戦場に煙が立つ。数隻の艦がくるくるとそのまわりを旋回する。
旭日旗の艦隊。墨子の——第一機動艦隊である。行方不明者の捜索。空中には、数機の直掩機が警戒を行っていた。
しかし未だ戦闘は継続中である。いやこれから再開されるというべきか。
知恵の側——唯一残存する第十七任務部隊の、最後の機動戦力である空母『ヨークタウン』から発進した攻撃部隊が到着するまではあと僅か。
一方墨子の側はこの攻撃を迎撃するにも、直掩機は機体、搭乗員ともに疲労の極みにあり、艦船の対空戦力もほぼ払底していた。
先程の攻撃隊の帰還を待つ空母『赤城』と『飛龍』。知恵の視線はその二艦に集中していた。獲物を狙う、狩人のように。
これを、撃沈することができれば、ほぼ史実通りの戦果をアメリカはあげることができる。間違いなく、このシミュレーションの勝利判定は知恵に軍配があがるであろう。
一方腕を組み、眼を閉じている墨子。観念した、というよりもなにか力をためているようにも見えた。
静かな時が流れる。そしてその静寂を破るのが——戦闘機『F4Fワイルドキャット』を先頭とした『ヨークタウン』攻撃隊、五十機以上の群れである。
「迎撃体制!残存艦艇で空母をなんとか護衛しろ!」
無傷の戦闘機隊『F4Fワイルドキャット』は、迎撃に出る日本のわずかな直掩機と、交戦状態に入る。日本の戦闘機隊はその対応でアメリカ雷爆隊が空母に接近することを防ぐことができなかった。
アメリカ雷撃機が水平運動に入る。そして日本空母に向け一斉に魚雷が放たれるかと思われた、その瞬間——
激しい轟音。アメリカの雷撃機体が、火の球となり銀色の破片を四散させる。
「……なんだと?!」
取り乱す知恵。艦艇の対空砲火の射程外の出来事である。急ぎウィンドウを拡大し、現場の状況を確認する。そこに映っていたのは——日の丸の戦闘機。
「……ゼロ……いやこれは……」
「『九六式艦上戦闘機』?」
墨子が遮るように、そうつぶやく。
その戦闘機は、墨子の知るところではない。突然戦場に現れた謎の航空部隊。数こそ少ないが練度は高いようで、アメリカの雷爆機を撃墜、もしくは追いまわして空母から遠ざけることに成功した。
「なんとか……間に合ったかな」
墨子と知恵の更に上方から聞こえる声。二人は虚空を見上げる。
青い制服にスカート姿の、長い髪の少女。二人は忘れていた。この場にもうひとり参加者がいたことを。
「見ているだけもつまらないので。これがこの学校のシステムなんでしょ。だったら私も練習しないとね。宍戸奈穂、参加します!」
もうひとりの存在。そうそれは、宍戸奈穂その人であった。
遅ればせながら、フィジカルウィンドウが新たな参加者の到来を表示する。
『宍戸奈穂:日本側勢力として参戦』
二人の対戦を見るとともに情報携帯端末で太平洋戦争に関する情報を収集していた奈穂。絶妙のタイミングでの参加を決める。
(転学するにしても、この学校でいい成績とんないと……)
その一念で、ミッドウェー海戦に関する大体の情報を整理した奈穂は決断したのだ。自分が介入してこの戦いを終わらせることを。
「知恵さんには悪いけど、日本海軍で参加するね。こちらのほうが分が悪そうなので」
にやっ、と微笑む墨子。
「宍戸さん……それはいいけど……一体その、戦闘機は……どこから……」
困惑する知恵。それに堂々と答える奈穂。
「いやぁ、流石にマジシャンじゃないから、ゼロからは戦闘機出せないよ。あるんだよね、リソースが実は」
右手を、高々と掲げる奈穂。
円型の3Dプロジェクションが展開し、画面が映写される。
波を切る艦隊。駆逐艦隊の群れが規則正しく展開する。その真ん中で巨体を誇示する戦艦。随伴している二艦を圧倒する存在感である。その名は——
「や……『大和』?」
いよいよ海戦は終末を迎えようとしていた。意外な奈穂の参戦という形で——