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第26話

 そうして迎えた準備の日、他の奴らはそそくさと街に出て必要な物資を揃えようと頑張り始めていた。

 中には所持金が足りないからとか、もう少しレベルを上げたいからと各種ギルドで仕事をこなそうとしている奴もいるが……日帰りクエストでの稼ぎは少ないだろうな。


「はい、先生あと一周。田中は残り三周、司は一時間」


 並走しながら三人を鼓舞する。

 まず準備運動からだけど、魔法系ジョブの二人はとにもかくにもスタミナが重要だ。

 ついでに言うと疲れているときにどれだけ正確な魔術を扱えるかというのも審査対象ではある。

 既に選別は始まっているのだ……サボり組なんかは金銭面でもギルド登録でも他の奴らより一歩遅れたところにいる。

 書庫組は訓練組と比べて体力差があるが、訓練組よりも知識があるので一長一短。

 そしてこいつらだが……。


「ひぃっ、ひぃっ……」


「ぜはー、ぜはー……」


 走り終えた瞬間倒れ込んだ先生と田中。

 普段の倍くらいのメニューなんだが、無事終える事が出来た。

 汗を流して死にかけているけど、今後旅に出るとなるともっとつらい場面もあるだろうからこのくらいは最低条件だ。

 まぁ体力を理由に魔法系ジョブを選別対象から外す事は無いが、逆に魔術や魔法に秀でているからこそ選別から外した奴はいる。

 物理関係も同様で、破壊者君は既に居残りが確定しているのだ。

 理由は色々あるが、彼の能力を上手く使えば即席の堀ができる。

 賢者君の術式解析なら送還魔法の完成も近づくしね。


「はい2人とも起きる。まず二人にはガンドの練習をしてもらう。一応暴発の危険性を考慮して専用の防御魔法を展開しておくから安心してくれ」


 暴発した時の事を教えると二人ともビビってたけど、私が守る以上死ぬことも被害が出る事も無い。


「せっかくなんでお手本見せてもらえませんかね」


「いいぞ。的はあそこにある案山子だ。鎧を着せてあるが、あれも魔道具だから並大抵の魔術じゃ破壊できないように作られている」


 ただ、悪魔で魔術で壊れにくいだけでもあるけど、街の入り口に設置された門や王宮内の宝物庫なんかは大体この手の魔術が付与されている。

 大気中の魔力を吸って勝手に稼働、相手の魔術を受けてもその魔力を吸い取って力に変えてくれる類のもので冒険者の間でも結構人気がある。

 お金が無い時は二束三文で買った剣とかに付与して売りさばくといいのだ。


「今二人を守っているのは防御魔法のヴェール。更に二人を閉じ込める形で使っているのが入門魔術を基に作ったシールドだ。今の司でも壊すのに数百回の攻撃が必要だ」


「……これ、後で教えてもらえますか?」


「教えてもいいけど使えないと思うよ。魔法は魔術と違って自分で演算しなきゃいけない分集中力が必要なんだ。戦闘中に使いこなせるだけの実力を身に着けるまでを考えたら魔術を中心にした方がいい」


 先生のやる気は評価するが、いくらジョブ的に向いているかもしれないとしても魔法の扱いは簡単じゃない。

 私が難なく使えているように見えているのは私自身の長年の努力のたまものだ。

 そもそも魔法使いのジョブを得た場合、最初に苦労するのは魔法の演算だからな。

 魔法を発動するのに必要な魔力量、それに加えて想定している着弾位置と威力、着弾までの時間なんかも全部計算しないといけない。


 前世では週刊漫画家は週刊連採用に訓練された兵士だと聞いたが、割と似たような物で知っているのと使えるのと使いこなすでは大きな差がある。

 いや、本当に使えないわけじゃないけど、それでも問題は多い。

 どこか一つでも演算がくるっていると暴発するし、使い勝手がいいわけでもないからな。

 ジョブの補助があっても難易度そのものは一切変わらないと言っていい。


「とりあえずガンドだが、魔力放出と圧縮、それと移動の演算くらいしか使わない初歩中の初歩だ。術式通りにやれば真っ直ぐ飛ばせるし、込める魔力量を増やすだけで威力も上がる。移動の指定を変えれば縦横無尽に動かせるし、圧縮を途中で解除して爆破することもできる。簡単だが応用が利く魔術だ」


 指先に魔力を貯めて射出、言葉にすればこれだけだ。

 飛んで行ったガンドはそのまま鎧に当たって弾ける。

 入門魔術の術式そのまま使っているから威力は本当に弱いが、これでも一般人なら痣ができるくらいには痛い。


「魔力の流れ見えたか?」


「なんとか……」


「見えました」


「全然わかりませんわ」


 先生は日ごろの訓練があるからわかる。

 だが田中よ、お前魔術の授業も受けていたのになぜわからん。

 そして司はなぜわかる。


「仕方ない、田中は補助してやるからまず先生から」


「はいっ……えいっ!」


 ざっと5秒くらいだろうか。

 多少の溜めがあったが、ガンドの魔術は成功した。

 やはり向いていないが、攻撃魔術が一切使えないわけではなさそうだ。

 となると後は得意分野に絞って練習させるか。


「先生、次はもうちょい魔力を込めてみよう。そうだな……体感今の10倍くらい」


「わ、わかりました! …………んっ、えい! わわわっ」


 思いっきり打ち出された巨大なガンド、その反動に負けて先生が後ろに吹っ飛びそうになったのを受け止めつつ的を見る。

 魔術耐性の高い鎧だが微かに傷ができているな……凹んでいるが、そもそも今のは典型的な失敗例だ。


「今のでわかったと思うけど、これが魔法だ。魔力量を増やしたから威力が上がった。ただ圧縮しきれずに無駄が多かった。今のを完璧に圧縮できていたらあの鎧くらいは貫通していたけど、それらを状況に合わせて使い分ける必要がある。今の先生にそれができると思うか?」


「できない、です……」


「だろう? だからまずは魔術を優先して覚えて、術式への理解を深めた方がいい。とはいえ基本はこのガンドに詰まっているし、先生唯一の攻撃手段だ。しっかり勉強すれば魔法だってそう遠くないうちに使えるさ」


「頑張ります!」


 やる気があるのはいい事だ。


「じゃ、司……」


 声をかけた瞬間問答無用でガンドぶっ放しやがった。

 しかも先生にやれと言った10倍ガンドの完成版。

 射出までの時間は1秒もかかっておらず、魔力量と圧縮の演算だけを変えて打ち出したものだ。


「……天才肌って言うべきか、怖いもの知らずというべきか。普通は入門用の術式から始めるもんだぞ」


「そうなんですか?」


「いきなり魔法をぶっ放したやつの台詞じゃないな」


「確かに少し計算は必要ですけど、やったらできたので」


 ……いうだけ無駄か。


「じゃあ最後に田中。いつも声に魔力を乗せているんだからその要領で指先に魔力を集めろ」


「こうですかねぇ」


「もっとだ」


「ぬぬぬぬ……あ、なんか来た!」


「馬鹿野郎! 気を抜くな!」


 叫ぶと同時に田中が爆発した。

 いや、死んではいないけど暴発した。

 ガンドでよかったよ、普通の魔術だったら致命傷だぞ。


「田中……お前致命的に魔術に向いてないわ」


「そんなぁ」


「とか言いつつお前悲しそうな表情してないぞ。ダメでもともとくらいな感覚だっただろ」


「バレました?」


「あぁ、ただお前……」


「ん? なんです? 秘めたる才能でも見つけましたかねぇ」


「ある意味ではな。魔術の才能は欠片も無いが魔法の才能はある。ただそのために必要な演算能力が低すぎてなぁ……ガンドを使いやすいように変えられたりしないか?」


 その言葉に少し考えるそぶりを見せる田中。

 そして何かを閃いたかのように、わざとらしく指を立てて天を見上げた。

 いちいち動きが五月蠅いんだよな……まるで道化師だ。


「じゃあいきまっせー。わっ!」


「っ!」


 突然の大声、だがそれ以上に驚いたのは魔術耐性の高い鎧がバラバラに砕け散った事だ。

 なるほど、声を媒介にして魔力の波を与えたか……普通の魔獣なら今の一撃で致命傷、しかも範囲も広く避けにくい。

 魔法としては異端もいい所だけど、それを言い出すと魔法に正道も王道もないからな……。


「名付けてハウリングボイス!」


「こうしてはっきり言うのは癪だが、いい魔法だ。あとで術式にして魔術として登録できるようにしておいてやる。魔術師ギルドに売れば多少の財産にはなるだろうからな」


「あざっす!」


 思わぬ拾い物をしたが、これで一通りの魔術訓練、そして魔法訓練はできた。

 じゃあ次は実戦を想定した訓練だな。


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