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第25話

「今日は生徒に守られてばかりで……」


「そういうジョブだから」


「でもお手伝いもできなかったんですよ……」


 先生は予想通り教えを請いに来た。

 とはいえ、まずはお悩み相談からのスタートである。

 大体いつもの流れがこれで、悩みを解消するための魔術を教えていることが多い。

 でもなぁ、今回に関しては先生の落ち込み方が激しくて向いてそうな魔術が思い浮かばないんだよな。


「じゃあ先生としてはどういう活躍がしたかった? 田中みたいに支援すること? それとも賢者とかカードマスターみたいな攻撃?」


 こういう時は思い切って本人のやりたい事を聞いてしまうのが手っ取り早い。

 長命種にとって時間は無限に近いけど、短命種との付き合いの場合はその時間を惜しめというのが住処の外で活動する長命種のモットーになりつつある。

 まぁ出てきたばかりの奴らは大体それで後悔することが多いし、結構な数のエルフが仲間との別れに耐えられず森に戻ったという話もあるしな。


「……わがままを言うならどちらもこなせれば嬉しいなぁと」


 両方か……ぶっちゃけ聖女というジョブに関しては判明していない部分が多すぎる。

 まず勇者と並んで存在が稀少、おまけに会おうと思って会える相手じゃない。

 大抵の国が囲い込んで、時には奴隷として契約を結んで人前に出さないようにしている。

 勇者は旅に出るのが当然みたいなところあるから、割と記録が多いんだけど聖女はどんな活躍をしたかくらいしか書かれていない。


 歴史書を読んでも多くの民を癒したとか、流行病を治めたとか、戦で仲間を鼓舞したとか、砦を魔法で守り抜いたとか、そういうのしか出てこない。

 そこから推測できるのは回復と支援、それと守りに特化した魔法系ジョブなのではないかという事。

 先生に攻撃魔術を教えていない理由もそこにあり、破壊者君なんかがわかりやすいが適性が低すぎると暴発することだってある。


 彼の場合そもそもの潜在魔力値が低かったから大した問題にはならなかったが、それでも訓練場の一角を吹っ飛ばすくらいの威力を発揮した。

 じゃあとんでもない魔力を持っている先生が暴発させたら。

 最低でも王宮を中心に城まで吹っ飛ぶ。

 生存者なんかいないだろうなってくらいの爆発で、私でもぎりぎり耐えられるかどうか……いや、エルフの体質的に死ぬな。


 ステータスが高いだけで生き物の範疇から逸脱しているわけじゃないから致命傷を負えば死ぬ。

 回復魔術やポーションにも限度があるし、死にかけの状態で魔術やインベントリをまともに発動させられるとは思えない。

 けど、あれなら……というのがないわけではない。


「んー、少なくとも支援はできると思うよ。ただ攻撃の方はなぁ……」


「やっぱり難しいですか?」


「いや、そうじゃなくてな」


 暴発の事を教えると顔を青ざめさせた先生。

 そりゃそうだ、普通に怖いよな。


「だから今日教えて、すぐに実践というわけにもいかんのよ。代わりに支援魔術を纏めた魔導書があるからあげる」


「いいんですか?」


「魔術師ギルドに頼んで一通り用意してもらったからね。私の懐は痛まないし、その本の中身はもう覚えたから」


 新しい魔術なんかもあったが、既存の物を改良したというのが多かった。

 完全な新作というのは一応あったんだけど、まだまだ発展途上ってところだったな。

 術式としては安定しているものの、効果に対して魔力消費が多すぎる。

 長い時間をかけてこれらを改良していくのも彼等の役目だ。


「ではありがたくいただきます……」


「で、ついでにこれを覚えておいてほしい」


「これは?」


 もう一冊本を取り出す。

 タイトルは入門魔術一覧表。

 世間一般では魔術はいくつかの段階に分けられるが、下級から始まり上級までが個人で仕える範囲とされている。

 その上の複数人で発動する物は戦術級、戦略級、破滅級、禁呪、世界級の五段階。


 ただそこに含まれていないのが二種類あり、家庭用魔術と入門魔術である。

 家庭用魔術は文字通りご家庭で役に立つが戦闘では使い物にならないもの。

 例えば火種という魔術はその名の通り小さな火種を作り薪に火をつけるための物で、光源は狭い範囲を照らす事ができる。


 他にも水の浄化や、薪の乾燥といった名前の無い魔術も存在するが、これらのおかげで魔術を邪悪なものとして扱うような国以外の民は快適な暮らしができている。

 ……たまにあるんだよ、魔術を闇の呪法と呼んで忌み嫌う人達が集まってできた国とか。

 エルフは独自の情報網でそういう国を避けているけど、私は変装魔法で顔や声、時には性別や体格も変えて潜入したりして色々遊んでたけどね。

 大体の場合、そういう国のお偉いさんが魔術を独占しているだけだったりしたけど、ハルファ教とは異なる出自の宗教だと魔術の使用を全面禁止しているところもあった。


 もう滅びた。


 話を戻して、入門魔術とは多少の攻撃力はあるが本人の才覚に左右される魔術であり、実質魔法だ。

 貴族や冒険者を目指す子供はまずここで魔術適正があるかを学ぶ。

 先生に教えてあった防御魔術もこの派生だからこそ術に余裕があって本人の資質で範囲を広げたりできる。

 その中には攻撃に使える物もあるのだが、発動が簡単な分殺傷力を持たせるのは非常に難しい。

 ただ適正さえあれば誰でも使えるって代物で、暴発するような事故も今のところ報告されていない。

 破壊者君みたいな近接アタッカーで魔術適正が皆無に等しい人ならともかく、先生は聖女のジョブだからよほどの事が無ければ問題ないだろう。


「それ、入門書なんだけど魔術としては異端に分類されるんだ。例えばこのガンドって魔術は使用者の資質と込める魔力で威力が変わってくる。シールドは先生に教えた防御魔術の祖だけど洗練されてない代わりに発動が早く本人の資質次第ではこっちの方が使い勝手がいい。他にも炎や雷、風の刃を飛ばすような魔術も載っているから」


「じゃあこれがあれば……」


「待った、話はそう簡単じゃない。魔術師にも種類があって赤魔術師は炎の扱いに長けている代わりに水魔術や氷魔術と相性が悪い。この相性をひっくり返すには鍛錬以外に方法がないんだが、本職の青魔術師には負ける。治癒魔術師は支援や回復に特化している分攻撃魔術との相性が悪い可能性があるから滅茶苦茶つらいよ」


「それでも生徒だけを戦わせるわけにはいきませんから!」


 鼻息荒く立ち上がった先生は夜中に大声を出したことを気にしてか、顔を赤らめてソファに座りなおした。

 まぁ防音魔術使ってるから外に声は漏れないけどな。


「なんにせよ優先するなら支援魔術から。明日田中と一緒に司を実験体にするとして、攻撃魔術はその時使えるかどうか調べてみよう」


「……生徒を実験体にするのは」


「私は魔術耐性が強すぎるしレベルの差もステータスの差も大きすぎるから先生の魔術じゃ効果が実感できないんだよ。そういう意味じゃあいつが適任だ」


「そう……ですか……」


「気になるなら明日司に謝ればいいだろ。あいつは気にするなといったうえで普通に喜ぶと思うけどな」


 いかれぽんちとはいえ、多少他人を気遣うくらいはできるだろう。

 処世術に関しては一人前だったからな。

 ……とはいえ、善悪の判断はできているけれど法に縛られるような精神状態じゃないのも事実。

 明日生き残れるかな、私。



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