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第10話

 翌日から司達と先生は騎士の訓練に参加するようになった。

 新人用の訓練で死にかけている先生とは対照的に、国で一番厳しいと言われている近衛兵の訓練にも平然とついていくあたり司のポテンシャルが見て取れる。

 流石勇者というべきか、それとももともと司が持っていたものなのかはわからない。

 それが逆に恐ろしい。

 破壊者君や田中なんかは新人コースだが、自身のポテンシャルの変化についていけずに焦っている様子があった。

 だが司はそれが無く、できて当然というかのように淡々とメニューをこなしていった。

 そして剣術の訓練になった瞬間、その牙をむいた。


「がっ……!」


 木剣で喉を突かれた兵士が倒れ込み痙攣する。

 近づき回復魔術をかけてやると意識を取り戻したが、もう少し遅ければそいつは死んでいた。


「やりすぎましたか?」


「いや、戦場ならこのくらいは普通だ」


「だからといってこんな……!」


 訓練を担当していた人物が抗議の声を上げる。

 見たところ隊長か何かだろうか。

 たしかに強そうではあるが、それだけだ。

 出し抜く方法はいくらでもあるし、お行儀のいい剣筋としか言いようがない。

 大体わかったかな……。


「あんたは隊長さんかい?」


「はい、近衛騎士団団長のトーマスです」


「そうか……近衛兵ならもっと実戦的な剣を覚えないとダメだろ。正直、召喚されたばかりの勇者に一撃でやられる近衛兵とか邪魔になるだけだ。というかあんたら戦場に出たことないな?」


「それはそうですよ。我らは王族を守るのが責務、戦場に赴くなど近衛の仕事ではありません」


 あきれてものも言えない、とはこの事だろう。

 なんかもう眩暈と頭痛までしてきた。


「司、剣とか武術とかは私が相手をする。こいつらとやっても無駄だ」


「……姫様のお客人とはいえ流石に無礼では?」


「無礼? はなから立場に溺れて研鑽を摘まず、厳しい訓練だけで満足しているような奴に払う礼儀は無い」


「我らは騎士として正しいふるまいを心掛けております! 発言の撤回を願います!」


「やだね。どうしてもというなら……そうだな」


 言葉で説明するだけ無駄だとわかった以上、実力行使もやむなしか?

 いや、それだと上には上がいるって勝手に自己解決するからダメだな。

 となると……あの方法を使うか。


「アースクラフト」


 土属性の魔術、クラフトというだけあって土で何かの形を作り出すのだが基本は壁だ。

 だが今回は玉座を模した階段と、その上に椅子を一つ作る。

 しっかり乾燥させて固めたから座っても尻が汚れる事は無い。


「司、私はあの椅子に座る。近衛兵がお前の邪魔をするから私に一撃いれてみろ」


「いいんですか?」


「私は素手でも十分強いし、お前の攻撃くらいじゃ死にはしないさ。あ、司の攻撃まともにくらった奴はその場に倒れて動くなよ。必要なら回復してやるけどな」


 そう伝えるとこめかみに青筋を浮かべた団長は木剣を手に私の隣に立った。

 同時に他の近衛兵共も理解したのか、私と司の間に道を作るようにして並ぶ。

 なるほど、これが普段の謁見の際に使われる立ち方か。

 見たところどいつもこいつも技量はあるけど実戦経験が乏しいな。


「来い」


 私の言葉に司が走る。

 その行く手を遮るように近衛兵が陣形を組んで切りかかるが、その全てを司は受け流し、躱し、一人また一人と確実に近衛兵に致命打を与えていく。

 都度回復してやっているが茫然とした様子で私を見ている兵士達。

 うん、役に立たねえな。


「うぉおおおおおおおお!」


 うるさっ!

 耳元で叫ぶなよ団長……あ、いやこれスキルだ。

 ウォークライ、戦士系統のジョブなら誰でも使える基本スキルだけど声に魔力を乗せて叫ぶことで敵を委縮させることができる。

 ただ格下にしか通用しないし、相手の度胸や精神的防御力で無理やり突破することもできる。

 ゲームでは自分よりレベルの低い相手を数秒スタンさせる効果があったけど……。


「なっ!」


 まぁ司には効かないだろうなとは思っていたし、無視して突撃してこようとしたところに団長が割って入る。

 こいつは狂っている。

 恐怖心とか道徳心とか、そういう物をいっさい持ち合わせていない。

 いわゆるサイコパスってやつか?

 その手合いは何度か見てきたけど、その中でもずば抜けてヤバイと思う。

 あくまでその場その場で必要な行動をしているだけで、勇者として求められたからそう振舞っていただけだ。


 訓練も一番厳しいのをやるように言われたからこなしただけ。

 できることを淡々と積み重ねているだけだが、その範囲が広いうえに精神的には一切のダメージが入っていない。

 心が折れるという比喩があるが、そもそも心という支柱が存在しないような奴だから暗殺者のように、そして戦士や剣士のように近衛兵を倒して私を切り捨てようとしている。

 その殺気だけは本物で、数合撃ち合っただけで団長は飲まれていた。

 あと3回くらい撃ち合えば……あぁ、ほら、怯んだすきに脇腹に一本。

 レバーを柄で殴打されてもんどりうっているけど致命傷じゃないし放置してもいいか。


「とりました」


「とってないぞ」


 振り下ろされる剣の柄を足で受け止める。

 だがすぐに剣を手放した司は飛びのいて団長の使っていた剣を掴み、再び切りかかってきた。

 一発目、横なぎの一閃。

 粗削りだが体重を乗せて腰の回転が加わっているから十分な威力だ。

 レベルとステータスを上げてなければ結構な痛手だったと思うが、受け止める。

 二発目、弾かれたように見せて足を狙ってきた。

 守りにくい部位であり、更に怪我をすれば逃げられなくなる。


 いい読みだが、だからこそわかりやすい。

 くるりと剣を回して地面に突き立ててそれも受け止めてから立ち上がる。

 次の手も、流れも大体読めたからだ。

 三発目、腰を回して腕を引きそのまま突きに来た。

 狙いは胸元、喉や頭部よりも避けにくいうえに致命傷になりやすいがこれもわかりやすすぎるので軽く身をひねって避ける。

 四発目、そのまま首を狙い剣を引いてきたので一歩横にずれるだけで回避できる。

 そして五発目、袈裟懸けに切りかかってきたが上段からの剣は隙が生まれる。

 軽く腹を蹴り飛ばしてやれば転がって団長にぶつかり倒れ伏した。

 咳き込んでいるが致命傷じゃないから放置。


「司、剣筋が読みやすすぎるからもう少し相手の意表を突くといいぞ。剣に拘らないのもいいな。槍や弓、他にも使いたい武器があれば全部試すといい。むしろお前は手数と手札を増やすべきだから盾よりも頑丈なナイフでも持って攻撃と防御両方できるようにした方がいいだろう」


「けほっけほっ、やっぱり、そう、ですよね」


「何度も受け止められたならその時点で引いてそこら辺の剣を拾った方がよかったな。何なら投げて使ってもいい。それにお前もっと酷い手段考えてただろ?」


「えぇ……けほっ、まぁ考えてましたが、力が足りるか、わからなくて。けほけほっ」


「言ってみな」


「すー、ふぅ。斬り捨てた近衛兵を、続けて剣を投げつける事で意表をついてから切りつけようかと」


「悪くないな。避けるなり斬り捨てるなりしないといけないけど、二本目に驚かされるし普通なら仲間を切るのは躊躇する。亡骸であってもな」


「ですよね。あとは魔法を覚えられたらいいんですか……」


「魔法はどうだろうな。魔術なら教えられるが」


「遠距離攻撃の手段で手がふさがらなければ」


「じゃあ後で教えてやるよ」


「ありがとうございます。それでこの後はどうしたらいいですか?」


「んー、力が足りるかわからないって言ってたし訓練場30周してから筋トレしておけ。その後は重りつけた剣で素振り3000回な」


「わかりました」


 そう言って走り出した司を見送ってから、地面にへたり込んでいる近衛たちに視線を向ける。

 唖然とした様子と同時に、プライドが打ち砕かれたせいか落ち込んでいるようにも見える。


「な? ただレベルが高いだけでお前らじゃ王族を守るとか無理なんだよ。一人の突出した技量の持ち主にあっさり抜けられる。リリの実力だったら最初の一撃で胴体と首が泣き別れしていたところだ」


「……修練が足りませんでした」


「いや足りてねえのは実戦な? 立場に甘んじてないで他の騎士達と戦ってみるといい。野蛮とか言い出したらぶん殴るけど、お前らにはその野蛮な手段が必要だ。どんな方法を使っても相手の動きを止めるとかそういうの」


 例えばあえて刺されて捕まえるとかそういうの。

 洗浄なんかだと治癒魔術前提で受け止めてから相手の首を食いちぎるくらいはやるし、目つぶしやら蹴りやらなんでもありだ。

 まったくもって面倒な事に、司の戦闘訓練は私がやるしかないってことだな。

 ……ついでに近衛共の性根と戦い方も修正するか。

 リリに万が一があったら困るのは私だからな。

 まだ若いし浮いた話も聞かないから生娘だろう。

 ってことで後継ぎもいないだろうから、ここで血が絶えても困るしな。


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