夜の寮の廊下。二人の少女が歩みをすすめる。
背が小さい方の少女はもうひとりの少女の右腕に、ぎゅっと両手ですがるように抱きついていた。
舎監室で予備の端末を受け取って、奈穂の役目は終了だと思っていたが、まだ任務は続いていた。
「私……一人で……行くのは……一緒に……」
半泣きになりながら、奈穂に自室まで一緒に行くよう懇願する桃。その結果がこれである。
「あの……大須さん」
震えながら、奈穂の顔を覗き込む桃。どうやら、この暗い空間が怖いらしい。
「今日の、挨拶すごかった」
不思議そうな顔をして、無言でうなずく桃。
「で……さ。なんかあの時と印象が違うような……気がして。ごめん、失礼なこと言ってるね」
桃は首を横に激しくふる。
「そんなこと……ないです。本当のことだし」
ようやく辿り着く桃の自室。どうやら、一人部屋らしい。扉には『Momo Ohsu』の名前が、一つだけ掲げられていた。
「よろしければ……お茶でもいかがですか……」
まだ夜も早い。奈穂は好意を素直に受け入れる。あわせて、学年代表がどういう人間であるのかにも興味があったからではあるが。
広い個室。床には本——いやノートの山。
机は二つあり、一つには本とデスク一体型情報端末が鎮座している。もう一つの丸いテーブルにはクロスがかけられ、ポットも置かれている。
「ど……どうぞ……」
椅子をすすめる桃。それに、奈穂は応じる。
「……ちょっとまってくださいね……お茶を入れてきます」
部屋の片隅に、流しがあるようだった。いたれりつくせりな部屋である。
入学生代表ともなると、部屋も優遇されるのだろうか。正直自分が首席入学とも思っていたが、上には上がいるんだな、と奈穂は部屋を見回しながら、そんなことを考える。
ほのかに感じるいい匂い。お茶の匂いらしい。コツコツとトレーを手に近寄ってくる人影。
「あ、ありがとうね……大須……さん?」
振り返りながら、そうつぶやく奈穂。その声は途中で途切れる。
目の前でストレートの髪がサラッとたなびく。
桃である——はずの人影は全く違って見えた。メガネも掛けていない。雰囲気も全く違う。
「いま、お茶を入れますね。少し待っていただけるかしら?」
口調もそれまでのおどおどしたものとは、全く違っていた。そう、それは今日の入学式で見た『入学生代表』そのものである。
「大須さん……これは……いったい……?」
片目をウィンクして、桃はそれに答える。
「まあ、まずはお茶を飲んでから。それから色々お話しましょうね」
「……はい」
全くの立場の逆転。憩いのティータイムは、なんとも不可思議な思いをはらんで始まることとなる——