レーダーに感知されないように、超低空を飛行する『RF―8A』。
スピードを、徐々に落とす墨子機。機体には『蚩尤(しゆう)』がモノクロで描かれている。『蚩尤(しゆう)』——中国古代の戦の神。獣の姿をして、金属の頭を持った異形の神。まさに、この機体にふさわしいのかもしれない。
この時代の戦闘機には、GPSは搭載されていない。レーダーとスタンドアロンの位置情報システム、そして自分の目だけが、唯一のたよりである。
数分後。人工物が見え始める。小さな点であったそれはだんだん、その形を明らかにしていく。
激しい振動。腰が浮き上がる。そして——いくつもの光の筋が横を流れていく。
(見つかったか…………)
対空機銃による砲火。キューバ革命軍に地対空ミサイルはないとはいえ、こちらも武装は皆無である。両翼に被弾すれば、墜落の可能性もある。
左右に機体をスライドさせながら、森の中にぽっかりとあいた広場に機体を誘導する。
チャンスは一度。じっと目を凝らす墨子。大きな衝撃。右翼に着弾したらしい。気にせず機体カメラを起動する。さらに激しくなる銃撃。小銃を持ってこちらを狙う兵士の姿も見えた。そしてその奥には——
「あった!」
準中距離弾道ミサイル『SS―4サンダル』とそれを搭載した車両の列が視界に入る。しかし、カメラのフレームになかなかおさまらない。あまりにも激しい砲火に近寄ることができないのだ。
墨子は即座に判断する。
僚機に、ハンドサインで撤退を指令する。現場から離脱する僚機。そして自分の機体も、一度上昇させる。対空砲火の届かないところまで上昇したのち——墨子の『RF―8A』はスペックぎりぎりの急降下を敢行する。
地上すれすれのところで、機体を切り返す。不意を突かれた地上部隊は、対応ができない。そのまま、ミサイルの上を旋回し、フィルムのある限りカメラをフルオートシャッターで撮影する。——あっという間の、出来事であった。
二度の旋回ののち、残る燃料すべてを燃やし尽くすように、『RF―8A』は戦場を離脱する。時速千キロの速さで、待ち焦がれる奈穂のもとに——