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第12話

「ふーむ、手を貫通する傷の完治まで3分か」


「……どう、なんでしょう」


 恐る恐る聞いてくる先生だが、魔術という区分においての治癒速度を気にしているのだろう。

 医学からみれば貫通している傷を跡すら残さず3分で治すというのは異常だけど……。


「うん、遅い」


「やっぱりそうですよねぇ……」


 さっき私が実践してみせた治癒魔術に比べれば格段に遅い。

 原因はまぁ色々あるんだけど……。


「まず先生は魔力のコントロールができてないから、それを学ぶ必要がある。魔力の可視化から始めようか」


「はい。といっても可視化ですか?」


「うん、普通魔力は心臓を中心に身体を巡るんだ。ただこの時魔力に色は無い。高位の魔術師とかになってくるとその波動とか揺らぎみたいなのを見る事ができるんだけど、それを誰の目にも見えるようにする事。これは魔力運用の基礎の一つ」


「どうすればいいですか?」


「まず私の手を見て」


 右手を差し出す。

 そして魔力を放出、私の場合究明者のジョブのせいで完全に解き明かした事以外は何もできないが、幸いというか前世で遊んでいたゲームのジョブはそのまま再現できた。

 そこからさらに研究を重ねて魔法を魔術という技術体系に落とし込むことに成功したわけだけど、その際に作った教本なんかは今でも使われていると聞く。


「何か感じます……なんというか、嵐みたいな恐ろしさなのに少しも揺らがない水面のような静けさ」


「ポエミーだねぇ。まぁこれが私の魔力の波動。大抵の魔術は使えるし、魔法なんかも使えるといえば聞こえはいいけど本職には劣る器用貧乏ってところかな」


「それにしては強すぎるかと思うんですが」


「レベル差が原因だから気にするほどじゃないよ。それよりもよく見てて。まず魔力の可視化に必要なのは自身の魔力を正確に把握する事。どんな風に身体に流れていて、どんな風に放出出来て、そしてどんな性質を持っているか」


 私はこれを知るのに凄い時間がかかった。

 そもそもエルフはみんな感覚で魔法ぶっ放してくるから魔力の運用とかそういうの一切考えないんだよね。

 いわゆる天才肌だから、なんかできたってやつが多い。

 私も研究するまでは自分の魔力について何も知らなかった。

 結局器用貧乏に落ち着いたけど、私の中にあったイメージは太極図。

 白と黒、そして白の中の黒と黒の中の白。

 それが私の魔力に対するイメージであり、定着させたものでもある。


「次に性質を強く思い描く。自分の中にある見えない流れの性質を絵を描くように思い浮かべる。その印象で魔力を塗るんだ」


「性質……印象……塗る……」


 私の言葉を聞きながら、徐々に太極図に似た文様になり回転していく魔力を見ている先生。

 ふと、彼女は何か気付いたかのように座禅を組んだ。


「性質……流れる力……大河……でも流れは緩やかで……そして巡る……海と、山と、湖と、川と、そしてまた海へと……」


「お、おい?」


「思い浮かべて……放出した魔力に……塗る!」


 その瞬間、部屋の中は壮大な景色に覆われた。

 水の巡り、途方もなく対岸も見えないような河があり、その上で私達が流されていく。

 たどり着けば広大な海。

 深く広く、全てを包み込む。

 かと思えば身体はふわりと浮き上がって天に昇り巨大な雲となり、今度は雨として山々に降り注ぐ。

 凍り、つもり、溶けて山の中を進み小さな源泉に。

 それは徐々に溢れて湖となり、また溢れて河になる。


「はい、ストップ」


 いつまでもそこにいたいと思わせる空間だったがぱちんと手を叩いて可視化された魔力を霧散させた。

 想像以上だったとはいえ、一瞬のみ込まれかけた……それほどに心地よかった。


「いい出来だったけど魔力の放出量が多すぎた。手のひらで今の光景を再現できるようになれば一歩前進ってところだな」


「今のが私の魔力……ですか?」


「広大な水のイメージ。正直アレは凄い通り越してヤバイね。あらゆる幻覚に打ち勝ってきたけど私も飲み込まれて溶けるかと思ったよ」


「ご、ごめんなさい!」


「いや、むしろ心強い。レベルも1のままだってのにあれだけの量を放出しておいてピンピンしてるし、疲れた様子もない。上手く使えば攻撃能力のほとんどない聖女のジョブであっても攻撃手段として使えるかもしれないな。しかも先生が望む、痛みとか傷を与えない形で」


「本当ですか!」


「うん、例えば濁流とか荒れた海の印象で塗って拡散すれば恐慌状態にさせられるかもな。ただ無差別攻撃になるから味方も巻き込むけど」


「ダメじゃないですか!」


「そこはほら、魔力の運用に関するコツを掴んでからの話だから」


 もともと魔術師同士の威圧手段でもあるからなぁ……。

 私みたいに地味な印象だと舐めてくる相手もいるけど、優劣は無いんだよな。

 そもそも印象ってだけだから先生が言ったみたいに嵐と静かな水面を見せる事もできなくはない。

 ただ強大な印象をってのは危険も伴い、制御に支障をきたす事が多い。

 最悪の場合18mの巨大ロボットを90年代のOSで動かそうとするようなことになる。

 そうなったら制御できずに暴走して自滅まっしぐら。


 ただ先生の思い描いた印象はこの上なく精密だった。

 それだけ確固たる自我があるという事の証左であり、つまるところ暴走はもちろんジョブの力に飲まれることも無いという意味でもある。

 未成熟な魔術師ほど強いイメージをつけたがるから魔術を教える際には滅茶苦茶注意されるし、教える側も助言をするもんだけどね。

 先生は成熟した大人だし大丈夫だと思って省いた。

 問題があったら指摘したけど、特に何も無かったから万事オールオッケーってことだな!


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