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第8話

「司だったか。お前は映像を見てどう思った」


「どうとは?」


「なんでもいい。思った事を口にしろ」


 無反応、無関心、無邪気、それらは最初から想定内だ。

 こいつは型にはめるどころか最初から壊れている。

 粉々になった心なんて好きに模れるわけだからその場その場で最適な答えを出すだろう。

 それが気になった。


「そうですね……砦にいる弓兵が使っている弓ですが、随分と使い古されている。一方で剣は新しい。逆に攻め込んでいる側は剣は使い古されているのに弓などの武器は不慣れなようです。代理戦争ですかね」


「……正解だ。とある貴族同士の娯楽で仕向けられた戦いだった」


「回復は薬頼り。買った方が彼等から恩を総取りして搾取するつもりだったのかもしれませんが……この様子だと勝ったのは砦側ですね。剣を使っている側は近づけず、近づいても梯子を上っている最中に狙い打ち。短期決戦を仕掛けたけれど返り討ちにあったという所でしょう。仮に逆の立場であっても弓の扱いに長けた側が勝っていたでしょうけれど、もう少し善戦できたかもしれません。そして代理戦争という事であればふがいない負け方をした彼らはもう」


「そこまででいい。だがその推察はあっている」


 司の言った通り、この戦争の敗者は砦に攻め込もうとした県の扱いに長けた部族だ。

 彼らは武器の相性と、地の利、それらに負けたといっても過言ではない。

 もっと戦略を立てていれば話は変わっていただろうし、私達派遣された傭兵が表立って戦えれば勝機もあった。

 けれど彼らは私達の参戦を拒んだ。


 理由は明白であり、外部の手を借りる事は掟に反すると頑なに拒否されたため。

 ならばせめて砦だけは守ろうと約束した結果、前線に赴いた戦士たちは全員死んだ。

 そして貴族の娯楽であった以上、ふがいない負け方をした彼等の身内。

 つまりは女子供は酷い仕打ちを受ける事になったわけだ。


 とはいえ、守ると約束したため私はそれを保護する義務があった。

 持ちうるすべての権力を駆使して保護したが、女も子供も戦士の一族だ。

 仇討ちと言わんばかりに元凶になった貴族両家に牙をむき、全員粛清された。

 名誉の死と言っていたが、その名誉のために部族は全滅した。

 赤子すら殺され、一つの部族が消滅したという結果だけが残った。

 経緯はどうあれこいつの推測は正しいが、やはり壊れているとしか表現できない。

 勇者ならば大局を見据えろというのが最初に教えられる事だが、壊れた心の持ち主の扱い方、暴力的な方法以外で私はそれを知らない。

 暴れ馬どころじゃないぞこいつは。


 勇者であるという事は魔王に匹敵する存在であり、人の心を持ち合わせていないのであれば獣も同然。

 こいつをどう導くかが私の仕事になってくるが……少しばかり旗色が悪いか?

 それこそ第二の魔王が誕生しかねないと思うと今のうちに殺しておきたいくらいだが、世界がそれを許してくれないだろう。

 それにそんな事をすればリリも、国も立場が悪くなりくそったれな帝国か聖教国に喰われるのがオチだ。

 最悪の場合この国の国民全員が奴隷扱いを受ける事だってありうる。

 なによりこいつがいなければ魔王の相手は務まらない。

 戦うにせよ、交渉するにせよ、私一人では力不足だ。


「いいか、これは戦争と呼ぶにもおこがましい小競り合い程度だ。戦いに参加した人数は500前後、だが戦略と掟に縛られて一つの部族が消えた。ならば本物の戦争はどうなると思う」


 私の言葉に全員が沈黙する。

 しかし司は映像を眺めるだけで大した反応を示していない。

 先生を中心とした女性陣は顔を青くして震えているし、意気揚々と殴りかかってきた破壊者君ですら血の気が引いた様子だ。


「と、まぁこんな風に脅したわけだが逆に言えば戦略さえまともなら勝機はある。そういう意味では私は軍師としてそれなりに使えるわけだ。信じろとは言わないが、勝手な事をすれば今のお前らはすぐに死ぬ。生きたいなら強くなれ、そのための手助けは何でもしてやるし、装備が欲しければ国が用意してくれる。そもそもユニークジョブでどいつもこいつも強力な力を持っているんだからそう簡単には死なないようにしてやれるさ。だから……そうだな、これはお願いというべきか? 私の指導を受けて生き延びてほしい。エルフにとって500年という歳月は短いが、それでも悲惨な光景は嫌というほど見てきた。事故で呼ばれた君達を無残に死なせたくないというのは紛れもない本心だ」


 嘘である。

 そんな事は一ミリも思っていない。

 私は私の保身のために彼らを育てて、そして危険因子となっている司をどうにか元の世界に戻したいだけだ。

 いや、もっと言うならこの世界からの追放というべきか?

 次元の狭間に落ちて死んでも気にする事は無いし、どこか別の世界に送られたとしても知ったことではない。


 事が済めば二度と合わないようにできればいいんだ。

 その頃には私程度では勝てない存在になっているだろうから、帰還魔法を完成させて追放。

 完成までに司のストッパーとして同級生というこいつらが必要なだけだ。

 多感な年頃だけあって使いにくいのは事実だが、司以外は一度信じ込ませれば後は簡単に手玉にとれるだろう。


「……みんなで生きて帰るには、それが必要なんですね?」


「そうだ先生。特にあんたの力が物を言う。並の治療魔術では欠損した手足を生やすことは不可能だ。だが聖女の治癒魔術、あるいは治癒魔法ならば死んでなければどんな傷も癒せるだろう。病すら克服できる。文字通りの生命線だ」


「そう、ですか……わかりました。私は指導を受けます。皆さんはどうしますか」


 先生の言葉に静まり返る一同。

 気持ちはわかる。

 日本の学生ならば敷かれたレールの上を進むだけでよかっただろう。

 多少は自分で道を選んだりもしただろう。

 けれどそれらは先人が作り上げた物だ。

 今彼等の選択肢の中にそんなものはなく、自分で道を開拓していくしかない。

 何が正解で、何が間違っているのかも判断できない子供の集まりだ。


「雫ちゃんがそういうならわたしだって……」


「待てガーディアン。誰かがやるからという理由で初めてもお前の力にはならない。自分で考えて、なんのために力を使い、どうやって守るかを考えるべきだ。そうでなければ死ぬのはお前だけじゃすまない」


「……そんなこと」


「わかっていると? たしかにお前は守りに特化しているジョブだ。だが攻撃は不得手、先生の盾になったとしてお前を置いて逃げられるような性格ではない。諸共死ぬならまだいい、最悪の場合はお前を人質に死ぬまでこき使われることになるのは先生だ。当然お前に人としての扱いなんかない。両手を捥がれ、痛めつけられ、凌辱され、尊厳を奪われ、口にするのもおぞましい行為だって平然とするような連中がいるという事を忘れるな」


「……………………」


「本来ならこの後も訓練をするつもりだったがそういう空気じゃないな」


 くるりと見渡せば全員が考え込んでいた。

 もちろん怯えて震えているだけの者もいた。

 脅しが効いたのだろう。

 だけどそれでいい、ここで動けないなら役には立たない。


「三日後訓練を再開する。それまでに参加するかどうかを決めろ。それ以降気が変わったとしても私は対応してやれないから騎士共に任せる事になるが、あいつらはユニークジョブの使い手じゃないからな。生存率は落ちると思え」


 それだけ告げて訓練場を後に……しようとした瞬間だった。


「決めたので今すぐ訓練受けることは可能ですか?」


「……司、勇者様だからといって図に乗るな。お前の言葉は全体の言葉として受け止められかねない。お前一人が決めたとしても責任を負うのは全体だ」


「なるほど」


「それにさっきガーディアンにも言ったが誰かがやるならという理由での志願は受け付けていない。お前に便乗しようとする奴や対抗心で参加するような奴も邪魔だ。わかったら解散しろ。どうしてもというなら三日後まで騎士団の訓練に参加できるように手配してやる。それで我慢しろ」


「わかりました」


 理解が早くて助かる、というべきなのだろうけどこいつの場合はなぁ……。

 基がぶっ壊れてる以上目の前にある選択肢の中で一番有益なの選ぶのが当然とか思ってそうだし。

 なまじ求心力があるくせに、周囲の影響を考えないのがまたタチが悪い。

 こいつらを育てるとか……本当にできるかねぇ。

 最初はスタミナと魔力を重点的にと思ったけど、こういう時は頭のネジが吹っ飛んでる奴の方が強いんだろうな。

 関りが無ければ尻尾巻いて逃げてる所だったってのに……。

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