悪魔の契約とか言われたけど、近衛達は結局私の意見に従った。
百聞は一見に如かず、目の前で私が覚えてる限りの拳法を披露してみせて、そこから剣や槍の使い方に繋がる点を見せたらころりと手のひらを返してきた。
実力は二流だが処世術は一流だな……だからこそこの立場にいられたんだろうなと思うとリリの政治手腕を疑う事になるが、統一王朝になって間もないから下からの圧力もあるんだろう。
ただ後で少しお話ししないといけないなぁ?
「型を覚えるよりまずは基礎の基礎、体感を鍛えろ」
「はぁ……」
「端的に言うと身体の軸だ。それがまっすぐになっていないと人は簡単に転ぶ。いいか、お前達は棒だ。その上に重い球が乗っている。この棒がまっすぐであり、地面に突き立てられているような状態ならば絶対に倒れない」
「それはそうかもしれませんが……うわっ」
「見ての通り、軽く突いただけで倒れる。こうして足を引っかけても倒れる。胸倉をつかんでも倒れる。軸がぶれているからだ。足を開いて腰を落とせ、両手を前に突き出して二本指立てろ。その姿勢を1時間続けるんだ」
「くっ……」
「ほ、程よい筋肉の悲鳴が……」
「なかなか……良い訓練になりますな……!」
強がりか、それとも純粋な称賛かは知らないが素直に従ってくれている。
とはいえまだまだ未熟な奴が転げそうになっているが……。
「腰を上げて倒れるのを避けるな。腹筋に力を込めろ、そして手は絶対に下げるな。その間私と司の手合わせを見ていろ。身体と同時に眼も鍛えるんだ」
そう、説得している間に司が訓練メニューを終えたのだ。
多少の汗をかいているが、まだ表情は余裕がありそうだな……。
次は10倍メニューにするか?
いや、こいつに精神修行とか無駄だし適度に汗を流せるならこのくらいでちょうどいいか。
「司、試してみたい武器があれば何でも使え。今日からしばらく私は素手で相手する」
「いいんですか? じゃあ前回言われた通り二刀流でお相手願います」
「獲物はどれだ」
「そうですね……これと、これで」
司が選んだのは長剣と短刀。
少々アンバランスだが何でも使ってみろと言ったのは私だからなぁ。
とりあえずいつでも武器を交換していいようにしておこう。
「よし、かかってこい」
そう言った瞬間、短刀が顔面目掛けて飛んできた。
思い切りの良さは褒めてやってもいいが、そういうのは格下にしか通用しない。
手の甲で逸らしてやれば視界が遮られる時間も少なく、姿勢も崩さない。
近衛達にからすればこれ以上なくわかりやすい遠距離攻撃のいなし方だろうし、いつか教えようと思っていたからちょうどいいな。
「っ!」
短刀で目隠しした隙に切りかかってくることは想定内だった。
定石といってもいいほどだが、驚かされたのはそこじゃない。
司は二刀流のままだった。
「詐欺師の才能があるな。あるいは手品師か?」
「お褒めにあずかり光栄です。チップはこちらに」
「お前の顔面に拳という名のチップぶち込んでやるよ!」
これとこれ、なんて言い方ですっかり騙された。
あの時司はしっかり長剣と短刀を見せつけつつ、こっそり懐にしまい込んだ分があったのだろう。
あらかじめ用意していたのか、その場で思いついたのかはわからないがこれで私は見えない刃に気を付ける必要が出てきた。
手札を隠すというのは銭湯では常套手段だが、あえて開示することで混乱させるというのもよくある手法だ。
ついでに挑発も上手いとなれば面倒この上ないな……味方にすれば心強いが、こいつは精神面がアレだから怖いんだよな。
「お前みたいなのをサイコパスっていうんだろ!」
「よくっ、御存知で!」
「異世界人の世話は初めてじゃないから、なっ!」
会話で揺さぶってみようにも動きどころか顔色一つ変える事がない。
長剣と短刀、実のところこの二つの相性は悪い。
本来ならば両手で使用してこそ、その破壊力を十全に発揮できる長剣を片手で振る。
この行為は腕の筋肉や健を痛める可能性がある。
だがそれは力任せに振り回した場合で、司は腰や足の動きでそれを避けつつ、最大限の威力を発揮している。
とはいえそれも時間の問題であり、ついでに足や腰の動きを見ればある程度次の行動が読めてしまう。
ようするにテレフォンパンチだな。
一方の短刀は防御用に使っているため逆手持ちにしているが、そのせいで攻撃頻度が落ちている。
これなら適当なタイミングで短刀を投げて長剣を両手で使った方がましだ……っ!
「お? もしかしてコレも伝わってました?」
「スペツナズナイフ、だったか? 柄にバネを仕込み刃を飛ばすナイフ。最小限の動きで不意打ちができるってな」
「流石ですね。しかも避けられた」
「あからさまに無意味なところで刃先を向けられたらな。知らなければ決定的な隙ができてたはずだ」
律儀に短刀を捨てて、懐から三本目を取り出し再び二刀流の構え。
しかし今度は短刀を順手で握っている辺り攻撃に移るらしい。
「まじかよ……」
自分の声か、それとも見学している近衛の声かわからない。
久しぶりにここまで集中した。
レベルアップの条件、それは他者を殺す事。
人でもモンスターでも魔族でも、何なら動物でも関係ない。
殺した相手の持つ魔力の分だけ経験値となりレベルアップにつながる。
だが何度鑑定しても、偽装を見破る魔術を使っても司のレベルは1のままだ。
こちらの世界で誰も殺していない証拠であり、そして圧倒的な技量で私と互角にやり合えるだけの実力を持っている。
いなして、躱して、初動を止めて、それでも司の攻撃は止まらない。
というより私の動きを見て盗んでいやがる。
ただの二刀流ならまだ対処もできたが、徐々に体術まで組み込んできている。
肘鉄や蹴り、タックルなど使えるものは何でも使う。
勇者という肩書を無視してもこいつは強い。
なんというか……どん欲だ。
必要なら手段を問わず、使えるなら全てを使い、その場その場で最適解を選んでいる。
特に厄介なのはタックルだ。
正面から受けるわけにはいかず、かといって投げ飛ばそうとすれば剣で切られる。
せめての反撃として足払いを仕掛けながら躱す事だが、引っかかったのは最初の一回だけだ。
しかも体制こそ崩したが、即座に短刀を投げつけてこちらの攻撃を封じてきた。
「まったく……化け物め」
「っ! ……よく言われます、よっ!」
驚いた、感情の揺らぎに剣筋のブレ、先程までの技量に頼った戦い方ではなく力任せの攻撃。
化け物、という言葉に反応したのだろう。
という事は人間らしく振舞うために、人間社会で異端者として排除されないように本性を隠してきた司にとっての弱点。
どんなに精神がぶっ壊れていようと心の傷ってのはそう簡単には消えない。
なるほど、それがこいつの精神形成の源か。
「おいおい、動きが雑になってるぞ。今までが熟練の剣士なら今は力任せに暴れる怪物だな」
「黙れ!」
「けだものが武器を手にしたところで勝てるわけがないとわからないか?」
「黙れ黙れ黙れぇ!」
大振りの剣、軽く受け流し手刀を司の喉元に突き付けると同時に、私の脇腹に木製の短刀がつきつけられていた。
「……このペテン師め」
「はははっ、田中君には劣りますが演技は得意ですよ?」
「演技ね……そういう事にしておいてやるよ」
司の怒りは本物だった。
今でも殺意と怒気を向けているが大した事は無い。
ただ本来は助けるべき相手に嫌悪感を抱かせてしまったのは失敗だたかな。
「司、しばらくトレーニングのあと精神修行をする。手合わせはその後だ」
「……理由をお聞きしても?」
「さっきお前の事をサイコパスといったが、なにかトラウマでもあるんじゃないか? 化け物だのけだものだのって言葉に過剰反応していた。それは明確な弱点になるからだ」
「なるほど、わかりました」
「それと言っておくが精神修行だが……ぶっちゃけ騎士の訓練と手合わせよりもきついぞ。覚悟はできているか?」
「できていなくてもいずれやらなければいけないのでしょう? なら後回しにする理由がありませんね」
「まったく小生意気な奴だ。あぁ、近衛達は片足立ち1時間ずつ追加な、さて、じゃあ第二ラウンドだが今度は別の武器も使ってみろ。前に言った通り手札は多いに越した事は無い。だから短刀を隠し持っていたんだろ?」
「バレましたか」
「暗器なら私がいくつか作ってやるが、そういう原始的に隠し持っている武器も重要だ。好きなようにやればいい。問題があったとしても木剣じゃ私は殺せないぞ」
「そのようですね。受け流されただけだと思ったのに武器が壊れかけだ。せっかくなのでその辺の武術も一通り教えてもらえませんか?」
司の提案だが断る理由は……精神面以外では無い。
勇者が強くて困るってことは滅多にないからな。
まぁ暴走したり、魔王の軍門に下ったり、好き勝手に振舞うようならこちらも手段を選ばなくなるだけだ。
「さ、続きといこうか」
「はい」
この後夕暮まで手合わせを続けたが、流石に体力の限界だったのだろう。
最後の方は動きの精細が鈍っていたし、一撃一撃の威力も低くこれ以上は無駄だと判断して中止した。
都度休憩はいれていたがレベル不足からくる能力値の問題だろう。
まったくレベル1でこれとは末恐ろしいな……途中でぶっ倒れて酸欠になったり、筋肉痛を訴えてきた近衛にも見習ってほしいもんだ。