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第17話

 リリとの悪だくみは翌日には公開されていた。

 今まで訓練に参加していた奴らはそれに応じて金銭が支払われる。

 また私が確認した限り書庫に籠っていた奴らは全員がこの世界の事について調べていたので、そいつらにも金銭が支払われた。

 当然どちらも外出許可は出たが、今日すぐにというわけにもいかず翌日の出発にした。

 一方で怠けていた奴らは反発してきたし、裏でカツアゲしようとしたりしていたがもとよりそこに心配なんかいらないんだよなぁ。


 同じレベル1でも訓練を受けてた奴らはステータスが上がっている。

 魔法系のジョブだとしても訓練を受けていれば同レベルの訓練を受けていない奴と比べたら天と地ほどの差が出る。

 ゲームではこうはいかなかったが、トレーニングって滅茶苦茶重要なんだよな……レベルカンストした私でもトレーニングでステータスを上げる事もできるから。

 とはいえ、心身を限界まで追い詰めた訓練を数日続けてようやく数値が1上がるかどうかってところまで来たからこれ以上となると少し難しい。


 ただ面白い事に教官の仕事を始めてから知力のステータスが大幅に上がった。

 具体的には以前の1.5倍。

 こんな裏技があるとは思わなかったな……教えた相手が強かったとか、ユニークジョブだったからとか色々仮説は立てられるけど、それでもまだまだ伸びしろがあるとわかっただけ十分だ。


「外出許可持ちは明日の朝、鐘が3回なったら出発だ。遅れたらその時点で置いていくからな。金はスリや窃盗に気を付ける事。守り切る自信がないなら今夜は兵士に預けて、明日は私が預かってもいい。ただいずれ自分で守れるようになってもらう」


「なんでそっちの奴らも金もらえるんだよ」


 1人の生徒が書庫組を指さす。

 さぼり組が便乗して文句を言っているし、訓練組も不服そうではあるが、先生はどうしたものかとこちらを見ている。


「書庫に籠っていた奴らが何をしていたか知っているか? お前は確かカードマスターのジョブだったよな」


「そ、それがなんだよ」


「お前のジョブは割と簡単に解明できた。魔法系のジョブだが札に封印したモンスターや魔術を扱う事ができる汎用性の高いジョブだ。この通り再現もできる」


 簡単そうなジョブはいくつか究明者の能力で研究した。

 完全に研究を終えればその能力を使用することもできるんだが、まだ半分程度しかわかっていないので劣化コピーしか使えない。

 しかも使用する道具は自分で作る必要があるのだが、そこはまぁ生産職のジョブパワーでごり押した。


「弱点は札を使えない状況に追い込まれた場合。例えばお前の腰についているソレを破壊すればいいし、何かする前に隠密で近づいて首を切ってもいい。魔力を封じる力場を用意してもいいな。そうすればお前は無力になる。言いたいことはわかるか?」


「わかるかよ!」


 そう叫んでカードからオーガを召喚してきたが、どうあがいても本人はレベル1。

 オーガを倒すにはレベル30代、この世界だと中堅が4人組で実力を発揮しなければ難しい。

 レベル50の上位になれば片手間にあしらえるんだろうけど、そのレベルになると大体は相応の立場でおいそれと出てこないか、あるいはエルフみたいに長命種で人前に出ない、さもなくば人類と敵対しているような奴らだな。


「一番重要なのは情報だ。書庫に籠っていた連中はオーガの強さを知っている。訓練を受けた奴らもその脅威を感覚で理解している。だがお前らサボってた奴はそうじゃない」


 殴りかかってきたオーガを片手で止めて、そして持ち上げる。


「こいつはレベル30代のベテランが4人以上で戦うことを推奨されている。あくまで推奨だからそれなりに息が合っていればもう少し難易度は下がるが、レベル1の集まりの中でこんなものを呼び出す時点で馬鹿だっていうんだ」


 そのまま引き寄せて胸部に拳をみまう。

 一撃で心臓を貫き、そのままカードに戻ったオーガだが……ふむ、カードが灰色になっている。

 それにカードマスターの奴は苦しそうに胸を押さえている。

 フィードバックに、再召喚までのクールタイム付きか。

 という事は逆に所有者のダメージをカードのモンスターに肩代わりさせることもできるな。


「と、まぁそういった情報を集めて今後の事を考えてた奴らと、今だけを楽しんでいた馬鹿を同列に扱うのは失礼だ。書庫に行っていた奴ら全員がお前と同じクズだと思ったか?残念だが、クズはサボったり遊んだり、寝ているだけだったりメイドにちょっかいだしてたり、はたまたお前のいた世界の記憶と技術で儲けようと考えを書物にまとめてただけの5人だ」


 静寂、こういうのを天使が通ったっていうんだっけ?

 地域によっては幽霊が通ったともいうらしいけど。


「調べればわかることだが転移者なんて両手両足の指じゃ足りないくらい来ている。マヨネーズなんか一般に流通しているし、治療技術もお前らの世界より進んでいる面もある。少し調べればわかるのに自分の都合のいい事ばかり考えてるとか正気か?」


「ぐ……」


「メイドにちょっかいだしている奴は論外、牢屋にぶち込むぞ」


「うっ……」


「寝ているだけのお前は魔獣の餌にした方が使い道在りそうだな」


「ひっ……」


「サボってるだけの奴も遊んでいるだけの奴も餌としての方が使い道がありそうだ。適応しようともせず、世界が自分の都合で回っていると錯覚しているカスは淘汰されるべきだからな」


 あえて大袈裟に、そして挑発的に言葉で打ちのめす。

 トーカーのジョブについた田中ほどじゃないが、口八丁はお手の物だからな。


「もしやる気があるなら明日から訓練に参加すればいい。そうすれば次回からは金を持って堂々と外出できるぞ」


「お、王女様はなんて言ってるんだよ!」


「国を動かす立場だぞ? そりゃ利益重視だし、今回の件についても了承している。あいつを説き伏せるつもりなら、そっちの国で言う裁判官に意見するようなもんだと思え。口論で勝てる学生がいるとは……あぁ、いや、田中ならジョブの力を活用すれば案外誘導くらいならできるかもしれないな」


「あ、俺? じゃあ王女様に夜のお相手を手配できるようにお願いしてみたりとかぁ……教官お相手いただけますかぁ?」


 飄々と口にしているが、魔封じは効いているようだな。

 ただ持ち前の才能で周囲を笑わせている。

 口にしていることが下劣だから女子からは距離を取られているが……魔力抜きでこれってこいつ地球での転職は詐欺師とかじゃないか?


「訓練の相手ならしてやってもいいが、リリはこの国じゃ滅茶苦茶人気あるからな? そんな発言したってばれたら親衛隊に殺されるぞ」


「ひぇ、御堪忍くだせえ!」


「別に訓練くらいはいつでも手伝ってやるから申し出な。お前の能力は特にわけがわからんから解剖してでも調べたいくらいだ」


「……冗談、ですよね?」


 ヘラヘラとしていた田中も冷や汗を流している。

 怒気を込めた魔力が作用したのか、他の連中もその場で軽く震えている。


「冗談だよ。ジョブは魂に宿る、身体という入れ物を解体しても何の意味も無いからな。ただ精神作用のある魔術や魔法は一般的には禁忌だから覚えておいた方がいい」


「じゃあ教官が今やったのはいいんです? 俺漏らすかと思いましたよ」


「今のは感情を魔力に込めて放出しただけだから。いわゆる殺気と同じ原理だな。魔術訓練組の……そうお前、ジョブは占星術師だったな? 同じように怒りでも悲しみでも、なんでもいいから感情乗せて魔力を放出してみな」


「え、あ、はいっ」


 占星術師の女子生徒が魔力を放出するが……なんだこれ、郷愁?

 悲観に希望にと雑念が多いな。

 ただ明らかなのは怒りの感情、それも私とリリに向けた物が強い。


「上出来だ。しかしそこまで怒っていたとは気づかなかった」


「あ、いえ、これは……」


「人は嘘をつくが魔力は嘘をつかない。雑念が多いのが難点だがお前の怒りは確かに受け取った。もとより約束した内容だし、送還の魔法は絶対に完成させると約束する。どれだけ時間がかかってももとの時間に、今の姿で、変わらぬ寿命を迎えられる術式を組み立てよう。魔力を使った契約をしてもいい」


「ユ、ユキ様! それは!」


「黙ってろ」


 兵士の一人が止めに入ろうとしたのを遮る。

 一方生徒たちは理解できていない様子だが、先生は青ざめている。


「皆さん。魔力を使った契約とは、魔法使いや魔術師が介入して行う契約方法です。ユキさんから教わった内容が真実なら、その契約を破った代償は命のみならず魂が砕かれるほどだと……」


「雫ちゃん、それってほんとなの?」


 お、ガーディアン女子だ。

 こいつも訓練頑張ってるからなぁ。

 そろそろ新人用から一般兵士用に変えてもいいかもしれん頃合いだが……。


「死ぬのはまぁわかるとして、魂云々はどうにも胡散臭いんだよねぇ。ねぇエルフさん?」


「魂ならほれ、この眼鏡を使ってみるといい」


 インベントリから取り出した眼鏡。

 昔作った玩具だが、冗談抜きで厄介ごとの火種になるので封印しておいた魂を見る事ができる代物だ。


「そもそもの魂とは何かとか、死霊術がとか、呪いと契約の違いがとか、とりあえずそういうのを調べるために作ったんだが思わぬ副作用があってな。長らく使ってなかったんだが魂を見る事ができる」


「へぇ……ってうわっ、なにこれ!」


 ガーディアン女子が眼鏡をかけると同時に悲鳴を上げる。

 この眼鏡の最大の問題なぁ、魂って抽象的なものを標的にしているから幽霊とかも普通に見えちゃうんだよね。

 ましてやここは多くの陰謀渦巻く王宮の中。

 呪いや恨みの残滓くらいゴミのように散らばっているし、死者の霊魂も滅茶苦茶多い。


「今見ているのは幽霊が大半だが、人の魂ってのは下手すれば魔力以上に雄弁だ。例えば濁って見えれば悪意や下心が、真っ黒であっても輝いて見えれば誠実な人間であると証明できる」


「へー、あ、雫ちゃんの魂はぴっかぴかだ。エルフさんのも……なんかうざいくらい輝いてるんですけど?」


「田中の見てみな? 面白いぞ」


「え? うわっ、なにこれっ」


 田中の魂は滅茶苦茶濁っている。

 悪意のある濁り方じゃなくて、下心というか野心というか、そういうのがむき出しになっていると言ってもいい。

 だがそれに反して眩い。

 輝きとは違いものを持っており、何かのために努力を続けているものに現れる輝きだ。


「すっごい汚いんだけど、だけど骨董品みたいにどこか惹かれるっていうか……」


「まぁ、野心家で、努力家って言う事だな。今まで結構見てきたがこういう奴は成り上がるか途中で死ぬ」


「まじかー。あの飄々としてる田中が……うげっ、さぼってた奴ら酷い色してんだけど」


「色はあまり関係ない。ただ魂ってのは周囲からも影響を受けるからな。歪んだ感情の中でそうなった可能性もあるから何とも言えん。ただ濁っているわけでも輝いているわけでもない、どこにでもいる凡人だ」


「へぇ。じゃあ司の……あれ?」


「濁りも輝きも無い、サボり組と同じ凡人の魂だ。けど気になるのは他の事だろ?」


「うん……周囲の影響受けるって言ってたし、みんなの魂は何かしら色ついているのに司のは透明……」


「影響を受けていないってことだ」


 ちらりと司を見ると気にしていない様子だが、ここで内輪もめされるのも困るからな。


「ある意味では我が強いってことだ。周囲の影響をいっさい受けず、確固たる自信を持っているとでも思っておけ」


「うーん、なんか納得いかないけど……てか見えてんの?」


「そりゃそうだ。玩具なんだよそれ。嘘がわかると疑心暗鬼になるってことで世に出さなかっただけで私は不要だったしな。以前死霊術師のジョブを解明した時に見えるようになった」


「へー、それで魂をかけてでも約束を守るって?」


「見ればわかるだろ。嘘なんかついていないって。言っておくが死霊術師だろうがなんだろうが、基本的に魂に直接干渉はできないからな。ごまかしがきかないんだ」


「うーん、あれだけ光ってたら納得するしかないけど……こっちに仕掛けがあるとかないわけ?」


「それも無理だ。鏡に細工を施して反射する像を大きく変えるのは無理だからな」


 魔鏡っていう細工鏡もあるけど、それはまた別の話だ。


「気になるならそれやるよ。で、この国の魔導士でも誰でもいいから見せてみるといい」


「そこまで言うなら貰っとく。けど、契約はどうするのさ」


「それは本人の意思次第だ。さぁ、占星術師ちゃん? どうする」


「……いえ、やめておきます。魂にって言うのも怖いけど、それを切り出すくらいには真剣なんだってわかりましたから」


「そうか、こっちは準備だけしておくから気が変わったら言ってくれ」


 こうしてお出かけ前日のごたごたは片付いた。

 そこから訓練に戻り、そして夜の治癒魔術訓練では先生自身に傷をつけて回復する段階に進んだけど……指先切っただけで魔力が暴走しそうになったので先送りになった。

 ……まだ早すぎたかなぁ。


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