右手の指を空に泳がせ、原稿を入力する。入力AIと推敲AI、翻訳AIが同時に起動し、国連公用語に同時翻訳されていく。
「う~ん」
史実の演説を、別なフィジカルウィンドウで確認しつつ、これから来たるべきテレビ会見に奈穂は臨もうとしていた。
いくらシミュレーションとはいえ、緊張するのは事実である。正直、あまり皆の前で話すということは好きではない。
「準備できたよ。ナポちゃん」
「その呼び方、だめ」
打ち込みながら、知恵をそうたしなめる奈穂。しかし、正直諦めの気持ちもあった。
「服装ももっと立派にしないと……こんなのは?」
知恵がコンソールを操作し奈穂のコスチュームを変更する。堂々たるタキシード、軍服のようなスーツ……いろいろなコスチュームが点滅する。
「やめて……」
いいように遊ばれながら、原稿を打ち込み続ける奈穂。奈穂が手を離せないことを見越して、好き勝手やっていることは見え見えである。
「やっぱ、ナポちゃんはこれかな」
最終的には青のスーツ。下はスカートであるが。肩には赤と白のストライプの布がかかっている。星条旗——この国の象徴である。
「こんなものかな——知恵さん、見てくれる?」
AIによる推敲がされたとはいえ、最終的に聞くのは人間である。『大須桃』という得体のしれない敵が。奈穂は知恵に最終的な原稿のチェックをお願いした。
知恵の端末に全データを転送する奈穂。日本語はもちろん英語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語——複数の言語ウィンドウを並列に開きその演説を知恵は確認する。
最初は何気なく見回していた知恵であったが、少しの沈黙の後、顔色を変える——
「ナポちゃん……これ!」
「奈穂だよ」
「そんなことよりも……こんなの、発表したら……」
知恵がウィンドウを指差しながらそう訴える。目を閉じてうなずく奈穂。
「大変なことになるかもね。でも、これしかないと思うんだ。ここまで、大須さんには先手を取られっ放しだしね。ここでちょっと危険でも勝負(かけ)に出ないと」
「でも……この情報って……まだ」
うんとうなずく奈穂。
「今のところまだ未入手だよ。でも——多分——間に合うと思う。墨子さんなら間に合わせてくれるはず」
そう言われて、知恵は周りを見渡す。先程まで忙しそうにしていた墨子がいない。
端末に検索をかける知恵。それを確認した上で、こくりとうなずく。
「了解したよ。じゃあ、会見だね。最大に引き伸ばしても——今日の十九時が限度かな……史実より遅くなるとまずいし」
もう一度、深くうなずく奈穂。
後戻りはできない。運命の会見が近づこうとしていた。