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第32話

 こうして無事……と言えるかわからないが、黒龍王をパーティに入れたうえで私と司、先生と田中の4人と1頭のメンバーで旅に出ることが決まった。


「……大丈夫なんですか?」


「問題ないだろ。田中が黒龍王と一緒に異世界人の説得しているところだし」


「いえ、そこではなく」


 リリが気にしていることはわかる。

 まず田中の魂、向上心とかそういう言い方をしたがアレは完全に野心だ。

 どんな手段を使ってでも這い上がろうという、いかなる犠牲も問わずに上り詰めてやるという気概だ。

 今もこうして肩を並べられそうなのは単純で、帰れない可能性も視野に入れているからだろう。

 今回の選抜で私を攻撃させたりしたのもあいつの仕込みだ。

 パーティの頭脳として働いてくれるなら頼りにできるが、こっちの敗色濃厚となったら簡単に裏切る。

 次に司だが、リリもその異常性は一目で見抜いていた。

 彼女も彼女とて手段を択ばないからこそ、今王女の座につけているわけだが、そんなリリでも篭絡は無理だと早々に手を引いたほどである。


 ブレーキの無い戦車のような存在が、常にアクセル全開で進む。

 敵に向かう分にはいいが、矛先がこちらを向いたら魔王に匹敵するかそれ以上の脅威になりうる。

 先生は人間性こそ文句なしだが、だからこそ恐ろしい。

 少しでも倫理観に反するような行為を取れば、私は信用されなくなるだろう。

 魔王討伐なのだから仲間の死亡なんて当たり前、時には殿を任せて逃げるなんてこともあるがそれを引きずる可能性も十分あるわけだ。

 最悪の場合を想定するなら離反されて、ハルファ聖教辺りに売り飛ばされてってところか?

 信頼できる黒龍王も田中と契約をしたという事実が枷になっている。


 そもそも契約というのが魔術契約の基になった、人ならざる者達の行いだ。

 魔術契約は黒龍王とかが使うものを人間でも使えるようにデチューンされたもので、下位互換と言っても差し支えない。

 それを魔術と言う術式にした事で世間に普及したのだが、命はもちろん魂もかけた物であり、それに反した行いをすれば相応の罰が下る。

 今回の黒龍王との契約の主導権は私が握った。

 田中の離反を避けるためでもあるが、それ以外にも黒龍王の魂を案じての行為だ。


「契約に穴があったとして、それをどう使ってくるかが問題だな」


「そもそも契約をさせないか、あなたとの契約にすればよかったのでは?」


「無理だ。流れを完全に操られていたし、黒龍王自身が言い出したことだからな」


「なら穴の無い契約をするとか……」


「それこそ無理だ。法律にだって抜け道があるように、契約だって違反しているように見えてそうじゃない事もある。複雑な内容にすればするほど、そういう穴は増える」


「なるほど……後学のために聞きますが、簡単な契約の場合はどうなのでしょう」


「契約の内容って言うのは盾だ。複雑って言うのはそれだけ盾の枚数が多い。簡単な内容だと一枚とかそんなもんだ。多数の盾をすり抜けるのと、一枚の盾を躱すの、どっちが楽だ?」


 そういうものなのだ。

 簡単すぎるとそれだけ抜け道が多く、逆に複雑化させすぎるとこちらで意図していない穴ができやすい。

 ついでに複雑すぎると知らないうちに契約違反して死ぬこともある。

 なので今回は当たり障りのない内容にしておいた。


「大体の場合10個くらいの項目を用意するんだ。今回は田中は黒龍王の指示を聞く代わりに、黒龍王も田中の指示を聞く。あくまで聞くだけで従えとは言っていない」


「つまり聞いたけれど無視しても罰則はないと」


「そう、聞こえない状態や聞き逃しが罰則にならないようにしているけどそこも注意するべきだな」


 契約も魔術契約も根本は同じなので、基本的に融通が利かない。

 プログラムと同じでそこに記されたこと以外は関係なく、指示を聞けと書いてあるのに騒音で聞こえませんでした、聞かなかったから死ねとなる。

 この手の抜け道みたいなのは大抵が魔術師ギルドで解読されたけど、詐欺師が絶えないように鼬ごっこなんだよな。

 読みといたら次の問題がとか日常茶飯事だ。


「あとは互いを裏切らない。ふりならいいが、本格的に裏切った場合は死ぬって契約だ」


「ふりならいいんですか?」


「むしろ本気かどうかがわかるから助かるくらいだ」


 ただ、あくまでも裏切ったふりをしていたら契約相手が死んじゃいましたとかそういう場合もあるから何とも言えない。

 今回みたいな危険な旅となると、田中の洞察力次第では裏切ったふりして魔王に接近、情報とかは当たり障りのない範囲で流しつつ様子見してこっちが全滅するまで待つとかやりかねない。


「それ以外だと……3度だけ私の命令に逆らうなってのを加えたな」


「第三者が干渉できるんですか?」


「立会人権限ってやつだ。表向きには知られていないし、魔術契約では省いた部分だが契約が上位互換とされている由縁でな。立ち会った者は両者に害を与えないように契約項目に一つだけ内容を追加できる」


「そんなものが……いえ、それより3度の命令ですか?」


「正確に言うならもうちょい複雑な文面なんだが、そんなもんだと思ってくれて構わんよ」


 例えば国も海も超えた先にいる相手に命令をして呼びつけたのに来なかった場合も死ぬんだが、さっきの聞くって言うのと同じ内容だな。

 こちらの命令に従える状況と能力があれば絶対に実行しろって話だ。

 それにこちらの指示を命令と勘違いしないようにしてある。


「それは世界を跨いでも続くのですか?」


「わからんが、契約の終了条件は立会人がいる状態で双方が終了を認め支払いをした場合になっているからいつでも終わらせられる」


「支払い?」


「田中がお仲間のマスタークラフターってジョブの奴と私共同で作品を作って提供するよう取り付ける事」


 本当は物をよこせと言われたけど、私か異世界人君のどっちかが死んだら終了にこぎつけることができないので却下した。

 クラフターってだけあって道具作成には向いているし、それらを十全に生かして敵を倒す事もできるけど本人はそんなに強くないからな。

 破壊者君に上げた変身ベルトと似た装備を用意してやった。

 こいつだけ特別に二つも魔道具あげたんだからな?

 魔力が残っている限りあらゆる攻撃を自動防御する魔道具とか国宝級だぞ。

 旧式だけど、ロストテクノロジー扱いされているような物品だしな。


 ダンジョンで拾ったはいいが研究中に行き詰って放置してたやつだから、構造分析出来たら教えてほしいと頼んだうえで譲渡した品だ。


「既に契約終了の条件は揃っているからあとは私と田中と黒龍王の三者が揃った状態で私がキーワードを言えば終わりだ」


「キーワードですか」


「あぁ、魔術契約は条件が満たされたら自動的に終了するが黒龍王の契約はいつ終わるのかは自由なんだ。とはいえ、実際もっと複雑な取り決めも必要なんだけどその辺は機密でな。キーワードそのものも他者にばれてはいけないんだ」


 契約終了のプロセスそのものは単純なんだけど、今回は黒龍王が買い手と言う扱いの契約になっている。

 つまり本人が満足したかどうかってのも重要なんだが、実は商材は私らが道具を作ると確約する事だけじゃない。

 田中の奴がどれだけ黒龍王を楽しませるかという内容も含まれている。

 つまり黒龍王が飽きたらすぐにパーティを抜ける事も可能だが、田中から一方的に切る事の出来る物じゃない。

 こうやって上下をつけておかないと後々面倒だからな……。


「ちなみに立会人にも相応の責任があるが、そこは聞くなよ。バラしたら罰を受ける事になる」


「つまり……ユキ様と黒龍王様が今回の旅で仲間を繋ぎとめるという事でいいですか?」


「その通り」


 先生の離反や勇者の暴走、田中の反乱を防ぐという意味で私達に役割が与えられたことになる。

 私一人じゃ厳しいが、黒龍王がいれば最悪国の一つや二つは簡単に消し飛ばせるからな。

 魔王も黒龍王と正面切っての戦いは厳しいだろうし、成長途中の司なら私と黒龍王で対処できる。

 イレギュラーさえなければ、という但し書きがつくのが怖いんだけどな……。


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