目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第33話 M1910の銃声

「……状況を説明して……」

 うんざりしながら、知恵はそう促す。

「できれば、グッドニュースから頼みたいわね…」

 くそまじめに、AIが知恵の要望に対応する。

『西ベルリン駐在:守備第31中隊より。「良い知らせ」死者はなし』

「……じゃぁバッドニュースは……」

『「悪い知らせ」ベルリン包囲軍=東ドイツ軍と思われる中隊クラスの戦力と、小銃及び携帯火器での小規模な武力衝突を認める』

 あちゃー、と墨子が声を上げる。険しい顔の知恵。拳を机の上に叩き落とす。

「最悪だ……これじゃ『八月の砲声』の再現だ……戦争に……なっちゃうよ……」

 肩を震わせる知恵。そんな知恵を見ながら奈穂はため息をつく。

「まあ、誰も死んでいないようだし。まだ、挽回はできるかもしれないね」

 命令系統を呼び出す奈穂。統合作戦本部をバイパスして、海上封鎖海域の艦艇の一つ、駆逐艦『DD―933』の艦長にダイレクトにコールする。

「えーとね。こちらはアメリカ合衆国大統領、『JFK』だよ」

 さしものAIも一旦動きを止める。艦長役のAIである。

「極秘コード表、JA988を開封。その五十八ページに載っているコードを、確認してください。少佐。コードは338=ブラボーデルタ。照合、確認よろしいでしょうか?『大統領による直接指揮権の訓令』。この命令に限り、少佐は統合作戦本部を離れて行動してもらいます。ただし、これはあくまでも、少佐の判断で行ったという形で。後日、責任を問われることがあるかと思いますが、これも大統領令特別免責事項により、一切の責任を問いません。この戦果も同様に非公式に評価することとします」

『イエス・サー。Mrプレジデント』

 奈穂は、フィジカルウィンドウを拡大する。

遠くに見える貨物船。ソ連の航海旗をはためかせ、大洋にぽつんと浮かんでいた。海上封鎖が始まったことにより、洋上に釘付けになっている状態だった。

 その貨物船を奈穂は指差す。駆逐艦の砲身がその方向を向く。レーダーを発射。ロックオンされる貨物船。

「ナポちゃん!それは……!」

 知恵は必死に声を絞り出し、自分のコンソールを操作しその攻撃を止めようとするがかなわない。『大統領特別補佐官』の権限では攻撃中止の命令は承認されなかったからだ。

「コード3786形式での射撃許可」

 奈穂はギュッと右手を握りしめる。それが『承認』の合図。

轟音とともに駆逐艦より砲弾が放たれる——八月ならぬ、十月の砲声を響かせて——

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?