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第38話 ロバート・キャパの贈り物

 レーダーに感知されないように、超低空を飛行する『RF―8A』。

 スピードを、徐々に落とす墨子機。機体には『蚩尤(しゆう)』がモノクロで描かれている。『蚩尤(しゆう)』——中国古代の戦の神。獣の姿をして、金属の頭を持った異形の神。まさに、この機体にふさわしいのかもしれない。

 この時代の戦闘機には、GPSは搭載されていない。レーダーとスタンドアロンの位置情報システム、そして自分の目だけが、唯一のたよりである。

 数分後。人工物が見え始める。小さな点であったそれはだんだん、その形を明らかにしていく。

 激しい振動。腰が浮き上がる。そして——いくつもの光の筋が横を流れていく。

(見つかったか…………)

 対空機銃による砲火。キューバ革命軍に地対空ミサイルはないとはいえ、こちらも武装は皆無である。両翼に被弾すれば、墜落の可能性もある。

 左右に機体をスライドさせながら、森の中にぽっかりとあいた広場に機体を誘導する。

 チャンスは一度。じっと目を凝らす墨子。大きな衝撃。右翼に着弾したらしい。気にせず機体カメラを起動する。さらに激しくなる銃撃。小銃を持ってこちらを狙う兵士の姿も見えた。そしてその奥には——

「あった!」

 準中距離弾道ミサイル『SS―4サンダル』とそれを搭載した車両の列が視界に入る。しかし、カメラのフレームになかなかおさまらない。あまりにも激しい砲火に近寄ることができないのだ。

 墨子は即座に判断する。

 僚機に、ハンドサインで撤退を指令する。現場から離脱する僚機。そして自分の機体も、一度上昇させる。対空砲火の届かないところまで上昇したのち——墨子の『RF―8A』はスペックぎりぎりの急降下を敢行する。

 地上すれすれのところで、機体を切り返す。不意を突かれた地上部隊は、対応ができない。そのまま、ミサイルの上を旋回し、フィルムのある限りカメラをフルオートシャッターで撮影する。——あっという間の、出来事であった。

 二度の旋回ののち、残る燃料すべてを燃やし尽くすように、『RF―8A』は戦場を離脱する。時速千キロの速さで、待ち焦がれる奈穂のもとに——

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