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第25話 ロスアラモスの怪物

 真っ白な空間。先程までの日常感のある部屋とは異なり、どこまでもその白い空間が続いているようだった。

 視線を自分の方に移す。フィジカル・プロジェクション=コスチュームが、すでに起動しているらしい。青いスーツ。ネクタイもきちんと結ばれている。下は、同じ色のスカート。右肩に赤と青のストライプの布らしきものがかかっていた。

「今回の『アリストテレス=システム』のテーマをお伝えしましょう」

 上から声がする。紛れもなくそれは、桃のものだった。

 すっと上の方を向く奈穂。

 桃が空中に足を組んでこちらを見下ろしている。カーキ色の軍服に胸にはまばゆいばかりの勲章がいくつも並んでいる。

 すっと右手を上げる。その瞬間、二人の間にフィジカルウィンドウが立ち上がる。

『時代:一九六〇年十月十六日』

『事件:キューバ危機』

『アメリカ合衆国(USA)担当:宍戸奈穂 生徒ID キ—015795』

『ソヴィエト社会主義共和国連邦(USSR)担当:大須桃 生徒ID ロ—088976』

 ウィンドウに表示される文字列。

 キューバ危機……奈穂は、中学の時の歴史の授業を思い出そうとする。それを見越したように桃がつぶやく。

「史実では、キューバを舞台にアメリカとソ連が対立し核戦争寸前まで達した事件となっていますね。今回は『戦史』のIFではなく、『政治』の駆け引きが点数化されます」

 すっと立ち上がる桃。すると、その前にいくつものカードのような物体が、すごい速度で回転する。

『偵察機の派遣』

『核ミサイル配備』

『ソ連大使館の閉鎖』

 そして

『核ミサイルの使用:目標西側主要都市』

 奈穂の背筋に、冷たいものが走る。

「むろん史実通り、危機を回避すれば問題ありません。お互いに有利な条件で終了すれば申し分ありません。逆に、この駆け引きが破綻した場合は『政治』モードから『戦略・戦術』モードに切り替わります。政治の駆け引きが最終的に行き着く終着点は、戦略・戦術に基づく戦争ですから。もっとも核の打ちあいになるだけで、味も素っ気もない幕切れですが」

 奈穂の前にも、複数のカードが配置される。そのカードにはいくつかのシンボリックなマークがデザインされていた。

「私は、ソ連の中央委員会第一書記『ニキータ・フルシチョフ』と同等の政治的選択ができることになっています。それに対してあなたは……」

「大統領……かな?」

「そう、アメリカ合衆国第三十五代大統領『ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ』。あなたの前にあるマークは、あなたが何かしらの政治的選択をする上での参考、協力、もしくは妨害を行う可能性のある機関です。統合参謀本部、CIA、国家安全保障会議……うまく使いこなすことが、鍵ですね」

 無言でうなずく奈穂。良くはわからないが、しょうがない。大丈夫。昨日だってなんとかなった。今回だって多分……何度もそう、自分に言い聞かせる。

『両者の脳波が、五〇%の安定性を確認した状態で開始となります。神経を落ち着けてください』

 システムがそう告げる。そっと目を閉じる奈穂。次に目を開けるときは——史上まれなる危機が幕を開けることを予感して——

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