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第9話

「というわけで、勇者様は騎士団の訓練に参加したいそうだ。他にも参加希望者はいるが……とりあえず司以外は新米の訓練に参加させてやれ」


 事後承諾になるがリリに顛末を話し、そして訓練の参加に関する許可を得ることにした。


「それは構いませんが司様はどうするのです?」


「あいつなら今日から死ぬほど厳しいと評判の近衛騎士団の訓練でも問題ない。むしろ近衛騎士団に負傷者が出るだろうから治療班を用意するべきだ」


「また勝手な……とはいえ、ユキ様の言い分もわかります。いいでしょう、すぐに手配します」


「悪いな、仕事増やして」


「いえ、元はといえばこちらからお願いした事ですから」


 そんな話をしていた時だった。

 ドアをノックする音が聞こえた。

 この程度の話し合いならばとリリの私室で、と考えたが少し無防備すぎたかもしれないと反省するのは後にする。

 武器を手に取り、いつでも動けるようにしてから頷くとリリも平静を保ってドアの向こう側に向けて声を発した。


「どなたでしょうか」


「あ、えっと……雫です」


「あぁ、先生か」


 声も魔力の波長も先生の物だ。

 洗脳などの形跡もなく、違和感もない。

 けれど警戒は続ける。


「どうぞお入りください」


「失礼します」


 先生が入ってきた。

 隠密系の魔術やスキルの気配も無し、使い魔なんかもついていない所を見ると本当に一人で来たみたいだな。

 いや、ドアの向こう側にメイドさんがいるから案内してもらったのか?

 まぁ王宮って入り組んでるから普通に歩いてたら迷子になるだろうし、そのくらいは当然だが……うん、メイドさんにも妙なところは無い。


「あの、お願いがあってまいりました」


「お聞きしましょう。あ、お茶を用意させますね」


「いや、そのくらいなら私がやろう。こう見えてそういうのは得意だからな」


「あ、お構いなく……」


「あんたらの世界、というか国じゃお構いなくってのは挨拶代わりみたいなもんだって聞いているからな。それなりに構い倒してやるよ」


 ケラケラと笑って見せるが袖の下に隠した武器はそのままにしておく。

 いつでも動けるようにしつつ、メイドに目配せしてドアを閉めさせた。

 窓際に置いてあったポットとカップを使いお茶を淹れながら聞き耳を立てる。


「あの、司君が騎士団の訓練に参加すると聞きました」


「そうですね。手配のために書類を用意しようと思います」


「他の子も何人か参加しようとしているみたいでして……」


「止める気かい? 子供だろうと容赦なんかない世界なんだ、自発性は大切だぞ。他人に引っ張られるようじゃ駄目だといったが、そういう反抗心も重要なんだ。自分で選んだって自覚があればなんでもいいが、他人に委ねるなって意味だったしな」


 周囲の影響とか、誰それが参加するからとか、そんな他力本願な理由での参加を咎めただけで負けん気とかそういうのは実のところ大歓迎だったりする。

 当然ユニークジョブの中でも最上級で最高級な勇者には劣るとしても、どこかで挫折というのは覚えておくべきだ。

 その役割は私が担うと思っていたが、ここで格差を見せつけられたらまず対抗心が沸き上がるだろう。

 それでも勝てないと気付けば挫折する。

 折れたらそこまでだが、這い上がろうと努力できればそれで十分だ。

 そういう奴はジョブの強弱に関係なく、強い。


「いえ、私も生徒の自主性を重んじます。だから私なりに考えたんです」


「ほう?」


「お聞かせいただけますか?」


 お茶を出して私もリリの隣に座る。

 一番守りやすい位置だけど、本来は不敬と言われても仕方ないんだよなこれ。

 まぁそれで私を糾弾できる奴がどれだけいるかって話にもなるけど。


「私も訓練に参加させてください!」


 ……まぁ、可能性としては考えていたけどな。

 実際にそれを言い出すとは思わなかった。

 見た目からして小さい彼女は、相応に体力も無かった。

 新人用の訓練でもついていくのは難しいだろう。

 他国じゃ馬車での移動が当たり前、極力負担をかけないようにしつつ、一般の治癒魔術じゃどうにもならない場合のみ対処する。

 それが聖女という存在であり、時には国宝も凌駕するといっていい。


「言っちゃ悪いが、先生じゃ騎士の訓練は無理だぞ」


「それは……はい、理解しているつもりです」


「だったらコツコツと積み重ねていくのが一番だ。聖女の魔術や魔法には肉体の能力を底上げする物もある。そいつを覚えてからでも遅くはない」


「あ、いえ、えっと……少し私の計画を聞いていただけませんか?」


「ん? なんか考えがあったのか? だとしたらすまんな、押し付けるような形になって。人に教えるのは慣れてないんだ」


 研究一筋500年と前世の……何年だったかな、当時の年齢忘れたわ。


「騎士の訓練ってことは怪我人も出ますよね」


「そりゃまあ、なぁ?」


「えぇ、次の訓練に支障が出ない範囲でなら皆傷だらけですね。酷い時は治療魔術でどうにかしますが」


 骨折くらいなら軽傷の内っていう考え方だしな、この世界。

 戦場で骨が折れたから撤退します、が許される場面って少ないし。


「体力をつけるのは必要だと思ってます。だから簡単な訓練をしながら、負傷者の手当てをさせてほしいんです」


「それは、えーとなんだ? つまり身体づくりをしながら、治療魔術知慮の練習もしたいと?」


「はい。それに怪我をした人というのにも慣れておく必要があると思いまして……」


 なるほど、確かにその通りだ。

 さっきの戦場での映像を見てグロッキーになっていたのを見てもわかるが、この人は争いごとはもちろん、多少の出血すら怖がるだろう。

 なら他人の怪我にも慣れておくべきだというのは一理ある。

 一方で自分の怪我にも慣れておかなければいけないというのもあるのだが……。


「先生、言っておくが訓練での怪我と戦場での怪我じゃ天と地ほどの差がある。なによりあんた自身が怪我をした時に、あんたの生徒が怪我をした時に冷静に魔術を行使できるかってのも問題だ」


 新人の魔法使いがよくやらかす失敗の一つだが、怪我をして同様の余り魔術が暴走する事がある。

 普通の魔術なら自爆して周囲を吹っ飛ばすくらいで済むが、治療系の場合は話が変わってくる。

 過剰回復、必要以上の回復により肉体が耐えきれずに崩壊してしまう現象だ。

 逆手にとって攻撃魔術として作ったことがあるが燃費が悪く、接近しなければ使えないという難点から未発表の物だ。


「それも承知しています。だからまず自分の身体を治せるようになりたいんです」


「痛いぞ」


「覚悟の上です」


「苦しいし泣きたくなるかもしれない。いっそ殺してくれと心が折れるかもしれない」


「生徒のためなら、私は負けません」


「他の魔法系ジョブの奴らより何百倍も苦労することになるとしてもか」


「私が選んだのは生徒を守る道です。そのためなら、致命傷であってもなんとかしてくれる人がいるなら問題ないです」


 ……ただ単に甘やかされて舐められてるだけの先生かと思ったが、どうしてなかなか肝が据わってやがる。

 絶対に死なないという環境で痛みと死に近づく恐怖に慣れる訓練がしたいという。

 破壊者含めた勇者達が慕っているのもうなずけるし、聖女のジョブにふさわしい人物だ。

 同時に、彼女もどこかネジが外れているみたいだが誤差だな。


「いいだろう。あんた自身の魔術で治療が追い付かなくても私が治してやる。だがこの訓練は秘密裏にやるべきだな。リリ、どこか誰も立ち寄れない風呂付の部屋と着替えを大量に用意してくれ。それと先生の食事はしばらく肉を中心に」


「わかりました。では地下を用意しましょう。近衛兵専用の訓練場がありますが、彼等には他の場所をあてがいます。お風呂もありますし、治療場もあります。着替えと食事に関しても十分な量を用意しましょう」


「あとは生徒にどう言い訳するかだな。考えてあるか? 先生」


「えっと……」


 なるほど、後先考えずに飛び込んできたって感じだな。

 本来なら褒められたことじゃないが、即断即決は治療魔術師にとって一番重要な素質だ。


「昼は生徒に付き添ってやるといい。訓練は夜にやるとして、防音性はどうなってる」


「問題ありませんよ。近衛兵の訓練は苛烈で対拷問訓練なんかもありますから地下の防音性は物理的魔術的両方の意味で万全です。もちろん覗き見もできないようになっていますから」


「という事だ。しばらく寝不足に悩まされるかもしれないが、その辺の言い訳は自分で考えてくれ」


「ありがとうございます!」


 うん、やはり魔王討伐に向かうなら勇者の司と聖女の先生は入れておきたいな。

 けど3人だと流石に手数が足りないか。

 訓練に参加するって決めた奴らから選ぶか、あるいは伝手を頼って適当な奴見繕うか……いや、少し気が早いな。

 もう少し待つべきだろう。

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