって披露していった。
「しかし不思議だ。なぜ君ほどの研究者が陣の研究を進めていなかったのか」
「データ不足だ。古代文明と一緒に魔法陣の記録もほとんど焼けて失伝していたからな。ただ断片的に残っていたものを解析して自分なりの物を作ってみたが……見ての通りだ」
テーブルの上に魔法陣を展開する。
魔術師でも魔法使いでも魔導士でも、ノービスや戦士と言った魔法に適していないジョブだろうが問答無用で魔術の行使ができる魔法陣は便利だった。
だが私の研究で得られたデータは、そもそもの魔法陣を作り出すのに相当な魔力が必要、維持するにも同様で、発動にはさらに多くの魔力がと延々魔力を消費し続ける装置の一つでしかなかった。
だから魔道具を作るにしても魔石というエネルギー源が必要な今の時代に即していなかったと言える。
「なるほどな、恐らく残っていた断片ってのは循環の部分が全部消えてたんだろう」
「あぁ、魔力を循環させ続ける事で疑似的な世界を作って留めるなんて方法は思いつかなかった。逆に聞くが式は考えなかったのか?」
「考えたが、あれは素質に左右され過ぎる。それに魔族は今でいうところの魔術より魔法の方が得意だからな。なによりこちらは防衛線を続けていたんだ。魔法陣による設置型防衛システムの方が使いやすかったのも大きい」
「そういうことか。でも研究はしてたんだろ?」
「していたが地球で解明された数式を基にしただけだ。プログラミングは門外漢だったから、ここまで精密に動かすのは無理だな。これなら素質に関わらず使えるが……効果が一定なだけで魔族からしたら魔法の方が効率はいい」
「やっぱ種族差がでかいよな……エルフも魔法を好んで使うが、あれも基準的には魔法とも魔術とも違う何かだ」
「精霊魔法って名がつけられてたが現代では違うのか?」
「精霊が種族として存在することが分かったし、私らがお使い頼んでいる相手は精霊じゃなくて土地に溜まった魔力の意思だと判明したからな」
長年の研究の結果、精霊の存在を確認して亜人として認められるようになってから結構な時間が流れている。
私が生まれる以前の話だったのだが、精霊魔法という呼称は死語になって久しい。
というか長命種以外覚えてないと思う。
「精霊か……会えるか?」
「どうだろうな。あいつらは本当に気まぐれだ。信仰心が魔力に思考性を与えた結果精神が宿った存在で、実のところ生命体と呼んでいいのかすら怪しい。元が精霊信仰で変質した魔力なだけあって契約は律儀にこなすがそれ以外がな……」
「あぁ……なるほど、新しい種という事か」
まったくもってその通りだ。
魔族は古い種だが亜人を含む人類が人の手によって生まれ変わったと言える。
ゲームじゃ私達プレイヤーがジョブを得て、勇者の称号片手に魔王をぶち殺すのがグランドクエスト、つまりはゲームの主軸だったんだが……この世界はエンジェリックダウンと似ているようで異なる点がある。
「しかしレベルを上げて魂の格を上げるというのはまともな発想じゃないな。人体実験でトライ&エラーか」
「神なんて元からまともじゃないだろ。そもそもあいつらも精霊と同じで生命体か怪しいぞ」
「そうなのか? 私は世界五分前創世仮説とか、水槽の中の脳とか、そういう思考実験的な上位種だと見ていたが」
「間違ってはいないんだが……うん、上位者ではある。ただその更に上位者がいて、更にさらに上位者がいてとあいつらも信仰対象がいてな……。要するに俺等末端の存在に対する倫理観とか無いんだ」
「あぁ……なるほど。肉体が朽ちるならそれを捨てて膜を殻と呼べるほど頑丈にして脱ぎ捨ててしまえばいい。その極地か」
「そうだ。で、今度は殻が劣化するから劣化を防ぐために肉体を取り戻して真空パックで長持ちさせて、じゃあそれが肉体である必要性は無いよなとまた別の形を作って、今度は精神の摩耗を防ぐためにとどんどん頭のネジが飛んで行くような連中だ」
聞けば聞くほど、人類とか世界の命運とか気にし無さそうな連中だな……。
それこそ人に声を届けたり、ビジョンを見せるために器みたいなものはあるんだろうけど基本的に張精神生命体ってところか。
「そんな連中に交渉か……うまくいくと思うか」
「面白味を見せつければあるいは……ただ今のままじゃ無理だ。殺し合いになったとしても勝てない」
「なら方法は一つしかないよな」
「あぁ、だがいいのか?」
「そりゃこっちの台詞だ。あれほど固執していた古い魔族を置き去りにすることになるかもしれないんだぞ」
「その時はその時だ。あいつらだって俺と共に強くなったんだからこの程度の試練は突破できるだろうさ」
「……レーナ辺りは意地でも着いていきそうだな」
「わかるか? 人間だった頃初めてこの世界で出会った相手でな……あの時は奴隷だったが、奴隷商を盗賊から守ったから代わりに開放してやってくれと謝礼代わりに言ったら俺の跡をついて回るようになって……これがもう可愛くて仕方なかったんだ」
なんか、深刻な話をしていたのに急にのろけ始めたぞ?
「魔族になってからは俺と同じドッペルゲンガーの性質を強く反映してな? 一方で獣人だった頃の気配察知や五感の鋭さは人狼にも負けない。近接戦闘も魔法も勇者と渡り合えるが、あの子を前線に送り出すのはずっと心配だったんだ」
「……お前と同等の強さを持った連中がゴロゴロいるってわかったら世の人間は絶望するだろうな」
「同等じゃないぞ? 特定分野に絞れば俺を超えている奴の方が多い。その気になったら世界征服も簡単にできるだろうけど、統治が面倒くさいからやってないだけだ」
「……魔族のやさしさとか甘さには期待していなかったが、面倒くさがりな所に救われた世界だったんだな」
「何を言う。被差別種族だった俺達が統治したら差別は無くなるぞ? みんな平等に価値がないと」
「そりゃ人類家畜化計画じゃねえか」
「家畜は食肉になるが俺達は人肉は食わないからなぁ……雑草くらいな感覚だな」
「ひでぇなぁ」
「ま、そんな魔族が建設的に前を向いて進めるようになった。共存の道も見えてきた。お前の叱咤があったからだ」
「私か?」
急にふられてびっくりしたが……こいつのケツをひっぱたいた記憶は無いな。
「前に言ってただろ。甘えてるだけだって」
「ん? あぁ、リリに合わせた時の事か」
「言われて思ったんだよ。俺は確かに甘えてた。それを自覚したうえで何が悪いって思っていた。けどさ、こうして勇者パーティを結成して、生き生きとしている魔族を見て思った。俺のためじゃなく、あいつらのためになっていないんだって」
少し遠くを眺めるように、炊き出しをしているレーナを見る魔王。
そのまま視線は横に流れ、疲労困憊で帰ってきたサキュバスが寝室に研究中の男を引きずり込むのを見て目を逸らす。
おい待て、それは目を逸らしたらダメだろ。
「俺が求めていた光景ってこれ……なのかなぁ」
「共存という意味じゃ間違ってないが……あのサキュバスを止めるぞ。あの魔導士の爺さん干からびちまう!」
「だがレディの寝室に入るのは……」
「うるせえ、お前が相手してやれ!」
ドアを蹴破って、半裸に向かれた爺さんを救出してから魔王の上着を奪ってサキュバスに投げつけておいた。
数時間、部屋からは艶やかな声が聞こえ、更に数時間して諸々の作業が終わった頃げっそりとした魔王と、つやつやしたサキュバス達が出てきたのだった。
……途中からサキュバスが帰ってこないなぁと思ったけど、直接寝室に転移してたんだな。
私は魔術知己を求めるゾンビのような研究者達に乞われてずっと魔術を使い続けて疲労困憊だ。
少し……寝る……。