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第51話

 朝食のスープはこれまで食べたどんなものよりも美味かった。

 初めての食材も多かったが、そこは500年の年季よ。

 先生と田中、そしてグレゴリーはちょっと躊躇していたが司やミストたちはモリモリ食べていたな。

 見た目がグロいのもあったけれど、そこは食い物の魔改造に余念のない日本人。

 躊躇しながらも口をつけたら見た目関係なくがつがつと先生も田中も食べて、グレゴリーだけが唖然としていた。


「凄いなこれ、ポーションじゃ一割も回復しなかったのにほとんど魔力が全快した」


「魔族領の特産品です。あの魔王様ですら魔力枯渇しても三食で完全回復できるように品種改良が加えられましたからね」


 なるほどな、魔力の回復は基本的に時間経過か、外部から取り込むしかない。

 私達は食事や、完全にリラックスした状態……つまりは睡眠中に大気中の魔素を取り込んで回復するが、食事に重きを置いたわけだ。

 まぁ戦争ともなれば熟睡なんかできないしな。


「さて、ではこれから魔王様の所に行きますが準備はよろしいですか?」


「あぁ、私は大丈夫だ」


 いざという時司を捕まえられる鎖型魔道具を片手にこたえる。


「同じく、問題ありません」


 司も万端と言った様子だが魔道具のネックレスはつけたままだ。

 過去の勇者たちは魔族というだけで切りかかっていたが、こうして平然と食事を共に出来る辺り希望が無いわけじゃない。


「わ、私もでしゅ!」


 先生……気合い入れるのはいいが噛んだせいで台無しだ。


「なるようになるんじゃないっすかね」


 気楽に答えるが、表情がこわばっているぞ田中。


「奴と会うのも久しぶりだ。また夜通し酒を飲み夢を語り合いたいものだな」


 黒龍王はもう、なんというか……そのままの意味なんだろうけど旧友に会いに行くような感じだな。


「では、ご案内します」


 そう告げられると同時に森の中から石造りの建物の中に移動した。

 あの一瞬で、詠唱も無しに……どころか詠唱短縮のトリガーすら無しに転移魔術を行使したのか……。

 想定はしていたが魔族の魔術は私達より数段先を進んでいるみたいだな。


「よく来た、勇者と黒龍王。そしてハイエルフのユキ」


 謁見の間、いつも魔王と勇者が戦う部屋だ。

 そこにいたのはいつもと変わらない、蝙蝠の翼を携え、ヤギのような角を生やし、金の瞳を持ち、肌は病人のように青白いのに赤い線が幾何学模様のように全身を走っている細身の男。

 魔王だ。


「よう、いつ以来だ? っと、先達で先輩で年上で目上だ、敬語を使った方がいいかな?」


「気にする必要はないぞユキ。もはや俺達は戦友だからな」


 戦友ね……それにしては視線が鋭い。

 まるで観察対象を見るかのような、酷く冷めた視線だ。


「そりゃどうも。司、身体に異常はあるか?」


 私の質問に司は両手足を動かし、魔王をじっと見てから首を横に振る。


「これといった変化はないですね。確かに心の奥底から『アレを殺せ』と言った感じの思念が響いてますけど、子守唄みたいなものです」


「……そうか。いや、まぁその程度で済んでるならいいのか? なんか異常があったら言えよ? 私と黒龍王が全力で止めに入るからな?」


「その前に両腕切り落としますよ。どうせ切断くらいなら治せるでしょう?」


「あのな、治るから大丈夫は普通の人間は考えないんだ。それも改めろよ?」


「ふむ……わかりました」


 こいつやっぱりネジが飛んでいるというか、本来なら本能で理解して、家族の教育で固める部分が軒並み空っぽなんだ。

 だからこちらの意見を聞き入れるだけの余裕はあるが、一方で非常に危うい。

 必要なら、なんて大義名分を得たら何でもやりかねない。

 まぁ特訓中や、旅の途中でちょいちょい矯正しているから以前と比べたらマシだと思うけど。


「面白いな。神々のシステムにあらがう勇者か」


「本人にとってはNGワードなんだが、化け物じみているんだよ。ただ狂っているというよりは突出しすぎて化け物扱いされ続け、それを無意識下で受け入れた悲しき化け物だな」


「ユキさん……?」


「ほら、今お前より私に向けて殺意ぶつけてきてる。超怖い」


 司の純粋な殺意がビシビシと刺さる。

 はっきり言うが魔王の威圧感よりヤバい。


「ふはは、俺も勇者というだけで身構えてしまうというのにこんな子供が耐えるか。実に面白い」


「面白いと言えば魔族の成り立ちだな。気分のいい話じゃないだろうけれど、黒龍王から聞いた。ぶっちゃけた話、どうやっているんだ?」


「さぁ?」


「いや、お前が考えて作ったものだろ」


「機械は用意したし、魔法……今では術式として安定しているから現代風に言うなら魔術か。それも組み上げた。あとは本人の資質次第だからわからんところが多いんだ」


「それは……まさかジョブと関係があるのか?」


「その説は立てた。だが立証のしようがない」


 確かにな。

 魔族になるにはジョブと同じく適正が必要、あるいはジョブそのものが適正に直結している可能性がある。

 私の考えているジョブが精神に影響を及ぼす可能性という後天的な部分があるとするなら、また話が変わってくるしな。

 逆に私の考え過ぎで、純粋に正確とか素質がジョブに繋がっているならまた別なんだろうけど……。


「人体実験をするわけにもいかんしなぁ……あ、いや、してるのか」


「死にかけた人間を召喚して魔族になるかどうかの選択を迫ると言えば悪魔のささやきに近いが、許容した者は全員魔族へと変貌している。もしかしたら精神性の問題かもしれないと睨んでいるが、これも立証は難しいな」


「精神かぁ……魔力でその辺の方程式を組み上げられたら少しは進展するかもしれないんだがな」


「ほう?」


 魔王が喰いついた。

 いや、地球じゃ人間の精神って基本的に言動からしかわからない物だったけどさ、こっちの世界じゃ精神の乱れとかそういうのが如実に魔力に反映されるんだよ。

 例えばよくある話だと冒険者登録したばかりの魔術師が突然魔獣に襲われて上手く魔術を発動できなかったとか。

 これは精神の乱れが魔力を乱して正しく魔術を発動できなかったという話だ。

 実際カウンセリングみたいな仕事もあって、精神治療の一環として魔力の流れを正すというのもある。

 それだけ密接な関係にあるのだから調べようと思えばどうにかなる範疇ではある。


「現代語は読めるか?」


「前回の復活から変わっていないのならな」


「何冊かその手の本を持ってるからやるよ。ただ扱いは気をつけろよ?」


「わかっている。魔族を生み出した時に反発があったように、強行すればまた大陸を焼かなければいけないほどの戦乱になるだろうからな」


 それを理解したうえで与える私も私だが、危険性を理解しながらも嬉々として準備を進めさせるこいつもこいつだな。


「さて、せっかくだ。何か聞きたい事はあるか?」


「神々について知りたいな。高次元の存在としか認識していないが、ダンジョンの生成という形でこちらに干渉してきている。これはアップデートやダウンロードコンテンツのようなものなのか、それともルール違反なのか、さもなくばこの世界がβ版なのか、気になる事が多すぎる」


「あいつらか……というかお前も転生者だろ。会った事ないのか?」


「その口ぶりだとお前は会った事あるのか」


「この世界に来る時にな。テンプレにある手違いという言葉から始まったが、その内容が随分とぶっ飛んでいてな……あれは忘れようにも忘れられん」


「詳しく聞かせてくれ」


 そこから魔王が語った内容は、なんというか非常に間の抜けた話だった。

 そもそもの話、私と魔王は同じゲームで遊んでいた。

 エンジェリックダウン、剣と魔法のMMORPGだ。

 世界的に人気で、今になって思えばリアルタイムで翻訳をしてくれたりととんでもない技術が使われていた。

 私がこの世界に転生した時、何か関係があるんだろうかと頭をひねったが結論は出なかった。

 だが魔王はその結論に辿り着いた……というより対面して口頭で教えてもらったようだ。

 名前の通りというか、エンジェリックダウンは神々や天使、悪魔といった現代の地球では人間と直に接触することができない奴らが用意した物らしい。


 そのゲームを通して現代の流行や、世界情勢、宗教観念を学んだ神々は考えたそうだ。

 これ、世界創生の役に立つんじゃないのかと。

 一方でリソース不足の懸念があったらしい。

 要するに管理者の問題で、神も悪魔も天使もいっぱいいるけど今抱えている分だけで手いっぱいだそうだ。

 なら実験的に持ち回りでとなったのがこの世界、クローズドβってところだな。

 神の不在証明というか、まさに休暇取ってバカンス行ってるから神託とかねえよという状況が発生するとかなんとか。


 その場合別の神が代理で対応するという話だが……お役所仕事みたいだな。

 話を戻して、魔王と私が転生、あるいは転移した理由だが世界に及ぼす影響力が強すぎたという事らしい。

 曰く、器という言葉を用いたが高位存在の連中との遊びは人間にそれなりに影響を及ぼしたという。

 そのほとんどが許容範囲内、あるいは想定よりも問題ない範囲だったらしいが、魔王と私は想定以上の影響を受けたそうだ。

 魔王はその中でも正の器と呼ばれ、何をしても上手く行くような人生になり、秩序もパワーバランスも崩せるし技術力に注視すれば一足飛びに星間航行どころかワープ技術やテラフォーミング技術まで作れるようになるとか。


 本来なら時間をかけて積み重ねていく物を一人の天才が推し進めると揺り返しが酷い事になるとかで、事態が悪化する前にこの世界に捨てられたという。

 ……高位存在もあほなのかな?

 まぁ奴らからしたらNPCのデータを別フォルダに移しただけみたいな感覚なんだろうけど。

 で、これはおそらく私の事なんだろうけど対になる負の器というのがあるとかで、要するに光があるなら影もあるという事。

 世界から滅茶苦茶嫌われ、何をしても上手くいかないどころか特大の呪いを抱えているようなもので、出先では必ず大きな事件が発生するという。

 しかし当人は無事静観することが約束されているのが器たる所以で、歩く災害みたいな存在になったという。


 なので早めに処分したはいいが、輪廻に戻しても器として得た物が消えるまで宇宙が100回滅びても足りないくらいの時間がかかるそうだ。

 じゃあどこに行っても絶対に事件が起きるような世界に移住させようと、この世界に放り込まれたわけだ。

 時間差に関しては魔王が動き出した後の方がトラブルに巻き込まれやすいだろうという配慮らしい。

 とりあえず、この話を聞いて私は心に決めたことがある。


「なぁ魔王、勇者召喚の魔法が神を召喚しようとした失敗作だってのは知ってるか?」


「あぁ、こちらでも情報を集めた。試練のダンジョンの事もな」


 神々が作った五つのダンジョンは試練のダンジョンと呼ばれている。

 ……まぁ目的忘れられて観光地になってたりするんだけどさ。


「関係者一同並べて思いっきりビンタしたくないか?」


「むしろ顔面陥没するほど殴ってやりたいところだ」


 ガシッと、固い握手を交わした。

 あぁ、こいつマジで戦友だわ。

 魔王と勇者一行という意味じゃなくて、神々の被害者という意味で。


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