もうもうと煙を上げる、空母『加賀』。傾斜こそしていないが、明らかに被害は少なくないことが奈穂にも見てとれた。
ぐっと歯を食いしばる、墨子。握りしめられた拳も、心なしか震えているようだ。しかし、一方では視線で、瞳孔操作コンソールに命令を送る。
消火活動が始まる。『加賀』は史実ほど、派手には被災していないものの、それでも防火施設が不十分な日本海軍には、どうにも手に余る状況であった。
そして、その混乱を狙うようにまた悲劇が繰り返される。同じく、『ドーントレス』の鈍い突入音がけたたましく鳴り響くと、空母『蒼龍』に飛行機の群れが突入する。
わずかな隙を突き、再び悪魔が舞い降りる。傍に控えていた重巡『利根』の多数の高角砲が唸りを上げ、これに対処しようとするが到底かなわない。
墨子は目を見開き、敬礼する。
『蒼龍』の甲板に二発の直撃弾。艦内収納庫に爆発物はなかったとはいえ、『ドーントレス』の爆弾が大きな爆発を巻き起こし、二本の火柱を上げる。
揺れる巨体。
格納庫に格納されていた機体が誘爆し、破片を飛び散らかす。また『蒼龍』の隣りにいた、『利根』も爆弾の直撃を受けたのだろうか。主砲が弾け飛び、散々な姿を晒していた。
「……空母二隻中破……いや大破か。『加賀』及び『蒼龍』の破損状況をリポートせよ」
ワンテンポ遅れて墨子の目前にフィジカルウィンドウが複数開く。一瞬にして、全状況を把握する墨子。
「史実に比べればかなりマシな方だな。図上演習でも『加賀』は九発食らっている。機関部が健在なのは幸いなことだ。速力一五ノットを維持しつつ、戦場からの撤退を進めろ。もちろん消火活動は継続。これ以上の、拡大を食い止めろ」
テキパキと指示を出す墨子。一通りのことを済ますと、くるっと知恵の方を向き直す。
「さて、おれのターンだな。ここまでやられちゃただでは済まないよ」
不思議そうな顔をした後、すぐ両手で口を隠す知恵。そう、彼女は気づく。自分の方にも同じ運命が迫りつつあることを。
「第二次攻撃隊。いざ勝負!」
そう、墨子は宣言する。フィジカル・プロジェクション=マッピングが大きな唸りを上げて場面の転換を告げた。
その、直下に見えるのは、無傷の二空母。『エンタープライズ』と『ホーネット』である。今まさに、攻守は交代しようとしていた。炎上する日の丸は、今度は攻撃する側へ変身し、その凶暴な牙を向いて、星条旗に飛びかかろうとしていた——