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第49話

「どういうことですか?」


「魔王は命を犠牲にして今の力を手に入れたという話だが、女神の恩寵、レベルアップと同じ仕組みだ。魔獣を一か所に呼び寄せて、一網打尽にする。これ以上効率的なレベリングはないだろ」


「えっと、ゲームには疎くて……」


 そうか、先生はピンときていないみたいだ。

 ただ田中と司は理解したようにうなずいている。


「歴史的に言うなら釣り野伏だな。敵を一か所に引き付けてドカン」


「あ、それならわかります」


「こうして自分と仲間のレベルを一気に上げた。ダンジョンというのは狩場であり、レベリングのための場所でもあった。そしてこれは予想に過ぎないんだが……安全装置の面もあったんじゃないか?」


「まさしく、もともとダンジョンと呼ばれる物は魔王の領域内に存在する資源の一つだった。それを活用することで魔王の領土内に住んでいる者達は隔絶した力を手に入れた」


「だがダンジョンというのは他の国も喉から手が出るほど欲しかった」


「故に、魔王は外交を始めた。ダンジョンの源となるコアを売ったのだ。その時々で支払いの方法は変わった。国内にいる奴隷の解放と引き渡しだったこともあれば、その手の奴隷を冷遇していた権力者の首であったりもした。時には国を選んで売らないという事もあり、共通の敵だった国家は産業の中心となった」


「えと、でもそれって敵に塩を送る様な物じゃ……」


 歴史書で見るのと、実際に体験する事の違いだろうな。

 私とて500年この世界で生きている。

 戦争中に相手国に武力に直結するようなものを売るというのは裏がある。

 権力者だって馬鹿の集まりじゃないわけだから、その裏を警戒するし正確に読み取るやつも出てくるだろう。


「時間稼ぎが目的だったんだろ」


「そうだ。魔王は外の人間が力を蓄えている間、知識を蓄えた。そして女神の恩寵、レベルによる圧倒的な戦闘力から技術による戦闘力に切り替え、更にはダンジョンを巡った外部の争いを誘発させ敵対国家を自らの手を汚すことなく潰していった」


 まぁ、そうなるわな。

 少なくともレベルだのステータスだのの暴力でどうにかなっている私だが、銃器で撃たれたらどうなるかわからない。

 試したことがないというのもあるが、耐えられたとして衝撃を受け止められるかは不明だ。

 防弾チョッキと同じ理論だな。

 弾丸を肌で止める事は出来ても、その衝撃までは消せないんだ。

 それを知っている私ですら恐れるんだから何も知らない連中からしたら恐怖以外の何物でもない。


「そして技術による防衛が整った時、ようやく当初の目的に至った。あらゆる種族の長所を持つ新人類。魔族への進化」


「こればっかりは本当にわからん。ただまともじゃない事は確定しているんだがな」


「うむ、まともではなかった。正気ではなかった。奴は種族の特徴を調べ上げ、遺伝子とやらも調べ、そして魔力というものが何かを調べ、女神の恩寵にも関わる魂の研究も進めた。その際に発見されたのがダンジョンの副産物、ダンジョンで死んだ魔獣の魂は輪廻の輪に帰ることなくダンジョンに囚われ続ける。開放する手段はコアを壊すか奪う事でダンジョンそのものを消す事だ」


「けど、ダンジョンによって力を得た国はそれをしなかった」


「そうだ。魔王とてその一人。だが一つ違ったのは魔王はダンジョンの中をさまよう魂を利用して人間を、亜人を、そして自身を改造したのだ」


 なるほど、そりゃ正気じゃない。

 私の知る限り魂を使った実験というのは禁忌だ。

 ネクロマンサーですら使役することだけ許され、それ以上の事をしようとした場合は即座に殺されるほどに危険視されている。

 その理由までは知らなかったが、起源はここだろう。


「魂に優劣はない。人も亜人も魔獣も、そして我ら龍とて魂は力の塊でしかないのだ。精神を覆う膜のようなものだな」


「つまり身体という器の中にある、精神の器が魂という事か」


「そうだ。どうあがいたところで膜にすぎないが、それを分解し自らの肉体の強化……いや、変質に利用したのだ。死んでいった者達の遺体を媒介とし、囚われた魔獣の魂を力へと変え、そして変貌した。魔族が誕生するまでの経緯だ」


「人間に内輪もめをさせて時間稼ぎをする。その程度は予想していた奴らも多かっただろうけど、まさかその更に先があると思ってたやつはどのくらいいるんだろうな」


「我の知る限りではいなかった。いたとしても、当時の権力者が聞き入れたかは別だろう」


「おっしゃる通り」


 リリは気さくな性格をしているが、彼女と話をするには何段階ものチェックが入る。

 私のように向こうから呼びつけられたとしても、貴族や権力者だとしても、上にその事を伝えるまでどれだけの時間が必要だったか。

 仮に人づてで伝えられたとしてもどこでねじ曲がった報告になるかわからない。


「で、世界は魔王の誕生を許してしまったわけだ」


「その後は一方的な蹂躙だった。多くの人命が失われ、数々の国が滅び、亜人達は仲間のためにと剣を手に散っていった。それを見かねたのが神々だった」


「……神話の研究は進んでいないが、ダンジョンの中には魔王の発生とは明らかに違う、まったく新しい物も存在するな」


「神殿、宝物殿、城、塔、闘技場の五つからなる神々のダンジョン。それらの試練を乗り越えた者を抑止力とするという神託が下された。誰もがこぞって挑み、散り、生き残った者は英雄と呼ばれ、最後に全てを遂げた者が勇者と呼ばれるようになった」


 勇者誕生伝説だな。

 神々ってのがどういう存在かよくわからんが……正直なところ胡散臭い。

 私はこれでも信心深い方だが、それでも神という存在には懐疑的だった。

 この世界に来る前ですらそうだったのに、こちらで研究を進めれば進めるほど神という存在が何なのかわからなくなっていった。

 結局辿り着いた答えは卓越した力を持っている外部の存在ってことくらいだな。


「そして勇者が魔王を討ち、人々は一時の安寧を得た。だがその後勇者を巡り人々は争いを再開し、そして滅びに瀕した」


「愚かだな」


「まったくもって、愚かとしか言いようがない。こうして古代文明と呼ぶのもおこがましいそれは崩壊し、人々は生きるために力を欲してダンジョンに潜るようになった。その頃には世界から魔獣は消え、魔力を蓄えた動物が魔獣と呼ばれるようになり、そしてダンジョンは疑似的な魔獣の生息地として扱われていくようになる。一方の魔族は身を潜め、人になりすまし、魔王をよみがえらせるための術式を組み上げた。こうして魔王は何度でも蘇る存在となり、仲間である魔族が害された時のみ力を振るう存在になった」


「自我は残っているのか? それともただの装置としてそこにいるだけなのか?」


「ユキとの話し合いに応じるというあたり自我はあるのだろう。だが本能と自我のどちらが強いのかまではわからん」


 なるほどな……結局のところ魔王も勇者も世界の抑止力として生まれたに過ぎないわけだが、一つ疑問が残る。


「こいつらはどうなる」


 異世界人、そして神々の試練とやらを乗り越えていないにもかかわらず勇者のジョブを得た者達。

 それがまだ判明していない。


「神々の試練は難しすぎた。滅びかけた人類にとって辿り着くことのできない物であった。だが魔王の蘇生という、生命体の領域を逸した行為に対するもう一つの抑止力だ。勇者の素質を持つ物を生み出す事を目的とした実験が始まり、そのことごとくが失敗に終わった。ならば神々を直接降臨させようと、愚かにも考えた者達がいたのだがその失敗作ともいえる。呼び出したのは神ではなく、異なる世界の人間だった。世界の壁を超える事、神々が作り出したダンジョンと同じく世界の狭間を超える偉業を成し遂げたと見なされ勇者とされた」


 なんというか……バグやグリッヂを利用してRTAしてるようなもんなんだな。

 勇者召喚の魔法って元をたどれば髪を召喚するための物だったのか。

 今だから言えるけど、絶対に無理だろそれ。

 魔王誕生の時代を神代と銘打っておくとして、人間如きが高位の存在を呼び出せるはずがない。

 ほら、ゲームで言うところのNPCがプレイヤーをゲーム世界に呼び込むような真似は……真似は……あれ?


「待て黒龍王。神々はこの世界に人間をおくることを良しとしているのか?」


「わからぬよ。奴らは我らよりはるか上の存在だが、一方でこちらへの干渉は最低限。魔王が復活するようになって以降は一度神託を下したのみだ。その辺はお前の方が詳しいだろう」


 ハルファ聖教か。

 神を崇めているというのは変わらないが、何の神を崇めているのかは定かではない。

 個人的な見解で言うなら人間にとって都合のいい存在を神として祀り上げているようなもんだ。

 そもそも信仰対象なんて人によって変わるもんだし、地球の神は宗教だの宗派だのでアレコレ違っていたが人間を支配しているという意味じゃ金こそが神であり生命線であった。

 誰もが求めるという意味じゃ資本主義において金こそが全てなんだよな……。

 そういう意味で言うなら信仰心なんて時代と風潮が作る物だし、神も悪魔も関係なく踊ってるに過ぎない。

 ぶっちゃけ見知らぬ行為存在よりも身近な物の方がありがたい事も多いしな。


「いくつか疑問は残るが……それは魔王の迎えが来てから向こうの見解も聞いてみたいところだ。というわけで司は拘束するし、先生はいざとなったら魔王と魔族に防御魔法を展開。こちらの防御は私が担当する。田中は司が暴走した際にどうにか止めてくれ。黒龍王もな」


「え? 何故です?」


「勇者が魔王に対する抑止力で、ジョブに資質や性質が引っ張られてるとしたらお前が暴走する可能性もあるからだ。精神で敵う相手だと思うなよ、相手は人間だの魔族だの関係なしに世界そのものに干渉できる相手なんだから」


 首をかしげる司だが、数秒考えて理解したようだ。


「つまりプログラムはどうあがいてもプログラマーには勝てないってことですね?」


「まぁ……その理解でいいや」


 間違ってはいないだろうけど、たまにプログラマーに反発するプログラムもあるからなぁ。

 バグってどう頑張っても出てくるから。


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