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第35話

 運転席で煙草を吸いながら黒龍王と並んで飛ぶこと半日、既に王国はもちろんハルファ教や帝国の領土も抜けて中立地帯と呼ばれる所までたどり着けた。

 基本的に各国の支援を受けながらというのが勇者の旅だが、今回に限ってはハルファ聖教や帝国の介入は受けたくない。

 一方でこの中立領域というのはぶっちゃけた話元戦場だ。

 今でも戦場として扱われることはあるが、過去魔王の攻撃によって崩壊した土地で草一本すら生えていない。


 完全な荒野だが物凄い量の魔力がたまり続けているためトレーニングには最適であり、またそれらの影響もあってか古いダンジョンが無数に存在する。

 様々な人間が、色々な思惑を抱えてこの場所に来るのでダンジョンを取り囲うように街があったりして、何人たりともこの地は攻め込むべからずという扱いになっている。

 一方で犯罪者の逃げ場となっているのだが、それは昔犯罪者を集めた寄合所を作ってギルドに仕上げたので、正常にその目的を果たしているなら闇討ちされるような事は無いだろう。

 ……スリくらいはあるかもしれないけどな。


「あの、ここ、なんか妙な感じがします」


「魔力溜まりって言われる場所だ。超強力な魔術だか魔法がぶち込まれた跡地はこうなるらしい。ここは魔王がやった場所だな」


 先生が身じろぎしながら訪ねてくるが、たぶん魔王よりあんたが背もたれにしている黒龍王の作った魔力溜まりの方が多いぞ。


「もしかしてこの荒野全部魔王の仕業っすか?」


「その辺の記録すっぽ抜けてるから、何とも言えんが一説にはそうだと言われている。属性が混ざり気ないし、恐らく一撃じゃないかな」


 複数の属性や、何度も魔法をぶち込んだ場合魔力溜まりはもっとこう、混沌とした感じになる。

 今あるのは純粋な魔力、言うなれば高濃度の空気と変わらない。

 が、黒龍王がブレスで作った魔力溜まりなんかは炎属性が付与されて、そこいら一帯が灼熱の魔力溜まりとなる。

 森でもブレスは使ってたけど、手加減してたし、そもそもあの森そのものが魔力溜まりだ。

 ちょっと強化された魔獣が出てくるようになるとは思うけど、そこまで変化はないだろう。


 そして複数の魔力や属性違いの魔法をぶち込んでできた魔力溜まりは、そりゃもうヤバイ。

 平衡感覚も肉体の感覚も失った状態で、目隠ししながら耳鳴りや吐き気と戦いながら、時折現れる魔獣が更に変質した変異獣なんて言われる連中を殺して進む。

 魔力の影響は人体や魔獣だけじゃなく、持ち物にも影響を及ぼし、装備が崩壊したり、食べ物が腐ったりは当然。

 時にはそれらの持ち物に疑似的な魂が宿ることで敵対することだって珍しくない。

 それをどうにかしようと研究者が頭を突き合わせて考え込んだ結果、被害を増やさないために立ち入りを禁止したり、この中立地帯みたいに各国連携した手出し無用の秩序を形成する事になった。

 バランスが保たれているって言うのは、何か一つでも不用意な事をすれば全部崩れるってことだからな。

 綱渡りみたいな状態になっているわけだ。


「この辺りは安全そうですが、魔力による感知は無意味みたいですね」


「まぁあそれはレベル次第だがな。ただ普段より魔法や魔術の行使は楽になるぞ。一方であまり強すぎる魔法とか使おうとすると、土地の魔力に喰われて消えるからそこだけ気を付けておけ」


「喰われるとは?」


「見てな」


 手のひらに小さな火の玉を起こす魔術、一般入門魔術や家庭用魔術に分類される火種となるものだ。

 集めた薪に着火してから、手元の炎に意識を向ける。


「こういった小さい魔術は後押しされるように使いやすくなる。ここで魔術の基礎を学ぶ人間も多いくらいには有用だ」


 よく貴族の坊ちゃん嬢ちゃんがここの隅っこに持っている貴族たちの別荘地で練習していると聞く。

 初めて魔術を使うならここは理想的だろうしな。


「じゃあこうするとどうなるか」


 込めた魔力を増やしていく。

 徐々に大きくなっていき、私の身長を超えたところで魔術が霧散した。


「と、まぁ何かしらの制約があるようでな。魔力量か威力か知らんが、こうしてデカい魔術や魔法を使おうとすると失敗する。これを魔法を喰われるというんだ」


「……あの、それは治癒魔術もですか?」


「そこの線引きが難しい理由がそれ。攻撃魔術も治癒魔術も支援魔術も、分類問わず使うのに後押ししてくれるんだが、治癒魔術だけは喰われたって記録が無い。ただ非公式なものを調べたら蘇生目的の魔法だけは喰われたってあったから何かしらの法則があるんだろう」


 先生の疑問はかなり重要だ。

 ヒーラーの能力が制限されるっていうのはそれだけきつい。

 ただ実際ここでは治癒魔術が喰われたという事は無く、支援魔術も同様だ。

 魔法の領域であろうと攻撃に転用できないようなものならば、それは例外なく後押しされる。

 まるで意志でもあるかのようで気分が悪い。


「で、黒龍王。実際ここはどうなっているか知ってるか?」


「我が知るはずないだろう。確かにここは魔王の一撃でできたと聞いているし、その直後を見に来たこともある。だが……うむ、やはり魔力の濃度は上がっているな」


「そうか……」


 まぁ龍の一族は気まぐれで、その時々の思い付きであっちこっち飛び回っているからな。

 だからドラゴンと間違えられたりするんだが、それは言わないでおこう。

 しかし魔力の濃度が上がっているか……もしかすると、本当にそうなのかもしれないな。



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