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第37話

「エルフ……いや、ハイエルフのユキか」


「御名答、どうだいギルドは」


「罪人の定義以外は変わらんな。今は儂が長をしているが、ここ半世紀何も問題はない」


 しばらく待ってやってきたのは白髪の爺さんだった。

 人間族だけど、年老いてなお筋骨隆々といった肉体から察するに混血か先祖返りってところかな。

 闇ギルド、つまりは罪人の集いでトップをしているというだけあって物おじしないのが見てわかる。


「よくわかったね、私がハイエルフで、そして創設者メンバーのユキだって」


「ふん、そんなもんは魔力の流れを見れば察しは付く。その淀みの無さはエルフより上の物、しかして人里で、なおかつこんな街に訪れて闇ギルドの不調を知っているとなれば一人しかいないわ」


「なるほど、論理的だ。で、本当は?」


「代々長が継承するこの指輪には創設者に関する者達の血と魔力に反応する魔術が組み込まれておる。それを合わせたうえでの結論じゃ」


 そういやそんなの作ったな。

 私ら創設者に反旗を翻さないようにと用意した、ある種の拘束具に近かったんだけど今じゃそういう使い方か。

 と言う事は他のは紛失したか売り払ったかな?

 あるいは壊れたか。


「ちょい見せてみ」


 指輪を見ればやはり数百年の歳月というのは長いとわかる。

 ぱっと見では大した傷も無いように見えるけれど、内部の魔術回路が痛んでいるな。

 あと数世代もすれば壊れてしまうだろう。

 ……あとまだ未熟だったころに作った作品だから回路が汚い。

 はっきり言って不細工で下品な仕組みになっている。


「なにをする」


「魔術回路が破損していたから修復。それと当時の術式じゃ効率が悪いし、内容も気に喰わないから修正」


「ほう?」


 指輪に魔術を施しながら話を続ける。


「で、今回ここに来た理由なんだけどさ。魔族の動きはどうなってる?」


「平々凡々じゃな。時折人間に紛れてふらりとダンジョンに入ったと思えば数年出てこない事もある。一部の魔族、俗に淫魔と呼ばれる者達は我らと共に色町を作ったわい」


「あー、あいつらは割と話が通じるからな。情報はそっちで聞いた方が早いか?」


「いや、全てまとめてある。儂はオーガの血も継いでおるからな」


「ってことはガンテツの子孫か?」


「うむ、世代を重ね人と交わりその力の大半を失ったがな」


 ガンテツ、寿命が短い代わりにとんでもない腕力の持ち主であるオーガの罪人。

 創設者の一人で、今じゃオーガの英雄として崇められている。

 ただ当時はオーガは魔獣扱いで、人間に加担する事を禁忌とされていたから罪人としてここに流れ着いたという顛末がある。

 ただその禁忌を破り人間と恋に落ちて、オーガという種を人類の枠組みに認めさせた結果英雄となった存在でもあるため、このダンジョンが集まる中立地帯は彼等オーガにとって聖地とされている。

 まぁ寿命が短くて世代交代の早い彼等にとってはもはやおとぎ話みたいだけどな。


「っし、これで完成だ。以前より耐久性も上がってるし反応も良好。私達創設者メンバーに対して反旗を翻そうとしたら周囲一帯が強力な呪いに飲まれるのは変わらないけどな」


「ふむ、そんな術式だったのか」


「闇ギルドなら禁忌の魔術とかそういうの研究してる奴が来たりしないのか?」


 ちょっと魔術に詳しい奴なら魔道具の術式を読み解くくらいは簡単にできる。

 再現は無理だとしても、どんな効果を持っているかはわかるはずだ。

 一応魔術大全にもアーティファクトとかの鑑定用魔術なんかが載っているんだが……。


「そういう輩は儂らの禁にも触れることが多い。長である儂に直に会えるような地位に上り詰める事も無いのでな」


「なるほどな。じゃあダンジョンの産出物はどうやって見分けている?」


「長年の経験からじゃ。なんとなく危ないと思ったものはダンジョンに投げ込んでおる。そうすれば喰ってくれるからな」


 ダンジョンで生み出されるアーティファクト、その大半は餌だ。

 学説的にダンジョンは生命体に近い存在とされ、餌を用意することで生き物を帯びよせ、死んだ者の魔力を喰って力を蓄え、そしてレベルが上がるとされている。

 女神の恩寵ではなく邪神の恩寵なんて言い方をされることもあるが、基本的に新しい階層が増えるだけだ。

 ただその先は難易度が段違いに跳ね上がって、ダンジョンの心臓ともいえるコアを破壊することが難しくなるんだがな。

 まぁアーティファクトみたいなものを用意してくれるダンジョンを崩そうとする奴はまずいないけど。


 あとゴミ捨て場としてダンジョンはちょうどいいんだよな。

 死体も含めて、残飯とか粗大ごみとか投げ込んでおけば勝手に消化してくれる。

 既存の改装は難易度据え置きで、新しい階層に踏み入ることが無ければ問題ないとなればただの主婦でもダンジョンでごみを捨てるようになる。

 この街は共存関係にあると言ってもいい。


「対処法としては正しいな」


「どこぞの国に横流しする輩もおるがな。そこは儂らが縛るべきではない」


「……帝国か?」


「聖教国もじゃ」


 納得した。

 どでかい戦争があったとして、それだけで30人を超える異世界人が召喚されることは無い。

 せいぜいが数人、それも片手で足りる人数だろう。

 なら他に魔力源があったと考えるべきだが、魔道具でも持っていたのだろうと思っていた。

 だが持っていたのはアーティファクト、既存の生産系ジョブが作れる物の範疇を超えた膨大な魔力を含んだ物品。

 それをいくつも使っての大戦争となれば、そりゃ壊れたアーティファクトや死体から漏れた魔力、それらが無傷のアーティファクトも巻き込んで膨大な魔力の渦を作った事だろう。

 少し不安になるが、今はそれより優先するべきことがある。


「話は戻るが、魔族でダンジョンに潜っている奴らはいるか?」


「半月前に潜って言った奴らがおる。奴らの実力ならば今は20階層といったところじゃろう」


 20階層、このダンジョンは現在122階層までが確認されている。

 その先は未知の領域だが、10階層ごとに難易度が跳ね上がるとされているから130階層までは確実に存在するだろうという見立てだ。

 邪神の恩寵で順当に深くなっているならもっとあるだろうけれど、基本的に増えるのは10階層ずつだからな。


「わかった、明日から潜る。案内人はいらないが関係各所に私達の事を周知しておいてくれ。帝国や聖教国に情報を売り飛ばそうとした奴は消してくれ」


「あいわかった」


「報酬は金と食い物とアーティファクトと魔道具、どれがお好みだ?」


「ほう? 報酬を貰えるのか?」


「最初の取り決めだ。依頼人が誰であれ、仕事を持ってきたのならば報酬も用意するべきだと。それは私達も例外じゃない」


「ならばそうじゃのう、魔道具を所望しよう。鑑定の魔道具と、それと倉庫を一つ」


「わかった、明日の朝までに用意して宿のおっさんに預けておく」


「うむ、こちらも仕事は早急に終わらせよう。しかし……」


「わかっている。ギルドの人員も洗わなければいけないとなれば時間もかかる。どっかで誰かが襲ってきても問題にはしない。ただ後始末だけは頼んだぞ」


「委細承知した。ではまた会おうぞ」


「そうだな、互いに仕事が上手く行ったらな」


 闇ギルドの人間とまた会おうというのは、ある種の定型文だ。

 いつ死ぬかわからないような仕事をしているから、もう二度と会う事がないとしてもそういう言葉を使う。

 元気でなと、互いの無事を祈って。



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