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第5話

「そういえば名前聞いてなかったわね王女様? 口調もただした方がいいかしら」


「こちらこそ申し遅れました、偉大なる師よ。私はリリエンタール・ベルツ・ハーネロス。口調もどうぞそのままで」


「そう、じゃあよろしくリリ。私の事はユキでいいわよ。そんなたいそうな呼び名されるような事してないし」


「御謙遜を。数多くの魔術の祖とされるお方です」


 研究している人たちが少なかっただけなんだけどなぁ……と思いながらもリリの案内の元勇者たちがいるという王宮に向かう。

 あちらにも伝令を出してあるらしく、まずは鑑定をしてほしいとのことらしい。

 たしかに訓練をするにしても術師系統なのか前衛なのかわからないとどうにもならない。

 まぁ基本的にやることは走り込みと筋トレがメインだけど、それ以外の訓練方法が変わってくるからね。


 ユニークジョブというのはその名の通り過去例のないジョブの事だから、既存の教本が全く役に立たない事も多いし。

 私自身手探りで究明者のジョブについて学んで、ようやくってところもある。

 可哀そうな事に中にはユニークジョブに就いたはいいけれどどんなものか理解できず、誰にも理解されずに一人孤独に死んでいったなんて例もある。

 ジョブ特有のデメリットという物で、ジョブに就かなければある程度の魔術も剣術も使える。

 スキルそのものが使えないだけで一定の能力は保証されるのだ。


 これを世間ではノービスと呼んでいるが、貴族みたいな権力者の中にはノービスであることこそ気品があるなんて考えの国もある。

 逆にジョブを得てレベルを上げて力を蓄える事こそ民への貢献とする国もあるから一概にこれとは言えないけれど、どちらも実力主義というのは変わらない。

 ジョブに就くことはできても、ノービスに戻ることはできない。

 それは私の研究でも不変の物という結論が出ており、そして一度ジョブに就いてしまうと適正によってはそれまでに覚えた剣術や魔術が使えなくなることもある。

 全てが無駄になるわけではないにせよ、そういう事故もあるのでどちらの言い分にも一理あるのだ。


 求めるのは安定性か求心力かの違いで、あとは立場とか跡取りとか関係ない四男とかの話になってくる。

 たまに一発逆転を目指してジョブに就く没落貴族や落ち目の名家なんかの人間もいるけど、平凡なジョブで終わるのが普通だ。

 まぁそれなりに有能だったら騎士くらいにはなれるから名誉回復の一助くらいにはなるけれど。


「しかし29のユニークジョブか……流石に研究は間に合わないだろうな」


「そういうものなのですか? 聞いたところではユキ様は過去50以上のユニークジョブの究明を果たしたと聞いておりますが」


「それ全部研究し終えるまでに200年はかかってるから流石に無理。全員の能力を把握するだけでも大変だし、女神の恩寵でどこまで成長するかわからない。それに下手したらジョブが進化するじゃない。そうなったらお手上げよ」


「なるほど」


 レベルアップの事を女神の恩寵と呼ぶのだが、この世界には数多くの神がいる。

 ただ最初に誰かが女神と言い出したから、それに倣ってずっと女神の恩寵って呼び方が伝わっている。

 一方でレベルアップという言葉自体も過去に召喚された勇者が残しているので問題なく伝わる。

 昨今は恩寵と略されることも多いけれど、大陸から出ればまた別の呼び方があってその辺りも研究対象にしてはいるのだけれど、これを紐解くのは時間がかかりそうだ。

 そしてジョブの進化だが、これはゲームでもあった事で正しく言うならランクアップだ。

 特定のジョブでレベルを上げる事で能力値やスキルが強化された上位ジョブになる。

 それをこちらではジョブの進化と呼んでいるが、ユニークジョブの場合進化した例はほとんどない。


 逆に言えば極稀にあるわけで、ただでさえ強力なユニークジョブが進化するとなればそれはもう一大事。

 下手をすれば単独で国相手に喧嘩を売れるくらいの強さになってしまう。

 そんな個を許すほど平和ボケしていない諸国では囲い込みに必死になるし、どんな手段を用いても国に留めようとする。

 今回のユニークジョブが異世界人関連でなければこの国でも貴族、下手すればリリ自身をあてがったり莫大な金銀財宝で囲い込んだりしただろう。

 それをしないのは各国家間の取り決めで、異世界人は特定の国に所属しないものとする、また王家や貴族との婚姻を認める代わりにその者から得た知識は世界共通の財産とするという物があるからだ。


 そりゃ囲い込めば最初は上手く行くが、後々面倒な事になるから最終的には個人の自由に任せるよという内容で決まった。

 この決まりができるまでは異世界人目的の戦争で異世界人死んじゃいました、みたいなこともあったので致し方なし。


「つきました。この先で皆様お待ちです」


「あいよー」


 たどり着いたのはでかい扉の前。

 高さは5m以上あり巨人でもすんなり入れるサイズになっているが、びっしりと魔法陣が書き込まれて防犯システムも兼ねている。

 もちろんこんなバカでかい扉を腕力だけで開けられる者は限られているので自動ドアにもなっているのだ。

 異世界人の知識と魔術の融合による作品ともいえる。

 いつ見ても壮観だなぁと思いながらも開いていく扉の向こうでこちらを睨んでいる少年少女達……十代って聞いていたからまさかなとは思ったが、学生服だった。

 随分と懐かしい格好、男女ともにブレザー着ている辺り向こうは冬だったのかな。

 こっちは今初夏に近いけれど暑くないのだろうか。


「皆様お待たせいたしました。彼女が皆様のジョブを判定してくださるユキ様です。この国の成り立ちにも関わってらっしゃるお方でして……」


「あ、その辺の紹介はいらないと思うからさっさと済ませよう? 彼等もそういうのに時間取られたくないだろうしね」


 そう言って鑑定の魔術を行使する。

 転移してきた時からずっと鑑定スキルは使いっぱなしだし、目に移る情報の全てを究明者のジョブが片っ端から解析し続けてくれているけれど術を行使したというパフォーマンスを取らないといけないからね。


「それで、わからないのって誰? ぱっと見大体の人はわかるんだけど」


 破壊者とか、魔導賢者とか、占星術師とかそれっぽい名称でわかれているからおおよそは理解できる。

 中にはゲーム時代には結構な人口を誇っていたジョブも見かけるけれど、思えばこっちじゃ見たことなかったなぁってのもいるな。

 銃術師なんかがその代表だけどこれはなんて説明するべきか……そもそも魔術があるから銃とかの兵器関係はあんまり進歩してないんだよね、この世界。


「まず自分のジョブがよくわからないって人がいたら手を上げてくれるかな?」


 私の言葉に数人が手を上げる。

 先ほどチラリと見た占星術師もいたが、その子……ツインテールが可愛らしい女の子だけれどおずおずと言った様子だ。


「君は占星術師だね。ジョブの傾向としては味方の支援に特化しているジョブだよ。一方で直接的な戦闘は苦手で、仲間の力を底上げしてくれる。簡単な回復魔術なら使えるから術師として訓練を受けるべきだね。そっちの子はカードマスター……これ本当に聞いたことも無いジョブだけど召喚術師と同系統だね。カードを媒介としてモンスターを召喚したり魔法を行使したりできる。ただそのカードがどんなものかわからないな。そんで……」


 一番気になった存在、ボブカットの少年だがジョブの名前はトーカー。

 解析に一番時間がかかっているのだが、話術に長けているようだ。

 言霊師みたいな魔術系統かとも思ったけど究明者のジョブは違うと言っている。

 どちらかというと召喚術師に近いようだが、それもまた違うようだ。

 どれもこれも私の中で上げた可能性をジョブが否定していく。


「トーカー、話術師というべきかな? 今私が解析した限りじゃあらゆる存在と会話が可能なジョブだけど……この中で一番複雑なジョブだね。他の人はパッと見れば大体の情報は出そろうのに君のは解析に時間がかかっている。物凄く稀有なジョブだし、どういう事ができるとこちらで保証はできない。まさに未知の職業とも言える」


「つまり俺は役立たずってことですかね。あ、田中って言います俺」


 ヘラヘラと笑いながら言って見せる少年。

 その言葉に周囲の人が小さく笑うし、リリも笑みを浮かべる。

 私もつられそうになるが……なるほど、これが彼のジョブの力か。


「少しわかった。君は話術で周囲に影響を与える。君の意志を言葉にすることで周囲の存在に意図した通りの感情を与えることができるのかな。ある意味では危険だけれど、君の場合悪意が無いのが救いだね。ただ言動には気を付けた方がいいのも事実だ」


「まるで道化師っすね。俺が笑えと言えばみんな笑って怒れって言ったら怒ると?」


「いや違う。そんな命令できるようなものじゃない。むしろ自然にそうなるように仕向ける……言葉巧みに周囲を扇動できるものだ。とりあえずこれをつけておきなさい」


 インベントリから取り出した魔道具のブローチを手渡す。

 魔封じのブローチ、それを身に着けている限りあらゆる魔法や魔術の発動を阻害する。

 究明者から得られた情報では言葉に魔力を乗せているようだからこれで凡そのトラブルは防げるだろう。


「これは?」


「君の言葉の影響を防ぐ魔道具だよ。君達だって仲間同士妙な腹の探り合いはしたくないだろう? そいつをつけていれば君の言葉は力を持たない。普段通りの会話も楽しめるはずさ。物理的に喉を潰すより優しい方法だしね」


「そんなに危険なのですか?」


「いや、まだレベルも低いし大したことはできないよ。扇動と言っても感情を少し動かすのが精いっぱい。事実私は彼の言葉の影響を受けなかった。ただ今言った通り仲間同士で疑心暗鬼になるよりはマシだろうからね」


 リリが危惧しているのは反乱だろう。

 ユニークジョブ持ちが29人、そこに勇者と聖女がいるとなれば国ひとつ落とすのは容易いだろう。

 その中に他者を扇動できる存在がいるとなればなおさらだ。

 幸か不幸か旗頭がいるせいで一部の貴族なんかも反乱に加担しかねないとなればそりゃ恐れるだろう。


「んで、勇者様と聖女様は誰かな?」


「私です」


 だろうね、という言葉を飲み込む。

 先ほどから生徒たちの前に立っていた小さい女性。

 1人だけタイトスカートでいかにも教師ですって格好をしていた人だけどあえて無視していた。

 異世界の学生事情を知っていると思われると変に勘繰られるから。


「なるほど、確かに聖女のジョブだ……ただこれは……」


「どうしました?」


 リリが不安げに問いかけてくる。

 その聖女様自身も少したじろいでいるし、生徒たちもざわざわと声を発している。


「いや、聖女というには随分なお子様体系だなと。私が知っている聖女ってだいたいナイスバディなねーちゃんか、年老いてなお人々を癒すために各地を行脚する婆様だったからさ」


「誰が幼児体型ですか!」


「まぁまぁ雫ちゃん、そんなに怒ると皴が増えちゃうよー」


「先生をちゃん付けで呼ばないでくださいよ……もう」


 ギャルが仲介に入ったがどうにも視線がきついな。

 えーと? ジョブはガーディアン……名前からして守りに特化しているな。

 剣術などは……不得手か。

 盾の取り扱いに特化しているみたいだ。

 やっぱり前衛だな。


「すまないな、そこのトーカー君みたいに場を和ませようとしたのだがどうにもそういうのは苦手みたいだ。だから睨まないでくれ、貶めるつもりは無かったんだ」


「だとしても雫ちゃんを怒らせるのはどうなのかな? 耳長さん?」


「本当にすまん。あぁ、だけどその耳長っていうのはやめてくれ。というかやめておいた方がいい。こっちじゃその言葉はエルフの蔑称だ。聞く奴が聞いたらぶちぎれる」


「え? そうなの?」


「うん、まぁ森に棲んでいるエルフは気にしないと思うよ。ただ街のエルフは怒ると思う。国によっては差別扱いで衛兵に怒られるんじゃないかな。その辺の常識も教えた方がいい?」


 リリに顔を向けるとこくりと頷いた。

 ふーむ、とりあえず座学から始めるべきか実力を見るべきか……。


「んなこたどうでもいいんだよ! 魔王がどうのとか俺等に関係ないんだから早く元の世界に帰せよ!」


「おん?」


 声を荒げたのは破壊者のジョブを持つ筋肉質な男の子。

 金髪だけど頭頂部は黒いから染めているんだろうな。

 ピアスやネックレスはどう見ても校則違反だけど、いわゆるヤンキーか?


「悪いが元の世界に戻す魔法ってのはまだ研究中でね、とはいえいろんな種族がこぞって研究しているのに500年以上なんの成果も無いから難しいとは思うけれど私も頑張ってみるからしばらくはこっちで耐えてくれ」


「しばらくってどれくらいだよ!」


「さぁ? 申し訳ないけれど私も素人だからね。その辺今から研究しようとしたらどれくらいの時間がかかるかわからないのさ」


「っざけんな!」


 そう言って殴りかかってきた少年だが大振りだ。

 しかも狙いが雑。

 リリの襟を引っ張って下がらせつつ、私も身をかがめればその拳は中を切り近くに置いてあった彫像に当たった。

 同時に彫像が粉々に砕け、その場に砂として散らばる。


「ふむ?」


 サラサラとした心地よい手触り。

 破壊者というのはそういうジョブか。


「君の拳……というか全身が凶器だね。下手に人を殴れば簡単に殺してしまうだろう」


「なっ……」


「とりあえず謝罪をさせてくれ。無責任な言い方になってしまって悪かった。ただ私としては君達を元の世界に帰す手助けをするのはやぶさかじゃない。だがその方法を捜すとなると私一人では限界があるんだ」


 そこでひと呼吸おく。

 全員の視線が私に集まるのを待ってから次の言葉を、たしかヒットラーなんかも使ってた演説の手法だったかな。


「だがここには魔法や魔術に特化したユニークジョブの持ち主もいる。君達のお友達だ。彼等の手助けがあれば短期間で術式を組み立てる事もできるかもしれない。元の世界に元の姿のまま、能力を捨ててとなるともう少し時間がかかるだろう。それでも不可能ではないという事を伝えたいんだ。何をやるにも一人では限界があるってことを知ってほしい」


「お前らが呼んでおいて都合のいい事言うんじゃねえよ!」


「あー、まずその勘違いからただす必要あるか……」


「勘違いですか?」


「そうそう、えっと雫ちゃんだっけ?」


「宮崎雫です。これでも26歳ですからちゃん付けは……」


「そっか、じゃあなんて呼べばいいかな。他の子達みたいに先生とか?」


 ちらほら先生やら雫ちゃんやら呼ばれてる辺り結構親しまれている様子の彼女。

 ちんまいからこそのちゃん付けなんだろうけれど、小柄な体躯とは裏腹に性格は結構どっしりと構えている感じがする。


「まず勇者召喚という魔法は確かに存在する。だけど今回は意図的にそれが発動したわけじゃない。なんて言えばいいかな……君達同様巻き込まれたというか、偶発的な事象というか、事故というか……」


「待ってください。その事故に巻き込まれたから手伝えというのはさすがに傲慢では?」


「うん、まぁ私もそう思う。ただ本題はここからでな。誰か地図持ってきてくれ」


 私の言葉に反応して騎士の一人が敬礼してからどこかへ走っていった。

 まぁ地図と言っても大まかなもので国境とかそういうのは曖昧になってるんだよね。

 地形観測の魔術はあるけれど必要な魔力がとんでもなく多いから使える人が少ないのと、その観測した地形も突発的な事故でほいほい変わるから大まかにしか書いてない。


「お、早いな……って額縁ごと持ってきたのか。まぁいいや」


 騎士が持ってきたのはどこかに飾られていた地図だろう。

 王宮はその力を誇示する目的と、いざという時すぐに作戦を立てられるように地図を飾っていると聞いたけど本当だったんだな。


「まず私達がいるのがここ……であってるよな?」


 リリに尋ねると首を縦に振って答えてくれた。


「はい、ハーネロス王国です」


「で、こっちにあるのがアシアン帝国。年中戦争してる国で物資に乏しい。一方でこっちがハルファ聖教国。物資はあるが亜人を迫害しているから方々から嫌われていて私達は基本近づかない」


「亜人?」


「エルフとかドワーフとか、そういうのの総称。私もエルフの端くれだから近づかないし、下手したら奴隷コースだから」


「そんな……」


 あー、現代日本の感覚だと奴隷って聞けばそんな反応もするか。

 こっちじゃ結構いるんだけどね。

 国によって扱いがピンきりで派遣労働者みたいな扱いの所もあれば文字通り使い捨ての所もある。

 ハルファ聖教国は後者。


「この二つの国が権威づけのために勇者召喚をしようとして戦争をしていたんだ」


「なぜですか?」


「勇者の召喚に必要な魔力が足りないから生贄が必要だった。死に際って一番魔力を放出するんだよ。まだ研究中だけど女神の恩寵、レベルアップとか言われるのはその魔力を吸収して身体と魂が強化される現象だってのが通説だけど、その魔力を使って召喚しようとしたみたいだ。話を戻すが、大量の死者が出たことで行き場を失くした魔力が魔法として発動して、戦場近くにあったこの国で大規模な召喚になった」


 そこまで話して全員の顔を見る。

 ふむ、大半は顔を青くしたり赤くしたりしている。

 たしかに殺し合いの結果自分たちが呼ばれたとなれば恐ろしくなるだろうし、権威づけのためなんて聞かされたら怒るだろう。

 ただ事実なんだよ、少年少女。


 ……いや、一人妙に冷静なのがいるな。

 鑑定の結果勇者と出たが……こいつがか?

 どう見ても普通の学生、顔立ちこそ整っているが感情が一切読み取れない。

 暗殺者、あるいは熟練の騎士のようだ。

 本当に学生なのか?

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