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第21話

 王宮に帰って、いつも通りの夕飯を終えた私達だが各種情報を集めている使い魔が面白い内容を持ってきた。

 曰く、今回外に出られなかったサボり組が訓練に参加してみたがすぐに根を上げたとのこと。

 そしてそいつらが脱走を企てているという事だ。


「てなわけで先生、そいつらの脱走なんだがある程度手伝ってやってほしい」


「は? え?」


「魔力を乱すなー」


「あっ、ぬー……ふぅ、どういうことです?」


 頑張って魔力の放出を一定量に抑えつつ、治癒の効果を持たせ続ける訓練。

 たった数日だというのに普通の魔法使い程度には洗練されてきたのは才能か、ジョブのおかげか。


「脱走を企てている生徒の手伝いというか、相談相手になってやってくれって話だよ。説得する必要はないぞ」


「でも危険なんじゃ……」


「そりゃ脱走だからな。ギルドにも所属していないから身分証も無し、金も無し、そんで外で生きるための手段も無いだろ? 普通に考えたら死ぬよ」


「なら止めなきゃじゃないですか!」


「はい、魔力乱さない。問題はここで誰かが止めたとしても諦めないってことだ。重要なのは自分で選んだと思わせる事」


「……ユキさんはなんか教師みたいなこと言いますね」


「先生の先生やってるし、司達も鍛えているからあながち間違いじゃないかな。過去に弟子を取ったのも一度や二度じゃないし、そもそもこの国の成り立ちに関わったのも教え子と養子だから」


「そうなんですか?」


「暇なときに歴史書でも読んでみな。とはいえ、あのくらいの年頃ってのは自分で選んだ道以外には反抗するもんだ。だったら誘導してやればいい」


「それは、どうやって?」


「私の友達に脅かしてもらう。ちょいと古い付き合いなんだが、ドラゴンの知り合いがいてな。そういうのが闊歩している世界だと知れば訓練も真面目にやるようになるだろうし、レベル上げだって積極的にやるだろうさ」


 逆効果で引きこもったとしたらそれはそれ。

 足手まといが外に出なくなって見張りやすくなったと思えばいい。

 ま、荒療治だな。


「それも危ないのでは……?」


「あー、まともに相手できるのは司くらいか? それでも1分持ちこたえられたら称賛できるような相手だが……いや、あいつの場合先に武器が壊れるか。なんだかんだで手加減上手だし、私より長生きで勇者の扱いも慣れてるから心配はいらんよ」


 たしか異世界人を保護した事もあるって言ってたし、そいつに魔法を教えた結果英雄って呼ばれるようになったなんて話もあったな。

 長らく英雄の誕生は見てないが、その育て親ってことで一部の国と民からは神のように崇められているらしいが……本人はそれを面倒くさいと思って放浪の旅に出たんだよな。

 連絡もしたし、あと数日もすればこっちに来るだろうけど。


「そういう強い方が現れると魔獣の動きが活性化すると聞きましたけど……スタンピードでしたっけ」


「そうそう、魔獣暴走。縄張りに強い奴来たから逃げて、ってのを繰り返した結果普段は出てこないようなのが街とか村もお構いなしに逃げてくるんだよ。もちろんその辺もこっちで管理しているから大丈夫だ」


 リリに相談したら近衛の変化と、異世界人に関わった騎士や王宮魔術師、そいつらが作った新しい魔術を試す機会だという事で了承してくれた。

 もともと定期的に国主導でギルド巻き込んで魔獣の間引きしていたらしいし、発生時期もわかっているから住民の避難誘導もできる。

 なにより実戦的な訓練ができるってことで各種ギルド長巻き込んでもろ手を挙げて歓迎したとかなんとか。

 なお被害にあった人達へは私のポケットマネーで賠償する形になるが、足りない分はまだまだ余ってる魔剣とかを売りに出すつもりでいる。


「戦う力がない人はどうするつもりですか? 例えば田中君とか……」


「あいつは未知数だからなぁ……とはいえ、実際に危なくなれば闇ギルドの連中が助けてくれる手はずになっているから大丈夫だ」


 魔獣は強いが狡猾なのはゴブリンやコボルトくらいだろう。

 それ以外は力任せに暴れるくらいしかできない。

 普段もっと狡猾な人間を処理する仕事をしている連中だからこの辺りにいる魔獣くらいなら問題ないだろう。

 一応友好的なゴブリンとかもいるんだが、そういう奴らは普通に人間社会で取引しているから避難誘導対象だ。

 それにマジでやばいのは私が先行して潰しておけばいいし、騎士や近衛も最前線で戦う手はずだ。


「まぁ4人組、パーティ単位で動いてもらう予定だから安心してくれ。先生も参加してもらうしな」


「私もですか!?」


「はい、魔力安定させて。当然だろ、レベリングも兼ねている実戦なんだから。だから先生もしっかりと治癒魔術を使えるようになっておいた方がいいぞ」


 と、言いながら自分の手にナイフを突き立てる。


「あ、っと!」


 回復まで1秒、完治まで3秒、合計4秒か。

 悪くない時間だな。


「慣れたもんだな、先生も」


 といいながら先生の指先をナイフで軽く切る。


「いっ……!」


 回復開始まで3秒、完治まで2秒、合計5秒か。

 やっぱり自分の怪我となると反応が遅れるが、その分自分の身体故に治し方もわかっているのか治りが早いな。


「本当なら手にナイフを刺したいんだけど……まだ早いよなぁ」


「怖いこと言わないでください! あっとと、また乱れそうに……」


「いや、マジの戦場となったら普通に腕が吹っ飛ぶくらいするからな? 槍が腹を貫通するとか日常だから。特に回復役なんて狙われて当然の立場だから真っ先に殺しにかかって来るぞ」


 人間相手の場合はな。

 魔獣はそこまで知能が働かない。

 ……やはりゴブリンとかは例外だけど。


「あ……う……」


「先生が想像しているよりもこの世界は野蛮だぞ。今だってどこかで親を殺された子供が攫われて売られているし、野営をしていた商人が夜盗に襲われている。人の命なんて布切れより軽い」


「そう、かもしれませんけど……」


「誰かが守ってくれるとか思うなよ? いざという時頼りになるのはいつだって自分の力だ」


「でも私、攻撃はあまり……」


「うん、だからこれを覚えよう」


 防御魔術、その中でも特に硬くて全方位の攻撃に対処できるアイギスを展開する。

 魔力消費が多いのが難点だが、先生の魔力保有量を考えればこのくらいならできるだろう。

 術式として完成しているから覚えてしまえばすぐにできるようになるだろうしな。


「それは?」


「防御魔術、名前はアイギス。魔術としては珍しく込めた魔力量で範囲を変えることができるんだ。鉄壁の守りだが、問題は消費魔力が多いってことくらいだな。私の魔力量でも二人を囲うとなれば半日が限界だ」


「……誰か来てくれるまでそれで身を守れという事ですか?」


「その通り。こいつは攻撃以外も全部弾くし、呪いとか反射させるから便利だぞ」


 もちろん攻撃を受ければ都度魔力を消費するから実際のところ半日どころか数時間ももたないだろうけど。

 それに魔術だから融通が利かない所があって、子供が投げた小石にもドラゴンのブレスにも同様の反応を示して魔力を消費する。

 ゲーム的に言うなら1ダメージも100ダメージも関係なく、攻撃を受けたから魔力を消費しますねっていう代物だ。

 改良した防御魔法もあるんだが、これを覚えさせるのは時間がかかるからな。

 もう少し訓練させて、慣れた頃に教えるべきだろう。


「ほい、これが術式」


「えーと……これがこうだから……こうですか?」


 ふわんと、先生の周りに防御魔術が展開される。

 頼りないように見えるが……。


「どっせい!」


「きゃっ」


 そこそこ力を込めたパンチ、普段司をふっ飛ばして血反吐吐かせる程度の威力で殴ってみたががっしりと止められた。

 うん、成功みたいだ。


「いいね。まだまだ熟練度が足りてないから弱そうに見えるけど十分だ」


「……いざという時は自分の力でって言ってたのに、救助待ちって言うのはどうなんですか?」


「助けに来てくれる人がいるって人望も自分の力だろ。それに魔術の並列仕様ができるようになれば安全地帯で仲間の回復もできる。というわけで、その状態で治癒魔術が使えるようになるまで今夜は寝かせないからな」


「スパルタが過ぎますよぉ……」


 この後明方近くまでかかったが、先生は魔術の並列仕様を覚えた。

 一応聖女にも攻撃魔術はあるし、準備が整うまで余裕があればそれも覚えてもらうかな。

 使わないに越した事は無いけど……聖女の攻撃魔術って魔獣とか悪魔に効果覿面だから絵面がグロテスクなんだよな……。


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