虚空の青空を切る、二機の灰色の矢。その名称は『RF―8A』。それはかつて『ミグマスター』と呼ばれ、重武装の機関銃を搭載していた機体『F―8クルセイダー』の改造型で、武装をすべて取り外したバージョンである。
乗員は一名。指揮を執るのは『少佐』たる、『孫墨子』であった。
キューバ基地の航空写真は『U―2』で撮影済みである。しかし、それはぼんやりとしたドット絵的な情報に過ぎない。本当に核ミサイルが配備されているかという点では、疑問の余地が残る。
『そんなら、俺が行ってくるぜ!鮮明なミサイル基地の写真が必要だろ』
そう志願する墨子。自分の権限を『司法長官』から、『海軍少佐:第44超低空偵察隊隊長』に変更する。
『え、でも……』
躊躇する奈穂。
いくらシミュレーションとはいえ、危険な役割を担わせるのは気が引けた。
特に最前線の指揮となれば、見たくないものも見てしまう可能性がある。戦場に必然的な『死』——それは自分のものである可能性も。
『大丈夫!まあ……こういうのはなれてるからな。スーツ着ているよりはこういう仕事のほうが気が楽だ。何より……おめーらたちの役に……立てばな……』
奈穂は、一歩前に出る。
ぎゅっと墨子を抱きしめる。
驚く、墨子。
『絶対、けがしないでね。これは大統領命令ではなくて……私の一番の希望だよ』
ちょっと、時間差を置いておう!と墨子が声を上げる。何やら不満そうな知恵。
そして、たった一機の僚機を引き連れて超低空の偵察に向かう。コクピットに飛び乗る墨子。親指を立て、奈穂に合図を送る。
『絶対撃ち落されない。例え片翼になったとしても。撃ち落されたら、それ自体国際問題になるしな。大丈夫!』
ハッチがしまる。懐から、墨子はごつい何かを取り出す。墨子の愛用のモーゼルC96。それは固定装備のないこの機体において唯一、安心できる武器である。
『奈穂氏は自分を信頼してくれた。ならば……』
士は己を知る者の為に死す。
あの人は優秀で、自分にないものをいっぱい持っている。もしかしたら自分が今ここにいるのは、そのためかもしれない。
しかも、彼女は私を抱きしめてくれた。自分を『ミッドウェー海戦』のシミュレーションで助けてくれた。恩は返さないといけない。この身に代えても。
「さあ、行くぜ!目指すはサンクリストバル頼るはただ、この一丁の拳銃のみだけどな。まあ、カストロさんもたった十八人でキューバ革命したんだ。いい勝負だぜ!」
機体が唸る。出力を全力開放する。海面にかわり、緑に埋め尽くされた不揃いな地面がまるで床のように迫ってくる。墨子の戦いがいま、始まる——