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第30話

 森に生徒たちが入って二日が過ぎた。

 その間私は精霊術師のスキルを使って全員の位置と行動、それと魔獣の動きを探り続けていた。


「で、今回の勇者はどんな奴だ」


「化け物だよ。勇者よりも魔王みたいな性格、と言ったら魔王に失礼だ。あいつは人情味があったが、今回の勇者にはそれが無い」


「ほう、随分と奇妙な奴が選ばれたようだな」


「人形のような人間だよ。その場その場で正しい行動をしているが、役割を果たしているだけみたいな奴」


「なるほど、だが気に入っているようにも見えるが?」


「生きてる奴は何かしらの役割があるって信じたいって言ったら笑うか?」


「笑わんさ。誰しもが一度は考える事であり、そして現実という壁にぶつかって初めて命に価値などないと知る」


「ドラゴンのあんたでもそんなこと思うのか」


 今話しているのは私の古い友人であり、外の世界について色々教えてくれた師匠の一人。

 黒龍王と呼ばれる存在だが、その名前を知る者はいない。

 私含めて全員がドラゴンだの蜥蜴だの龍王だのと呼ぶが、戦闘力だけなら魔王には劣るが私でも勝てない相手だ。


「しかし面白い男が他にもいると聞いた。聖女もいるそうだし、お前もついていくとなれば今回は楽な討伐になるだろう」


「そうでもないぞ。今その面白い男はサルの群れにケツ狙われて必死に逃げてるし、聖女は恩寵痛でぶっ倒れてる」


 田中は常に発情している猿の魔獣に襲われている。

 パーティと頑張って撃退しているが、数が多いからか苦戦を強いられているようだ。

 相手を問わず会話ができる能力も脳みそまで煩悩に支配された魔獣相手に入実が無し……どころか、なまじ言葉を理解できるからいらぬ恐怖心に駆られて攻撃の精度が落ちている。

 一方の先生は巨大なミミズを破壊者君たちと共に撃破した際の恩寵痛で動けずにいる様子。

 ガーディアン女子が担いで、破壊者君が周囲警戒しながら移動しているが今日はもう狩りをやめるようだ。

 賢明な判断と言ってもいいが、背負うなら破壊者君に任せてガーディアン女子はいつでも動けるようにした方がいいだろうに。


「して、あれがその勇者か」


「あぁ、想定よりかなり速い到着だ」


 黒龍王を呼んだのは今回の試験で司に死の恐怖を知ってもらう事。

 そして可能ならば選抜メンバーにもそれを知ってもらう事だ。


「では、本気で構わんのだな」


「むしろ本気じゃなければお前が狩られる。餌じゃなく敵として認識した方がいいぞ」


「強いのか」


「レベルは低いが、さっきも言った通り役割を果たす事だけに執着している。遊びにはなるだろうさ」


「ふっ、面白い」


 ドラゴンなのにニヤリと口元が動いたのが見えた。

 私は近くの木の上から見守ることにしたが、司はあと数分で黒龍王と対峙することになる。

 そう思った瞬間、黒龍王は今まで隠していた気配を破裂させるようにして森中に存在感を知らしめた。

 同時に殺意も魔力に乗せて発した事で森の中にいる生物たちは本能的に恐怖を覚える。

 私も例外ではないが、唯一違ったのは司だ。

 ……恐怖心も欠落しているのか? あいつは。


「しっ!」


 邂逅まで時間があると思った距離を一息に詰めて、容赦なく眼球を狙った司。

 しかしその一撃は瞬きで簡単に防がれ、身動きの取れない空中で黒龍王にはたきおとされる。

 黒龍王がつまらなそうに鼻を鳴らしたと同時に、砂煙の中から切りかかり、そしてまたはたき落とされること数回。

 常人なら心が折れてるし、司であっても物理的に骨が何本か折れているだろうに諦める様子はない。


「小さき者よ。なぜそこまでして立ち向かう」


「弱肉強食がルールと聞いたのでそれに従っているだけです」


「ふっ、ならば散れ弱者よ」


 口を大きく開けた黒龍王。

 明確な隙だが、あればブレスの構えだ。

 一瞬の後には司は跡形もなく吹っ飛び、その後方にいる連中にも多大な被害を与えるだろう。

 まぁ後ろの連中は持ってるスキルと魔法と魔術全動員して守るとして、司は……目を離した隙に口の中に飛び込んでいきやがった……あいつ本当に怖いもの知らずだな。

 口内を攻撃するのかと思ったらそのまま喉の奥に突っ込んでいこうとしたのを咳で吐き出されたあたり、やはり戦うというには早すぎたんだろうか。


「おらぁ!」


 と思った瞬間、空からバッタモチーフの鎧に身を包んだ男が降ってきて黒龍王の背中を蹴り飛ばした。


「よう、ガン飛ばしたのお前か? ぶっ殺してやる!」


 あ、こいつナチュラルバーサーカーか。

 チンピラの中でも怖いもの知らずというか、向こう見ずなタイプだ。

 破壊者のジョブを得るだけあって頭おかしいんだな。


「っ!」


 地面に倒れ込んだ司に淡い光が降り注ぐ。

 治癒魔術の中でも上級に近いそれは……。


「先生……」


「くっ、ふぅっ、つか、さ君。大丈夫、で、すか?」


 恩寵痛の真っただ中だろうに、それを無視してここまで来たのか。

 あの殺気も浴びたから顔色も優れないが、それでも魔術の精度は高い。


「わっ!」


 黒龍王が敵が増えたことで翻弄され始めたのか、誰を狙うかと見渡している間に耳元でハウリングボイスによる攻撃を受けた。

 言うまでもなく田中だが、あいつ隠密系の魔術なんてどこで……いや、先生の仕業か。


「召喚! ブラッドベア!」

「ハイパーシールド!」

「エターナルフォースブリザード!」

「目からビーム!」


 魔法系の攻撃が黒龍王に直撃していくが、そのどれもが威力不足。

 また遠距離からの射撃もあるが豆鉄砲。

 続けざまに近接系が殴りかかり切りかかり、刺したりと頑張っているようだが意にも介さない様子でそれを眺めている。


 意外だった。

 あの殺気を受けてまともに立っているどころか、全員がこの場に集まるとは思わなかった。

 逃げ出すだろうと高をくくっていた。

 何なら見下していたかもしれない。

 だというのにこいつら……。


「よう、遅くなったな司」


「なんで……」


「そりゃお前がクラスメイトで、友達だからだよ。ちびったけど、それでもほっておけねえってな!」


 こいつらは想像していた以上に強い心を持っていた。

 並大抵の精神では殺気だけで発狂、さもなくば死んでいただろうに……あろうことか駆けつけて攻撃をするとは思うまい。

 まったく、つくづく私は教師に向いていないらしい。

 こんな金の卵たちを大したことがないと思っていたとは。

 だが……。


「雑兵がいくら増えたところで変わりはせぬ。まとめて殺してやろう」


 そう、数が増えただけじゃ黒龍王には勝てない。

 たった31人、心許ない数だ。

 レベルだって最高値の司が34、装備だってボロボロでもはやかなうはずもない。

 だというのに立ち上がり、そして絶対に殺すという意思を黒龍王に向けて見せるのは……本当に勇者という役割を果たすためだけなのか?

 正直そう考えないとつじつまが合わないのに、何か別の理由に期待している私がいる。


 と、思ったのもつかの間。

 生徒たちが集まり黒龍王を挑発し始めた。

 私がいる木の前で。


「あ?」


「散れ! 虫けら共!」


 放たれたブレス、それが眼前に迫るのを見て咄嗟に持ちうる限りの手段全てを出して身を守る。

 それでも守れたのは私一人……全滅させてしまった。

 後悔先に立たず……とか後悔するほど馬鹿じゃない。

 あいつら私に押し付けやがった!

 ここで見てるのばれてたみたいだし、誘導して司とガーディアン女子、それから先生以外は発煙筒で逃げたようだ。


 賢い判断だけど恨み買うぞ、それ。

 というかガーディアン女子、黒龍王のブレスに耐えるとかすごいな。

 その支援をした先生と田中も……あれ、田中?


「なぁなぁ、ドラゴンさん。あんた強いなぁ」


「む?」


「おすわり」


「ぬおっ! なんだこれは! 重力魔術か!?」


 黒龍王が押しつぶされそうになるのを耐える。

 田中……言霊とでもいうべきか?

 トーカーの能力を支援と対話とばかり考えていた自分の浅識に恥じるばかりだ。

 周囲を和ませるくらいの力があるならば、逆に戦意を奪ったり服従させたりもできると考えなかった私は馬鹿だ。


「司君、いまだ!」


「はあああああああああああああ!」


 司が武器にありったけの魔力を込めた。

 尋常じゃない、そう表現するしかない魔力の奔流が短刀に収束されていく。


「受け取ってください! エンハンス!」


 先生の支援魔術も完璧……どころじゃない、これはもう魔法の領域だ。

 ここにきて覚醒したか? いや、そんな素振りも見せてないし……まさか!


「落ちろぉ!」


「貴様が落ちろ小さき勇者よ!」


 黒龍王の爪が振り下ろされ、それを右手に持っていた長剣で弾き飛ばす。

 先生の支援魔法があってこその力だが、武器はそれに耐えられない。

 いくら頑丈性を追求したと言っても所詮は試作品。

 ありきたりな素材で作ったそれはいともたやすく砕け散る。


 だが活路はできた。

 長剣ではなく短刀に魔力を込めたのはその小ささ、つまりは魔力の圧縮率の高さからだろう。

 たとえ10万や20万の魔力でも手のひらに収まるサイズにまで圧縮すればドラゴンの鱗であろうと貫くことは難しくない。

 だが一つだけ、司達は勘違いしているようだ。


「きかぬわ!」


 黒龍王の鱗はドラゴンと比べられるような硬度じゃない。

 短刀は魔力圧縮による負荷と、そして黒龍王という絶対強者の鱗、勇者の馬鹿力+聖女による支援魔法の威力に耐えきれず砕け散る。

 そして司も、先生も魔力切れでその場に倒れ伏した。


「ふんっ!」


 田中の言霊による阻害も余裕を取り戻した黒龍王にとっては糸で縛られたようなもの。

 油断と手加減があったとはいえ、数秒拘束できただけでも拍手喝采と言っていいだろう。


「では……死ね」


 尾を振り司が跳ね飛ばされる。

 羽ばたきで先生が地面を転がり木にぶつかる。

 振り下ろされた腕は直撃しなくとも田中を吹き飛ばす。

 勝負あり、普通ならこのまま終了だ。


「くっ……ふぅ……作動しろ!」


 倒れ伏した田中が力の限り叫んだ。

 また言霊か? いや、だが何を作動させ……あぁ、転移と発煙の魔道具か。

 撤退するというのは悪い判断じゃない。

 たしかに命の危機だし……あん?


「むっ!」


 バサッと羽を広げて飛びあがる黒龍王。

 同時に転移の魔法が彼の足元で展開された。

 あと一瞬気付くのが遅かったら、その手脚は魔道具に込められた魔法によって王宮まで飛ばされていただろう。

 転移魔法でよくある事故だが、範囲内からはみ出た部分は切り捨てられる。

 空間丸ごと入れ替えているようなものだから当然と言えば当然なのだが、そこに硬いとか柔らかいとかは関係なくだ。


「くっそ!」


 血反吐を吐きながら悔しがる田中だが、最早反撃するほどの余力は残っていないようだ。

 雄叫びに魔力を込めた、ある意味では奴の求めている魔法の最高峰を眼前ではなたれ三人とも気を失った。


「未熟ながらに見事な者達だ」


「だな、まさか実力を隠していたとは思わなかったよ」


 田中たちは最初から実力も、そして本性も隠していた。

 どこから演技だったのか、誰がそう仕向けたのかはわからない。

 消去法で行けば田中なのだが、恐らくこちらの腹積もりを探っていたのだろう。


「まったく、すっかり騙された」


「持ちうる全てを使いこちらを削ろうとする。勇者らしからぬ戦いだが、ジョブに溺れぬ良い戦い方だった。それだけに残念だ」


「と、言うと?」


「こやつらが実力を隠していたというのであれば、本気の状態でお前の訓練を受ければ結果は違っていたかもしれない。あるいは武器がまともならば、我も無傷とはいかなかっただろう。だが、だからこそこ奴らは慢心せず全力で挑んできた。人間の知恵は魔獣の群れより恐ろしく狡猾、そしてジョブの力を生かしながらも身の程を知り鍛え抜かれていた。まさしく勇者、まさしく化け物、魔王を討つというのであればこの程度の気概は必要である」


 珍しく他人をほめちぎっている。

 黒龍王が人間を称賛する事なんてめったにないんだが、その半分は私に対する皮肉だな。

 隠し事見抜けなかった事とか、ちゃんとした武器を与えていなかったことに対する物。

 まぁ事実だから甘んじて受け入れよう。


「さて、とりあえずこいつら連れて帰るが……背中に乗せてもらえるかい?」


「うむ。我はこやつらを認めた。お前の事はとうの昔に認めている。故に背に乗る事を許そう」


「じゃ、あっちの方に王都があるから頼むわ」


 しかし……龍に乗って帰るとなると少し騒ぎになりそうだな。

 リリに連絡入れておこう。


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