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第53話

「というわけで、これ魔王。名前まだ聞いてなかったからその辺は自己紹介も兼ねてという事で無理やり引っ張ってきた」


 ちょこんと私の膝に乗っている犬、それが魔王である。

 人として話すのは気が乗らないと最後まで抵抗した結果がこれだ。

 ……私、こんなのと命がけで戦ってたのか?

 もしかして大軍で押し寄せた時の対処が苛烈だったのって、普通に人見知りのせいとかないよな。

 だとしたら当時の軍勢が哀れで仕方ないんだが……。


「……あの方の日誌には時折とんでもない事をやらかすと書かれていましたが、まさか魔王を討伐するのではなく連れ帰るとは」


「あれ、信じるのか? 自分で言っててなんだが、これが魔王に見えるなら目の治療を受けた方がいいと思うが」


「目というよりは王家に伝わる力というべきでしょうか。ユキ様の所で魔術と魔法を学んだ先祖は、それに感化され高い魔力を持っていました。同時に魔力察知能力も非常に高く、王家はその察知能力を使い生き残ってきたのです。それこそ人の顔よりも魔力の……色とでも言えばいいのでしょうか。その見分け方で社交界を潜り抜け、時に暗殺者の気配を察知してきたのです」


「あー、共感覚か」


 意外と多いんだが、自覚している人が少ない特別な能力。

 地球でも普通に知られていた、ある種の異能力。

 それが共感覚だ。

 例えば人や音を色で感知することができるという話がある。

 共感覚っていうのはそういう概念とか、人当たりとか、まぁ目に見えない物を別の何かに置き換えて感じることができる第六感みたいなもんだ。

 専門家が効いたらブチギレるであろう内容だけど、これ魔力と合わせるとほぼ全ての人間ができる技術に変わる。


 私が養子と弟子に教えたのは魔力を通して相手の本質や気配を探る方法。

 先生にやらせた魔力の具現化だけど、あれをもっと絞り込んで眼鏡みたいな、フィルターとして用いる事で疑似的に共感覚を味わうことができる。

 ……そういや私の知り合いには人間と対峙した時、一目見ただけでその人の言葉が文字に変換されると言ってたな。

 筆記体だったり丸文字だったり明朝体だったりと様々だったらしいけどそこに意味があるのか聞いたら共通性はないとのことだった。

 一方で別の共感覚持ちに話を聞けば色で大別して、寒色の人間は職人気質で内向的な面があり客観視が苦手なタイプ。


 故に長い付き合いはごめん被るが、暖色は懐が広く外からの刺激を取り入れて変化するタイプだと言っていた。

 そっちはそっちで悪い影響受けて距離取ることもあったらしいが、共感覚頼りで人付き合いをしていたとかなんとか。

 ちなみに私は黒と言われたし、習字みたいな筆文字とも言われた。

 どんな感覚なのか聞いたけど答えてくれなかったな。

 多分悪い意味だったんだろう。


「あんな古い技術が今も伝わってるとは思わなかったな」


「王家秘伝ですからね。祖先の日記が残っているのですから、一度や二度失伝したところで習得はできます」


「……それって王族の血筋証明にならないんじゃないか?」


「いえ、祖先の日記や記述の類は血縁者のみが読めるようになっています。それ以外の者には白紙に見えるとか」


 そういやそんないたずらも教えたな……あれは読める相手を指定して、秘密のやり取りをするための魔術だったか。

 まぁ魔力量で押し切って読み解くこともできるし、術式をぶっ壊す事もできるから大した魔術じゃないんだが悪用を恐れて世に出してない魔術の一つだ。


「つまり一度王家が滅びてもその日記とかあれば再興は不可能じゃないと……じゃなくてだな」


「えぇ、この技術で相手を見ればどれだけの存在かというのもわかります。ユキ様を始めてみた時は震えが止まりませんでしたが……初手で土下座されたのでこちらも気が抜けました」


「その節はマジで……」


 呼び出されて、街について散策してたら時間忘れて観光楽しんでたんだよな。

 で、衛兵に引っ張られて城に連れていかれて、用事を思い出して土下座に移行したんだ。


「そちらの方から感じる魔力の波動はユキ様より上、黒龍王様すら超えているようです」


 まぁ魔力って増えるもんだからな。

 人間基準だと成長期終わったらそこで魔力の保有量も増えなくなって、無茶な修行とかしないといけないってのが定説になってるみたいだが実際は違う。

 そりゃ成長期の方が魔力の吸収率はいいから保有量も増えやすいんだが、魔力が濃い所で生活してると勝手に増えていく。

 浸透圧みたいなもんだ。

 だからダンジョンに潜ってる冒険者とかは、剣士だけど魔力量は馬鹿みたいにありますってやつもいる。

 私達エルフやハイエルフ、吸血鬼や魔族と言った存在が住んでいる土地はそもそも地脈的に魔力が多い土地だ。

 そこで古代から今まで生活していたなら、魔王の魔力はとんでもない事になってるだろう。

 桁で表せるかどうか……10の何乗とかそういう扱いの方がまだいい。


「それにそちらのメイド姿のお客様も……えぇ、やはりユキ様を超えています」


「あー、やっぱりそうか」


 レーナが転移魔術で現れた時から本能が逃げろって言ってたからな。

 まぁそれも無理な相手だと思うけど。

 いうなればチート野郎のハーレムメンバーだった女だろ、こいつ。

 ならその余波で世間的に見たら人間時代からチートレベルの強さだったと思う。

 それが魔族になって、長い年月を過ごしたとなればなぁ……ジョブをいくら究明しようと付け焼刃で勝てる相手じゃないわ。

 せいぜいが時間稼ぎ……いや、それも数分しかもたないよな。


「ご安心を、我ら太古の魔族は魔王様と勇者の戦いに関わる事はありません。今回は一人の使用人として同行させていただきました」


「で、なんか喋れ駄犬」


 べしっと、魔王の頭をはたく。

 レーナさんがピクリと反応したのが少し怖いが、百年単位で会話を怠ってきた相手だから多少手荒でも何か喋らせるべきかなーと……後で土下座だな。


「お、わ、我は魔王アルファ! 頭を垂れ我に忠誠をちかいてぇ!」


「その仰々しい演技やめろ。もっと素で喋れボケ魔王」


 というかこいつ名前アルファって言うのか……多分プレイヤーネームなんだろうな。

 あるいは咄嗟に出てきた言葉を選んだか、魔族化実験のコードネームか。

 どうでもいいけどな。


「えと、ユキさん? 相手の方が強いわけですし、それに王様ですから……」


「先生、こいつは多少無理矢理にでもまともな会話ってのを経験させるべきなんだ。今まで立場かレベルが下の相手としか接してきていないような奴だろうからな。対等な相手との会話なんてした事ないんじゃないか?」


「そんなことはありません。魔王様は奴隷だった私達を家族と呼んでくれました」


「欺瞞、んでもって偽善だな。それに甘えてお前らはなかよしこよしで後をついていって、みんなで強くなったはいいが魔王の精神は育てなかった。多分レーナをはじめとする太古の魔族の参戦を禁じたのも古い仲間が死ぬのが嫌だったとか、そういう甘えた理由だろ。本格的に魔族が動いていたら人間なんかあっという間に滅びるだろうに」


「ユキさん! 言いすぎです!」


 先生が声を荒げるが、大人相手だしなぁ……。

 子供相手にするならもっと優しくする……かもしれないけど、大人というか、同じ境遇になってきたら別にその辺気にする必要ないから。

 離れていくなら別にそれでも構わんが、魔王と勇者ってシステムがあるならどっかで鉢合わせるのは確定しているし。

 最悪の場合次元の穴は転移者と私と、各国にある魔術師ギルドで対処することになるだろうけど……その場合間に合うかは五分も無いな。

 まぁこいつは甘ちゃんだが、仲間のためなら大抵の事はやってのける。

 世界と心中なんて真似はしないだろうから、そこだけは信頼している。

 同じ研究者としての意見だけどな。


「……いいんだレーナ。確かに俺は君達に甘えすぎていた」


「いやレーナたちがお前を甘やかしすぎてたのも原因だからな? すねかじりのニートと、それを容認してる親みたいな関係だから共依存だぞ」


「……あの、もうちょい手心とか」


「無い、そもそも時間がないんだ。手短に済ませてさっさと本題に入りたい」


 しゅんとしている魔王をレーナが抱きかかえて撫でる。

 殺意のこもった視線を向けられたが、ギリギリちびらなかったぜ……。


「本題というのは、魔王……様をここに連れてきたことですか?」


「そうだ。司の仲間たちはどうしている? できればすぐに招集して話をしたいんだが」


「魔術師系列のジョブ保有者は国内で魔術と魔法を学んでいます。戦士系の方々は冒険に出ていることが多いのですぐにというわけにはいきませんが……あと、田中様以外にも分類が難しいとおっしゃっていたジョブの方々は訓練と自己分析をしているようです」


「そうか、サボってる奴はいないんだな」


「働かざる者食うべからず、ユキ様が祖先に伝えた言葉ですよね?」


 参ったな、そんな言葉まで伝わってるのか。

 ……後で日記とか読ませてもらおう。

 あと墓参りもしたいところだが、それは時間があればだな。


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