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第56話

「この魔術式なら確かに陣にしても使えるが消費魔力の問題が……」


「いや、そこはダンジョンコアがあるという話だ、問題は敵味方の認識をだな」


「まて、それよりも敵対者となると賊や魔獣にも反応してしまうから」


「ならば村や町単位で……」


「時間が足りないな、できる事なら年単位で考えたいものだが」


 結局、私の作り出した魔術は国土全体を覆えるものになったのだが別の問題が浮上した。

 まず被害を最小限にするためにも地下都市の拡大が余儀なくされたのだが、それはもう解決した。

 あちこちに点在する集落や村、町の住民をすべて受け入れても余るだけの都市が作れた。

 が、今度は新しい問題ができた。

 もともと転移魔術は消費魔力が多いということに加え、サーチによる敵味方の識別、それらをダンジョンコアの余剰魔力を利用することで解決したうえでの問題だ。

 敵襲をどうやって察知するかという点。


 敵対勢力が国内に入り込んだら転移させるのか、攻撃が合図なのか、それとも数が問題か、ならば最初から国内にいた賊や密偵、魔獣はどうするかと言った発動トリガーがネックになった。

 で、どうしようもなくなった結果断腸の思いで宮廷魔術師と魔術師ギルドの連中をかき集め、更には異世界人の中でも魔術系ジョブの連中も連れて、昼間は比較的暇を持て余しているサキュバスや街に潜伏していた魔族なんかも交えて大会議となった。

 そこで生じたのは種族間の争いではなく、やはりトリガーをどうするかという一点だった。

 他にも帰還させる際はどうするのかとか、そういうこまごまとした問題も残っているのだが……。


「ふむ、面白い術式だが欠落も多い。かといってそれを埋める方法は無し。ならば答えは一つしかあるまいよ」


 不意に現れた男に全員が目を奪われた。

 蝙蝠を纏い、鋭い牙と爪を持つそれは吸血鬼と呼ばれる存在。

 分類では魔族だが、実のところ不老不死の研究をしていた魔術師の慣れの果てである。

 魔王とは無関係なところで後発的に生まれた種族であり、サキュバスが精をエネルギー源とするように吸血鬼は血液をエネルギー源として生命と魔力を高めて生きていく。

 ちなみに太陽光に弱いとか、流水を超える事ができないとか、十字架が苦手という事は無い。

 ニンニクを普通に食べる奴もいるが、魔族化の影響で五感が鋭敏になっているため臭いが強い物を避けるというだけの事だ。


「フリート、久しぶりだな。200年ぶりくらいか?」


「さてどうだったか、黒龍王の呼び声に駆けつけてみればなにやら面白そうな事をしているな」


「あぁ、見ての通り人を避難させるための魔術を構築しているんだが難航していてな。あぁ、紹介する。吸血鬼のフリート、一応エルダーヴァンパイアって扱いになるのか? こいつくらいになると血液とかいらんから怯える必要はないからな」


 私の紹介に魔術師達が目を光らせる。

 ……やべぇ、今まで自分の事客観視してこなかったけど、人って面白そうな研究対象見つけたらこうなるんだな。


「まぁ落ち着け人間どもよ。おや、サキュバスもいるのか。まったくもって人間と魔族が手を取り合うとは予想だにしなかったが、1000年前から比べれば人と亜人が手を取り合い生きている今も十分不可思議と言えよう。ならば魔王と勇者がともに行動しているのも納得がいく」


 フリートの言葉に司と、その膝の上で眠っている犬に視線が向いた。

 ……お前仮にも魔王だろ、勇者の膝で寝るなよ。


「さて、吾輩の知る限りこの手の魔術は古くから研究されていた。だが実用性の問題で机上の空論で終わっていたはずだが、ここに実現可能なものが提示されている。しかし同時に多くの問題も抱えているというのは見てわかる」


「あぁ、魔術発動のきっかけとか含めていろいろ問題があってな」


「ならば分割すればいい。確かによくできた魔術だが規模はここまで広げる必要はないだろう。今後領土が拡大するたびに陣を書き直すのも手間だろうしな。小規模から中規模の物を複数用意し、その範囲内に一定以上の脅威となる敵が侵入した場合に発動するようにすればよい。貴様らならばできるであろう?」


 ステータスの事か……そういやその辺すっかり抜け落ちていた。

 ジョブ持ちとノービスでは確固たる差があると言われているが、実のところ器用貧乏か一点豪華主義のどちらかだ。

 大半がノービスで、引退冒険者を村に住まわせる代わりに村の護衛を依頼するのは珍しくない。

 その護衛と、村人たちだけで対処できる範囲の問題かどうかを数字で割り出すわけだが……。


「人間は理屈だけじゃ動かないし、チェスの駒じゃない。意思がある以上捨て駒は使えないからかなりシビアな計算になるぞ」


「安全を優先するのだから当然だ。被害者が出る確率が少しでもあるならば術式が発動するようにしてしまえばいい」


「それに陣の設置もそれなりの手間だ」


「以前吾輩の書庫にある書物を全て書き写すのが面倒になって作った魔術があっただろう。あれを利用すればいい」


「……設置と発動、それに地下避難所や水源の用意、他にも問題は色々あるぞ」


「そんなものは魔族が適任だ。こやつらは単独で国を落とせるようなのばかりだから魔力も時間も持て余している。そこのサキュバスにでも頼めば今日中に終わるであろうよ」


 ……年の功って凄いな。

 魔術師達が、私も含めて気付かなかった事をズバズバと解決していく。

 いや、私が忘れていたものも含めてだから何人かこっち睨んでいるけど……解決策を導き出すためならば恥も外聞もない。

 必要ならばどんな手段でも使う。

 さすが、不老不死を求めて魔族と蔑まれるようになってなお生き延びている最古参だ。


「でだ、お前の隠している魔術を片っ端から話してもらう。否とは言わせんぞ」


「……マジで悪用されかねないのは勘弁してくれ。それにそういう魔術ならアルファの方が詳しいだろうし」


「魔王はダメだ。あいつはおっかない護衛がついている。ここにサキュバスがいる以上無理に聞き出そうとすれば吾輩が死ぬ」


「いや構わんぞ、教えてやる。正直人間社会がどうなろうが知ったこっちゃない。つーかそれで魔族が平穏に暮らせて、なおかつ俺もシステムから解放される可能性があるなら協力するに決まってるだろ。世界と心中なんかする気ないし、神は一発ぶん殴りたいからな」


「魔王……それは本気か? 今回聞いた話を理由に魔族全員が吾輩を害さないと誓えるか」


「誓う」


 フリートとアルファの間に魔力のパスがつながる。

 これでどんなことがあろうとも魔族はフリートを、今回の一件を理由に糾弾できなくなった。

 どころか原初の契約というのは融通が利かないから、心の片隅で無意識に思っていても契約によってアルファは死ぬことになる。

 それは復活もできない、魂の死だ。

 アルファの言うところの肉体という器も、魂という膜も奪い取られ精神が霧散する。

 散々研究され続けていた蘇生魔術の一端が見えたが、恐らくその状態になってしまえば蘇生も復活も既存の方法では無理だろう。


 少なくとも1000年以上の時間が必要になると思うんだが……システムの介入があるからなぁ。

 それが膜の代わりの防護壁となって精神を守り続ける可能性を考えると、案外普通に復活しそうで怖いわ。


「さて、俺が教える以上ユキが隠す必要もないと思うがどうだ?」


「まぁそうだな、何ならこの一件は人間の根底にある常識をぶっ壊すところがスタートだ。となれば、後世で禁呪と呼ばれるような危険物でもこの場限りで公表するべきだろう」


 手を差し出すとアルファが握り返してくる。

 そこに司が手を乗せ、フリートも、続けてサキュバスと魔術師ギルドの代表が手を乗せた。


「あらあら、隠し事はいいですけど私抜きは困りますね。この国の今後にも関わるなら仲間に入れてくださいな」


 更に重ねられた手に、アルファもフリートも、司ですら驚いた様子だった。


「リリ、いつの間に……」


「ふふふ、王家に伝わるのが魔視だけだと思わないでくださいね?」


 魔視……あぁ、疑似共感覚の事か。

 まぁ確かに技術的なあれこれは、当時知る限りの全部を教えたからなぁ。

 そりゃ失伝しているものもあるだろうけど、有用なものは改良されたりして引き継がれている可能性もある。

 ……暗殺者のジョブが使えるスキルを魔術で模倣した技術かな?

 他人に察知されないように放出する魔力を周囲の、大気中の物と同質のものに変質させたうえで消音消臭気配遮断といったあれこれを詰め込んだのがあったはずだ。

 燃費は悪いが、使いこなせればこれ以上なく危ない技術だが……元は王宮の禁書庫に潜り込むために造った物だったんだよな。

 それを王族が使うようになるとは。


「さて、これで魔族と人間と勇者と亜人の共闘作戦ですね」


「我もいるぞ」


 重ねた手の上に飛び乗る黒龍王。

 その背中に手を当てたのは田中で、これまたいつの間にか異世界人連中も集まってきていた。

 破壊者君やガーディアン女子といった魔術に関係ない面々。


「力仕事なら任せてよね!」


「邪魔なもんがあったら俺がぶっ壊す!」


「オーガやゴブリンを召喚すれば頭数も増えるだろ?」


「占星術を使えば水源や魔獣の生息地なんかもわかりますよ」


 こいつら、半月程度離れていただけなのに随分成長したな。

 いやもう成長というか進化だ。

 ちらりと田中を見るが、苦笑気味に首を横に振ってから司を見る。


「すみません、僕が話しちゃいました。元の世界に帰れたとしても次元の穴をどうにかしないと不味いって理解してもらったらみんな協力すると言い出したので」


「……はぁ、ダメだな私は。交渉とかは慣れてるつもりだったし、嫌われ役だってやってきたのに……お願いってのができないのはプライドか性根か」


「性根がねじ曲がってるんだろ?」


 茶々をいれてきたアルファの脚を踏みつけつつ、もう一つ手に重みを感じた。


「先生……」


「けが人は私が治します。病気も、疲れも、だから無理や無茶はしないでとは言いません。けど、絶対に生きて目的を成し遂げましょう」


「あぁ……あぁ! そうだな、やるぞお前ら! そして頼む、私達に……この世界に生きる者達に力を貸してくれ。お願いします!」


「任せろ!」


「頑張るわよ!」


「商人から情報仕入れるか?」


「いや、まだ早い。龍や吸血鬼が集まっている以上隠しきれないとはいえもう少し猶予があるはずだ」


「国の外に出ている奴らはどうする」


「吾輩の同胞に保護を手伝わせよう」


「サキュバスチームもいきますよー」


「というかこんだけ大事なら魔族全員連れてきてもいいかもしれんな。地下で生活させれば問題ないし、改善点も見つかるかもしれん」


「なら僕は勇者らしく今回の一件で表舞台に立ちましょう。演説でもすればいいですかね」


「だったら魔王と一緒にするべきじゃないかな? ほら、司君リーダーシップやカリスマはあるけど人望という意味じゃ魔王の方がありそうだし」


「確かにな」


 みんなの回答はバラバラだった。

 けど、言葉が違うだけで意見も目的も一致していた。

 小さな集団だけど、それでも確実に世界を救おうと立ち上がったんだ。


「じゃあこれから私達は勇者パーティを名乗る組織だ。外で個々の話をする時は噂話のように、名称をぼかして活動する。いいな」


「世界を救うんだ、勇者に恥じない組織だろう」


「僕なんかが代表みたいになってますけどいいんですかねぇ……」


「お前を中心にしておかないと色々厄介なんだよ」


 ケラケラと、みんなで笑いながらその日は徹夜作業となった。

 笑い合い、魔術を教え合い、改善点があれば指摘して、眠気覚ましのポーションで乾杯して一気飲みしてから顔をしかめる。

 作戦決行は翌朝、日が昇る前だった。


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