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第48話

「お、帰ってきたな。ダンジョンが消えるぞ」


 食後、鍋の片づけをしていたところで召喚した英雄とドラゴンソウルが戻ってきた。

 どちらも当然のように無傷だが、持ち帰ったドロップアイテムを見れば最低でも30頭のドラゴンがいたようだ。

 中には龍に近いレベルの奴もいたみたいだが、その手にはドロップアイテムの竜核と言われる魔石とダンジョンコアが握られていた。


「お疲れさん。また頼むわ」


 そう言って送還すると英雄たちは優雅に一礼して、ドラゴンソウルは大きく鳴いてから消えた。

 ……一応私の知り合いの英雄もいたんだが、あいつあんな風に礼儀正しく振舞う事なんか無かったんだよな。

 こういう差異を見せつけられると、やっぱり偽物だってわかって寂しい気持ちになる。


「ほれ、ダンジョンコアだ。こっちの魔石とかは貰ってもいいか」


「むしろ対価としては安すぎませぬか? こちらで何か用意できればいいのですが……」


「グレゴリーだったか? あんたは人間の感覚が残っているからわかりにくいかもしれんが、亜人とか魔族って差別していた対象は案外金銭のやり取りはしないもんなんだ」


「……お恥ずかしい限りです。ハルファ教の教えでは亜人は金に目が無く、詐欺師のような手練手管を使うと聞いていたため……」


「気にするなとは言わんよ。ただ私らが重要視するのは金よりも信頼だ。ミストの嬢ちゃんが魔王に話をつけるってのが本当なら私は気にしない。先生も気にしないだろうし、司も自分の手柄じゃないなら何も言わんだろう。田中はなんていうかわからんけどな」


「俺もなんも言わんっすよ。何もしてないで運ばれてゲロ吐いてただけなんで要求できる立場じゃないっす」


「とのことだ。つーわけで、頼むぞ嬢ちゃん」


「嬢ちゃんはやめてほしいんだけど……あ、はい、えぇ、黒龍王の契約者が……はい、当人もいます。あとあのハイエルフのユキも……勇者は比較的……はい、わかりました。では明朝……話がついたわ。魔王様が謁見してくれるって」


「そうか、これで貸し借り無しだな」


「えぇ、対等な関係になったわね」


 さて、本番はここからか……とりあえず、いざという時司を拘束する魔道具を用意しつついつでも使えるようにして、緊急時に脱出できるものも欲しい所だな。


「そんなに心配しなくても魔王様は寛大な方よ」


「同時に狡猾でもある。向こうだって備えているだろうし、私も備える。そこに差はない」


 むしろ想定外に早い邂逅となるため準備不足も甚だしい。

 幸い竜核が手に入ったことでそれなりに強力な魔道具も作れるだろうけれど、私の魔力がギリギリというのが辛い。

 自然回復を待つにしても明朝とか言ってたし回復しても半分がいい所……奥の手はいくつかあるが、魔王相手にそんなものを使いながら、この三人を守っての脱出ってのは少し厳しいな。

 かといって置いていくわけにもいかない。

 まったくもって、面倒くさい。


「司、勇者というジョブの伝説を教えてやる。お前ら全員座って聞け」


 一度片づけを止めて話をすることにした。

 私が知っている限りの、そして調べて究明した勇者の話を。


「勇者というジョブはそもそもユニークジョブに指定されていたが、今では別の分類になっている。エクステンデッドジョブ、唯一無二から特別な存在へと変貌したものだ」


 ユニークジョブがいくら進化したとしても所詮はユニーク止まりだ。

 ハイレアやレジェンドが進化してユニークになる事はあっても、それ以上の存在になったのは聖女と勇者以外に存在しない。


「どちらもユニーク、過去現在未来と見て同一のジョブが発生していないものをユニークと呼ぶ。だが勇者と聖女はその枠から外れた。しかしレジェンドとかの上級ジョブと言われている部類と比べると格が違う。強すぎるんだ」


「エクステンデッドジョブ……初めて聞いたわ」


「魔族にはなじみが薄いかもしれないな。人間は数だけは多いからジョブの研究が進んでいるんだ」


「へぇ、それは少し興味深いかも……」


 ミストが面白そうに頬杖を突くが、今はそれが本題じゃない。


「ジョブって言うのは本人の資質とか性格に左右されると言われているが、私はこの説に懐疑的な部分がある。はっきり言うが司は勇者って性格じゃないからな」


「本当にはっきり言いますね」


「自覚あるだろ?」


 首をすくめて微笑んで見せやがった……なんかすっげぇ腹立つなおい。


「話を戻すが、私はむしろジョブに性格や資質が引っ張られているんじゃないかと考えている。そしてその仮定が事実だった場合、勇者というジョブは魔王と共に誕生したんじゃないかと考えている」


「どういうことですか?」


「大前提を話そう。魔王は異世界人の可能性が高い」


 私の言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。

 魔族はもちろん、司達もこちらの世界の情勢に疎いからこそ気付けなかったのだろう。


「機械というのはこの世界に本来存在しない。今をもってしても、滅びた技術大国を見てもだ。だというのに魔族の間には機械という技術、そして知識が伝わっている」


「ちょちょちょっ、それだけで魔王が異世界人だったって決めつけるのは……」


 田中が慌てた様子で……いや、今回は素で慌てているのかもしれない。

 黒龍王はさもありなんといった様子だが、無言で私の膝の上に寝そべっている。


「味噌もそうだ。奴が望んだ時代に味噌は無かった。私が作り上げた味噌もどきが流通するようになったのはここ百年か二百年の話、比較的新しい調味料だ」


「待ってください。味噌って名付けたのはユキさんですか? ということはもしかして・……」


 先生はこういう時鋭いな。

 案外察する事が得意だけど踏み入らないように分別をつけているのかもしれんが。


「私も異世界人だ。正しく言うなら異世界では人間だったというべきか。転生して、ゲームのアバターと同じ姿でこの世界に降り立ち、ユニークジョブを手に入れた」


 再びの沈黙。

 パチンと薪がはじける音がやけに大きく感じた。


「ふむ、まぁ証拠は不十分なれど真実だ。魔王は元々人間であり、そして異世界から来た者だ」


 黒龍王がようやく、その口を開いた。

 古から知識を蓄え続けた彼は魔王の事を知っていてもおかしくはない。

 今回は私の推察を聞かせるためではなく、黒龍王に話させるために場を用意したようなものだ。


「あれはもはや古代文明……いや、文明と呼ぶのもおこがましい時代の事だ。突如あの男は現れた。生まれたのではない、現れたのだ」


 転移か、ならば当人の資質はどうだったのか。

 気になる所だが本題はそこではない。

 そもそも結末からして化け物と評するに値する存在だったのは間違いないのだ。


「その男は現れると同時に盗賊に襲われていた奴隷商を助けた。そして奴隷を謝礼代わりに貰い受け、今でこそギルドとして形を得た職業。冒険者として名を上げていった」


「待ってください。冒険者ってそんな昔からあったんですか? ならなぜユキさんが形を作るまで……」


「単純な話よ。冒険者という職業はあれど、今のようにダンジョンなど無かった。未開の地を散策し、切り開くこと。珍しい獲物を狩りその皮や肉を売りさばくこと、それが奴らの仕事だった」


「獲物か……当然中には龍も含まれていたんだろ」


「然り。どころかエルフやドワーフも、今の亜人と呼ばれる者達すらその対象だった」


 一つ大きなため息をついてから、懐かしむように。

 そして寂しそうに空を見上げて黒龍王は続ける。


「魔王の快進撃は止まらなかった。亜人と交流を深め、人との橋渡しをし、魔術や魔法の普及、ジョブについてや女神の恩寵についても詳らかにした」


 だが、と続く。


「だが人間の欲というのは今も昔も変わらぬ。たとえ一度滅びようともだ。貴様らユキの容姿を見てどう思う」


 私か?

 急に名前出されて驚いたわ。


「美人さんだと思いますけど……」


 先生がどこか申し訳なさそうに言う。

 もう、結論までたどり着いているのだろう。

 それを口にしないのは……まぁおぞましさもあるんだろうけど、性格からして予想が外れてほしいという気持ちが強いんだろうな。


「そうですね、整った顔立ちです。スタイルもモデル体型で素晴らしいと評価されると思いますよ」


 苦笑する司も答えには辿り着いている。

 ただ先生と違って確固たる自信があり、そして馬鹿にしているのだろう。

 誰でもない、自分を含めた人間を。


「胸がもっと欲しいっすね」


「おう田中、後で殴るからな」


 こいつはあえて馬鹿な事を言っているだけだ。

 それがわかってなお、私はその言葉に乗る。

 今はそれが必要な事だから。


「然り、胸は平たくも淡麗な容姿だ。町娘とて見目麗しいというだけで権力者の手籠めにされる時代、世間知らずの森から出てきたばかりのエルフなぞ格好の餌食よ。ドワーフとてその鍛冶技術を見いだされれば当然、ホビット、巨人、龍、あらゆる種族が人には持ちえないものを持っていたが故に悲劇は起きた。奴隷国家だ」


「そこに挑んだのが魔王であり、勇者の起源ってところか」


「うむ、悪を打つという旗を掲げ数多の奴隷と亜人を引き連れた奴は国を滅ぼした。これが物語ならば悪は潰え、正義が勝ち万事解決となったであろう」


「だが現実は違う。国家ができるほどに奴隷が流通していたのなら他の国の要人も奴隷を抱えていただろうな。なら次に人間がとる行為は簡単だ。怯える。そしてその対象を消そうと躍起になる」


「その通りだ。結果として奴は開放した奴隷と亜人を引き連れ、襲い来る敵を蹂躙し、ついにはこの大陸の一角に国を作った。望む望まざるに関わらずな」


「どういう、ことですか……?」


 先生が震える口で続きを促す。

 これも、歴史教師なら簡単に予想は付いているのだろう。

 だけど信じたくないのだ。


「古今東西、世界は違えど突出した力を持った個人。それが率いる軍勢ともなれば上下関係が生まれる。早くに仕えたとか、強いとか、理由は何でもいい。そこで起こる諍いや迫害を止めるために決めごとを作った。法律の感性だ。法があり、統治され、人々が暮らせる場所がある。本人が違うと言っても他の国からすれば立派な国家だ」


「うむ、こうして出来上がった国家だが四方八方から標的にされるのは自然の摂理。中には奴隷に落とされた亜人の身内までもを扇動して攻め込む国もあった。そして物量に推し負けたのだ」


 そう、ここまでは予定調和だ。

 少なくとも私は国家を相手取る力があるが、それはあくまでも国ひとつ焼くくらいならできるという事。

 統率の無い、数だけで攻め込んでくる奴らから仲間を守り、その上で殲滅して国まで焼くとなれば力が足りない。

 ダンジョンで使ったような召喚魔術があればまた違うかもしれないが、古代とまで言われてしまえばそこまで研究は進んでいなかっただろう。

 ジョブの概念すらあやふやだったのだから。


「追い詰められ、数を減らした奴はある答えに辿り着いた。誰もが軍勢に負けないだけの力を得られたらという願望から始まったソレは、奴自身の研究によって実現された。エルフより長い寿命と高い魔力、ドワーフよりも巨人よりも強い力を持ち、そして魔獣のように優れた戦闘力を」


「方法はわからんが、それらを取り込んだ結果魔王が生まれたと」


「既に外界では伝承すら残っていないだろう。機械と魔力、そして命を使い奴らは魔族と呼ばれる存在に変貌した。ダンジョンが生まれたのもこの時だ」


「まて、魔王が生まれたからダンジョンができたのか、それとも魔王になるためにダンジョンを作ったのか、どっちだ」


 これは極めて重要な問題だ。

 前者だとしたら魔族がダンジョンコアを求める理由がわかる。

 魔王誕生の副産物がダンジョンならば、ダンジョンコアを取り込むことで力を得られるだろう。

 だが後者なら話が違ってくる。

 魔王は、むやみやたらと倒していい相手ではない。


「後者だ」


「くそ……そういう事か……犠牲にした命、それは魔獣だな」


「そうだ」


 私と黒龍王の会話に、その場にいた全員が首を傾げた。

 最悪のパターンだ。

 今まで何度も対峙してきたが、魔王は世界のバランサーでもあったんだ。


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