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第6話

「なんだよそれ! 俺達はそんなくだらない事のためにこんな糞みたいなことに巻き込まれたのかよ!」

「そうだよ! 酷いよ!」

「なんで私達が……!」

「お母さん……お父さん……」


 うんうん、わかるよ。

 普通怒るし、悲しむし、望郷の念に駆られて当然だ。

 雫先生すらも顔色を変えて涙をこらえている。

 だというのに勇者は顔色一つ変えない。


「つまりこの二つの国のいざこざに巻き込まれたハーネロス王国は僕たちを保護してくれたと考えていいですか?」


「お? あー、そういう事になるのかな? 勇者はもちろんだけど、そっちの先生も危なかったから首の皮一枚繋がったかもしれんよ」


「どういう事です?」


「その前に名前を聞かせてもらえるかな、勇者君」


 唐突に口を開いてびっくりしたぞ。

 無表情のまま状況把握だけは完璧って向こうの世界で何してた人?


「琴吹司です。司と呼んでください。それでこちらの質問に答えてもらえますか?」


「あぁ、ハルファ聖教国は人間こそが神に選ばれた種族って声高々と宣伝していてな。それが集まって宗教国家になったわけだが、聖女なんて存在がいたらなにがなんでも確保しようとするんだ」


「なるほど、読めました。その聖教国にとって先生は喉から手が出るほど欲しい人材であり、その影響力を高めるのに好都合。僕も魔王という巨悪と戦い、人間の手で打ち取ったという実績を得るのに不可欠。だから戦争に至ったわけですか」


「察しが良くて助かるよ。ただ聖女の方は偶然だけどな。他の面々も巻き込まれたことになるわけだが、君らが帰還を望むように私も、この国も君達という不穏分子を元の世界にさっさと返品したいというのが本音だ。ここで放り出しても損しかしないが、手元においておけるほどの余裕はないんだ」


 おっと、明け透けに言い過ぎたかな?

 リリが凄い目で睨んでいるし、生徒たちも怒りの矛先をこちらに向けてきた。

 計算通りではあるけれど……少しヘイトが強すぎるな。


「そのための研究は進めるが、君達全員生きて帰りたいならこちらでの戦い方を覚える必要がある。その教官として呼ばれたのが私ってわけなんだが納得してない奴も多いよな?」


「当然だ!」


「女なんかに負けるかよ!」


「エルフってあれでしょ? 魔法と弓が得意なだけじゃない」


「ユニークジョブとやらを試してみたかったところだ!」


 おぉ、結構ノリノリじゃないか。

 発破をかけるにも悲観したままだとやりにくかったんだよね。

 それにこいつら表には出してないけれど、少しはワクワクしていたみたいだしな。

 多感なお年頃の学生が、事故とはいえ刺激的な事件に巻き込まれる。

 それで心躍らない奴は多くないだろう。

 もちろん普通に怖がったり悲しんだりしているのもいるけれど。


「せっかくだ、かかってこいよ。年季の違いを見せてやる」


「野郎ぶっころしてやらぁ!」


「破壊者君、さっきもそうだったけど大振りすぎ。君のジョブなら軽いパンチでも十分な効力を発揮するよ」


 そっと手を添えて攻撃を逸らす。

 同時に後頭部目がけて飛んできた壺をキャッチしてテーブルに置く。

 これはサイキッカーのジョブかな?

 名前からして魔法系統だと思ったけど無詠唱の類……屋内での戦闘なら負け知らずかもしれないね。


「ほいほい」


 ジョブの力と異世界転移の力、それらを合わせたところで素人の喧嘩。

 大した被害は出ない。

 地図とリリは騎士に確保されて安全圏に離脱。

 必死に止めようとしている雫先生はギャルたちが捕まえて安全な場所に避難。

 勇者司は……なんだ、このねっとりした視線。

 こちらを観察しているにしても……まさかもう鑑定を使いこなしている?

 だとしたら相当な逸材、同時に危険因子だな。


「これならどうだ!」


 破壊者君が地面を思いっきり蹴り上げた。

 凄いな、石畳が一瞬で砂に変わって目つぶしされたよ。

 そのまま振り上げた足を下ろさずに顔に蹴りを入れてきたけど……。


「まぁこれがレベル差ってやつだね」


 ポンッと受け止めた。

 指輪をつけていたけれどそっちも無事。


「石砕いてるんだぞ!?」


「並の人間なら即死かもしれないけどね。世の中理不尽な物さ。どれだけあがいても上には上がいる。魔王なんか私より強いんじゃないかな。一人でやり合った事は無いけど搦め手ならあっちの方が手札多いから最終的に負けると思う」


「そんなのをどうやって倒せっていうんだよ!」


「そこで重要なのが勇者というそんざっ」


 講義の途中だったが咄嗟にその場から飛びのいた。

 目つぶし、同時に首に剣を突き刺しに来た存在がいた。

 司だ。

 こちらが油断する瞬間を待って置物の剣を取り、目つぶしを囮にして首を狙ってきやがった。


「あぶねー、死ぬかと思った……」


「残念。避けられましたか」


「お前殺す気だっただろ」


「それが流儀だと思ったので。違っていました? だとしたらごめんなさい」


 あぁ、ようやくわかった。

 こいつネジが飛んでるとか訓練されてるとかそういうのじゃない。

 その場の空気に合わせて動く機械、そう例えるのがぴったりだ。

 勇者という装置であり、訓練であろうとも必要なら教官だろうと殺す。

 必要がないなら誰も殺さないし、頼まれたらなんだってやる。

 矛盾も何もかもを飲み込んで、その場で求められた行動をするだけの存在だ。


「相手が私に限り、その行動は正しいと言っておくよ。他の奴にやったら死ぬからやるなよ?」


「わかりました」


 ひゅんと剣を振ってお辞儀をしてみせる。

 その作法、この国の騎士がやるやつだな。

 しっかりと周囲の状況を飲み込んでいる。

 ……こいつらを元の世界に返品する理由が増えたな。

 魔王をどうにかした後、こんな危険人物をうろつかせておくのはやばい。

 ユニークジョブの軍勢、旗頭の勇者は狂人で、扇動者がいる。

 こいつらなら暴力だけで大陸統一も可能だろうけれど、その際にどれだけの人が犠牲になるか想像もつかない。

 そして必要ならそれをやってしまう。


 やれるのではない、やるのだ。


 世界の命運がかかってくるし、もし勇者が魔王と手を組んだらと考えるだけでも恐ろしい。

 同行する理由もできた。

 あとは……。


「司君! やりすぎです!」


「ですが先生、あの人はいいって……」


「ダメです! 人殺しなんて絶対ダメ! わかりましたか!」


「……はい」


 あの先生を守ることだな。

 ストッパーとして一番重要な人間だ。

 少なくともあの人がゴーサイン出さなきゃ勇者は普通でいられる。


「とりあえず魔王討伐に行くのは勇者と、そこの先生で確定でいいか? あと一人か二人選ぶつもりだけど、本人の意思を尊重する。そこの二人以外はな?」


 私の言葉に静まり返った生徒たち。

 今の一瞬のやり取り、確実に殺すという司の行動に気おされたのだろう。


「いやー、怖いなぁ。俺漏らしちゃいそうだよ」


 そんな空気を和ませたのはトーカーの田中だった。

 よく見ればブローチをつけていない。

 空気が和らいだのはこいつのおかげか?


「おい、ブローチを外すなって」


「いやいや、こんな張り詰めた空気じゃ息苦しくて息苦しくて」


「だとしても未知数なところが多いんだ。うかつに能力を使うべきじゃないだろ」


「それもそうなんですがねぇ。ほら、俺ってばこの通りお気楽人間なもんで、シリアスってのが嫌いなんですよ。ってなわけでみんなスマイルスマイル」


 田中の言葉に全員の肩から力が抜けたのが見える。

 司ですら頬を緩ませて、剣を元の場所に戻して戦闘態勢を解除した。

 ……こいつが一番恐ろしいかもしれないな。

 雫先生がストッパー、ブレーキなら田中はアクセルにもブレーキにもなりうる。

 もしこいつらを殺すなら、田中を最初に殺すべきだろう。


「はぁ、とりあえず魔王をどうやって倒すかだけどさっき見ただろ? いや、見えなかっただろ? 司の動き。圧倒的な力で搦め手を使う前に終わらせる、軍勢じゃなく少数で挑むのは今お前らが田中にやられたように扇動、あるいは洗脳されるのを防ぐ必要があるから。最悪死体から動かす方法だってあるからな? それを正面突破できるのは勇者くらいなんだよ」


「……ちっ」


 破壊者がその言葉を聞いて気分悪そうに舌打ちをした。

 お年頃だからな、嫉妬もあるんだろうけれど表情からは安堵が見える。

 最前線に行く可能性が減ったという安心感だろうな。

 まぁそれでも訓練はするけど。



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