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第50話

 翌朝、とてつもない魔力の波動を感じて跳び起きた。

 見張りは魔族組に任せて私と先生は早めの就寝、司は最初から表に出さないようにテントに封印しておいた。

 黒龍王がいる時点で魔獣が襲ってくる心配はなかったが、この辺りで気にするべきは人間だからな……。

 まぁ杞憂だったようだが。


「お迎えにあがりました。魔王様の側仕えをしています、レーナです。どうぞよしなに」


「ハイエルフのユキだ。そちらじゃ有名人らしいが……できれば穏便に済ませたい。よろしく頼む」


「それはそちらの出方次第となりますが、魔王様は恨み言は申しておりませんでした。むしろ楽しそうに、私達は何があっても動くなと言われています」


「そうか、話が通じる相手でよかった。ともあれ、こちらは勇者がいる」


 私の言葉にレーナがぎろりと視線を鋭くした。


「待て待て、脅しじゃない。勇者っていう魔王に対する抑止力が存在するってのはそちらにとってやばい状況になりえるってことだ。私はそれを全力で阻止するつもりだし、本人にも言い聞かせてある。聖女に守りも頼んでいるが万が一があるからな? その時はできるだけ殺さないようにしてほしいってだけなんだ」


「……そういう事であれば。見たところ大した実力ではありませんが、脅威には違いないでしょう」


 封印しているテント越しでもある程度司のレベルを測ってるようだ。

 昨日のダンジョンアタックでみんなレベルが30くらい上がっている。

 司達のレベルは80前後かな?

 過去の勇者は大体200を超えたあたりで魔族領に攻め込んで、最終的に500くらいで魔王を倒していたからそれと比べたら弱いのは事実。

 ただ……。


「あまり侮らない方がいい。今代の勇者はレベルとか関係なく、ヤバイ」


「ヤバい?」


「あぁ、強いとか弱いじゃなくヤバイ。切れ者とかそういう意味でもなく、形容するならヤバい以外の言葉がない」


「……承知しました。最大限の警戒をしつつ、最高級のもてなしと無事の帰還を約束します」


「すまないな、無理を言って」


「いえ、実のところユキ様は魔族の間でも有名ですし、なにより魔族全体で見れば悪感情は抱いておりません。人類のまま魔族に匹敵する強さと知恵を備えた賢者と称賛する者も多くいますので」


 それは初耳だな。

 基本的に魔族との戦争じゃ人類側についてたから向こうでの評価とか知らなかったし。


「ちなみにユキ様が参戦していないと魔族の戦意が落ちます。勇者一行にいると聞けば皆我先にと飛び出そうとします」


「なんでだよ」


「神と呼ばれるほどの実力者ですよ。そして魔族の成り立ちを黒龍王様から聞いたとミストたちが言っていましたのでご存知かもしれませんが、魔族は実力主義者な一面があります。結果的に我こそはという者が率先して飛び出していき、大半が辿り着く前に死にます」


「それはなんというか……」


「気にする必要はありません。原初の魔族は皆傍観者であり、記録をすることを使命としています。新しい身の程知らずな者達が散っていくだけです。ですが魔王様はお優しい方、そんな者達の命すら惜しみ、悔やみ、嘆き、そして最後には自我を抑えられず勇者と相まみえることになる。そういう定めですから」


 ……魔王をバランサーと言ったけど、魔王自身がもはやシステムの一部だなこれ。

 勇者もシステムに組み込まれている以上、想像していなかったわけじゃないが魔族の被害が増えれば人も応戦する。

 その際に魔族を殺せば魔王の枷が外れていく。

 で、自由になった魔王と力を蓄えた勇者が激突するわけだ。

 マジで薄氷の上で世界は成り立っているんだなぁ……。


「よろしければ朝食を用意させていただきますが」


「あ。あぁ。手伝うぞ」


「いえ、どうぞごゆっくり」


「そうもいかないさ。名目上は毒を盛っていないかとか調べる、本音は魔族独特の料理があるならレシピが知りたいってところでな」


「ふふっ、魔王様から聞いていた通り好奇心旺盛なのですね。わかりました、ではこちらのレシピ通りにお手伝いをお願いします」


「あぁ、ありが……いや読めねえわ。魔族語か? それとも古代言語か?」


「古代言語が魔族の公用文字として使われているのです。裏面に現代語版が書かれていますよ」


「あ、ほんとだ……このレシピ一枚でとんでもない価値があるな」


 黒龍王は文明と呼べるほどの物じゃないって言ってたが、やはり滅びた時代ってのは色々興味がある。

 それこそ今じゃ伝説みたいな扱いの動植物だって存在しただろうしな。

 レシピ見る限りじゃそういうのも使われているみたいだし。


「それはどういう意味での価値ですか?」


「そりゃもちろん研究価値だ。これを見て心躍らない奴は金に目のくらんだ馬鹿だよ」


「ふふっ、魔王様の予想通りの答えですね。金銭的な価値というかどうかで賭けていたのですが負けてしまいました」


「なんだそりゃ」


「言葉通りです。私は太古の時代から魔王様とのお付き合いがありますが、あの方とは暇つぶしに賭け事を楽しんでいたのです。もちろん仲間内で、金銭ではなく罰ゲームとやらをすることで」


「そいつは……なんか世間的な魔王像とはかけ離れた話だ」


「あの方がまだ人間だった頃も気さくな方でしたからね。今でこそ、魔王様の言うシステムに飲み込まれて衝動を抑えられなくなることはありますが、それでも本性は変わらない物です。その証拠にグレゴリーのような新しい魔族も増えていますからね」


 そうだ、その事が聞きたかった。

 なぜハルファ教の人間を魔族にしたのか、どうやったかまでは予想がつかないが必要性の問題だ。


「魔族になったのはグレゴリーだけか?」


「いえ、他にも何名か。ただ大半は輪廻の輪に戻ることを選びました」


「選定基準とか聞いてもいいか?」


「特にこれと言ったものはありませんが……強いて言うなら気が合うかどうかでしょうか。魔族としての生活というのはそれなりに退屈もありますが、道楽的な面も多くあります。基本的には生きるために農業や畜産、漁業を営んでいますがアランのような人に紛れる事ができる種族は方々の国で情報を集めながら転々と冒険者をしていたりしますし、中には子を成す者もいます。けれど大半は領地に根を張っているので、娯楽関係で言えば人間社会よりも発達していますよ」


「そりゃ電子機器、機械の事か」


「御存知でしたか。これまた賭けは魔王様の勝ちですね……その通りです。毎月なにかしらの遊戯や物語が世に出回ります」


「ってことは魔族領の図書館は凄い事になってるんじゃないのか?」


「いえ、私どもの住む土地は紙が貴重なのでこれをメインに使っています」


 レーナがインベントリから取り出したのはタブレットだった。

 ……まぁ、ワープみたいな超高難易度の空間属性魔術を行使できるんだから収納魔術なんて普通に使えるんだろうけどさ。

 それ以上に風情が無いわ。

 なんで剣と魔法のファンタジー世界で電子書籍はやらせてんだよ……。


「魔導端末と申しまして、私どもの魔力をエネルギー源にしております。初期構想では電気を用いた充電式だったのですが、それだと戦場や出先では使い勝手が悪いので……」


「あぁ、充電スタンドの問題か……」


「はい、人間はまだ魔力に頼った生活をしているので産業革命を起こすまでは魔力での運用が一番楽なんです。そもそも電気を利用するにしても限度がありましたからね。供給が追い付かず、今では魔王様の居城のみで使っています」


 どこの世界もエネルギー問題は深刻なんだな……というか単純に魔族領でできる発電方法が少ないのか?

 簡単な部類だと水力だが……やりようによっては風力もいけるか。

 火力やら原子力、太陽光は無理だとしても魔法を利用してというのはできそうだけど……充電用に魔術を作るのも面倒だし、細かい調整が必要になるなら魔力で直に動かした方が早いわな。


「さて、スープの下準備が整いましたけれどそちらはいかがでしょう」


「野菜の皮むきと切り分けは終わってる。肉は野菜が茹で上がる前に千切りながら入れていくんだろ。とっておきを用意してある」


「流石です。雑談をしながらも手際よく終わらせる、言うは易く行うは難しと言いますが魔族のメイドたちにも見習ってほしい物です……ねぇ、ミスト?」


「ピッ」


 あ、こいつ狸寝入りしてたな?

 まぁいいさ、年上のお姉さんと話ができたってだけでも私にとっては十分な成果だしな。

 なによりこれから魔王に会いに行くなら、少しでも多く休息をとってほしいし。



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