さてさて、近場の森なんて言い方をしたわけだが……実はここ、この辺りで一番の危険地帯である。
森というか樹海というべき場所で、生息する魔獣は最低でもレベル30代。
ジョブに就いていないノービスならばレベル50代のパーティ推奨となっているような場所で、戦闘向きのジョブ二人とヒーラーとタンクのパーティなら推奨レベルは半分の25まで下がるがクエストを受けて死ぬ奴は大体ここに来る。
そしてそいつらの遺体改修クエストなんてのもあるけれど、それは遠回しの死刑宣告であり、ギルド内で重大な規約違反をした際の罰則クエストでもある。
まぁ、なんだかんだで上手く回っているのは近衛を中心とした騎士達が訓練場としているかららしい。
もちろんギルドも連名で参加しているし、闇ギルドもちょくちょく毒草採取とかに来るついでに間引きをしているため魔獣が溢れるような事は無い。
だがなぜこんな所に王都ができたのかというと……私が原因だったりする。
王都がある場所はもともとそこまで栄えていなかった。
というか普通にどこにでもある集落で、放牧民族の土地があった。
養子に迎えた子が両親が死亡した事で民族を追い出された子で、一方の弟子はこの森に修行に来ていた。
当時の伝承では森には恐ろしい魔女が住んでおり、気にくわない事があれば強大な魔法で周囲一帯を焼き尽くしてしまうと恐れられ、近くを通る者達はお供え物をしていくという風習があったのだ。
うん、その魔女が私。
誰も来ない樹海の奥で色々研究進めてて、食料調達ついでにお供え物回収するか―ってなった時に養子が置かれてた。
流石に驚いたし、どうしようか迷ったけど拾った以上はね……という事で娘として迎え入れたのだ。
一方の弟子は、自信過剰でヒャッハーな性格だったのだが水源として利用していた湖の側で死にかけていたのを娘が拾ってきた。
治療してやってたんだが、娘に森での生き方を教えていたらいつの間にか並んで覚えようとしていたので正式に弟子にしてやった。
まぁ小間使いとして活用していたんだがな。
とはいえ、当時から現代まで続く認識では魔法使いは貧弱という物があるわけで、その解消に役立ったのが森の中を走り回ったり、水を汲んできたりという肉体労働だったわけで、魔法使いから魔剣士というユニークジョブに進化した稀有な例だった。
ちなみに娘は大魔導士っていうユニークジョブだったけど、今回転移してきた賢者と似たような分類だな。
超高速魔術、超高速理解、魔法も完璧というチートだったね。
比較は難しいが、戦闘という一点に関しては娘の方が賢者君よりは強いだろうな。
「さてさて、そんな賢者君はっと」
精霊術師の能力で森の中を見渡す。
まず最初に気になったのは賢者君のパーティ。
彼自身がヒーラーとアタッカーを兼用しているが、相棒として模倣師というユニークジョブ保持者がいる。
名の通り他のジョブの模倣ができるため、実質ヒーラー2人のアタッカー4人のタンク1人みたいなパーティに見えるかもしれないが……模倣師の能力が割と微妙。
レベルの問題もあるんだろうけれど、模倣先の能力の半分くらいしか実力を発揮できていない。
育てれば凶悪だと思うけどまだまだ発展途上。
とはいえ、ユニークジョブだけで固めたパーティだ。
この森で死ぬような事は無いだろうし、いざという時のために後を付けさせている闇ギルドの人間もいる。
王宮からも密偵を派遣してもらっているし、私もいつでも助けられるようにしているので問題は無い。
実際彼らは辛くも勝利をもぎ取り……あ、やべっ、重大なこと忘れてた。
「うごごごごごご……」
「筋肉がががががが……」
「骨がねじれぇえええええ」
「にぇええええええええええ!」
樹海に住む精霊を通して生徒たちの悲鳴が響き渡る。
地の匂いと悲鳴、そしてレベルが低い彼等は餌扱いされるような存在なので魔獣が寄ってくるのは必然。
なので蔦で球状に包んで守る。
「あー、闇ギルドのおっさんと密偵の嬢ちゃん。そいつらの恩寵痛が収まるまで見張っててくれ。万が一にも壊れる事は無いと思うけど、匂いや悲鳴に釣られてきた奴が多すぎたら間引いてくれると助かる。あ、毒は無しな」
恩寵痛、急激なレベルアップの際に発生する成長痛の事を指す。
伝え忘れていたが……まぁやばいタイミングでこの痛みを味わうよりはマシだろう。
文字通り身体が作り替えられていく感覚で、全身余すところなく軋むというかなんというか……。
ちなみに弟子曰く「股間を蹴り上げられるよりも痛い」とのことだ。
私は前世も今世も女だからよくわからんが、娘曰く「激重生理痛の10倍きつい」らしい。
これまた前世も今世も生理は軽い方だからわからんが。
「了解」
「承知」
制霊術師の能力、まぁほとんど電話だな。
精霊がいる場所に限るけど、彼等に伝言ゲームさせて相手に言葉を伝える。
一方でこちらも言葉を受け取れるし、遠隔で魔術を起動させることもできる。
このジョブ解析するのに10年かかったが、今まで使う機会あまりなかったんだよな……そもそもハイエルフだから精霊との意思疎通は親と会話するより先に済ませてたし、究明者のジョブに就いた後も彼等は変わらず友人だった。
マジで暇つぶし感覚だったな。
「お?」
ふと、とあるパーティが気になった。
田中と破壊者君、それに先生とガーディアン女子のパーティだ。
正直田中がいらないくらいにはバランスがいい。
守りに特化したガーディアン女子、攻撃に特化した破壊者君、簡単な守りと超ハイレベルなヒーラーの先生。
戦っている相手はハインドベアーという大型の熊だ。
今の季節だと冬眠明けで腹すかせているから気性が荒く、危険度が一つ上がる。
が、鉄壁の守りを崩せず、破壊者の一撃で詰めや牙を砕かれ満身創痍だ。
そしてついに足も腕も潰され、後は死を待つばかりとなった熊だったが、田中が前に出た。
「なぁなぁ、この辺りで比較的弱い奴らってどこにいるん?」
そう言えばこいつはあらゆる存在と会話が可能だったな。
トーカーは情報収取能力が高いという事か?
……いや、それだけじゃなさそうだ。
訓練を受けていた時と比べて破壊者君とガーディアン女子の動き、そして技のキレが格段に上がっていた。
支援系の能力も持っていると考えるべきか。
先生にはまだその手の魔術は教えていないし、痕跡も無いから十中八九田中の仕業だ。
「グ、グガ……ガゥ……」
「ほーん、ここから南の水場か。ありがとさん。ちなみに仲間になる気はない?」
「ガウッ……!」
「そっかー、残念。ごめん吉田君、手を汚させることになっちゃった」
「気にすんなよ! こういうのは俺様の役目だからな!」
……破壊者君、吉田っていうんだ。
まぁ興味ないからすぐ忘れると思うけど、やっぱりあの感じからして田中が支援していたんだな。
それにもしかするとテイマーの能力も持っているかもしれない。
カードマスターのユニークジョブと似た性質だが、あれはカードから魔獣や魔術を行使している。
一方でテイマーは自ら屈服させた魔獣を使役するレアジョブであり、その資質次第では一発で宮仕えになる事もできるほど貴重で、強力なジョブだ。
意思疎通ができるならば話し合いで味方に引き込める可能性もあるという事。
そして田中自身が魔法系ジョブということもあり、テイマーの魔獣収納空間を魔術で再現できるだけの力量を身につけた場合こいつの重要度は跳ね上がる。
一応メモして……あ。
「はい、保護したから間引きは頼む。毒抜きでな」
恩寵痛に苦しみ始めた先生たちだが、回復魔術の行使が早いなぁ。
やっぱり実戦は違うようだ。
が、残念ながら先生たちの肉体は正常な状態を維持したまま変質しているので無意味である。
弟子や娘の例えがピンとこなかっただけで私も経験はした事あるからな。
あの痛みは鎮静魔術でも防げない……なにせ肉体もそうだけど、魂や精神もレベルに比例して変化しているからな。
一部のジョブは特定レベルに達するとジョブそのものが進化したりするらしいが、中には条件があったりするからな。
究明にはまだ時間がかかるが、田中の成長方針が楽しみでもある。
他三人は大体わかりきっているからな……ところで、その恩寵痛を無視してバッタバッタと魔獣を切り伏せていく司はマジで何なの?
あの痛みに顔しかめるだけで動きが鈍ることも無いとか化け物か?